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24.異常事態

 街に着いたのは丁度日が沈むころだった。


 流石にへとへとになっているヘイジは、さっさと換金を済ませて宿に帰ろうと早足にギルドを目指す。しかしギルドに入ると、ロビーは多くの人々でごった返していた。


「ん。珍しいな」


 ファシュマンでのハンターが請ける主な依頼は、街周辺や街道沿いの特獣の駆除がほとんどだ。多くの者にとっては慣れた近場での活動なため、依頼を済ませたハンターでギルドが賑わうのは昼過ぎから夕方に差し掛かった頃になる。


 わざわざ暗くなる時間帯まで狩りを続ける理由はあまりないので、本来この時間にギルドを訪れるハンターは多くないはずなのだ。


 しかし今はロビーのあちこちでハンター達がたむろしている。仲間やギルド職員と会話する彼らの表情は険しい。


 普段より多くの職員が慌ただしく動き回っており、怪我人も多いようで医療従事者らしき者もちらほら見られた。みな険しい表情をしており、ロビー全体に騒がしくピリついた空気が漂っている。


「ヘイジ君! こっちこっち!」


 異様な雰囲気に飲まれて立ち尽くすヘイジに、そんな声が掛けられる。声のした方を見ると、新人三人組が手を振っていた。


 状況が分からないヘイジは、これ幸いと彼らの元に向かう。


「どうも。何があったんです?」


 ヘイジは挨拶もそこそこに現在の状況について尋ねた。


「特獣の異常発生だよ。あちこちで混群が出て大変なんだ」


「オレ達も十匹越えの群れに当たっちまって、命からがら逃げてきたところだ」


「ああ。危なかった」


 どうやら群れはヘイジが戦ったものだけではないらしい。この場に居るハンターの多くが群れと遭遇したようだ。


「そうなんですか!」


 改めて見れば彼ら三人の防具は傷だらけで、全身も土埃にまみれている。肌が露出している所にも擦り傷などが幾つも見られ、厳しい状況を切り抜けてきた事が窺えた。


「魔法で治療とかしないんですか」


「ここにいる人達は皆軽傷で済んでるから、治療は後回しかな」


 本格的な治療が必要な者達は、併設された診療所に運び込まれているとのことだった。


「俺も群れに遭遇しちゃって大変でした」


 自分の状況を伝えたヘイジに、小太りの男は目を丸くする。


「えっそうなのかい?」


「マジか!?」


「おいおい……」


 長身の男と中肉中背の男も驚いた様子。


「ヘイジ君落ち着いてたから、てっきり何事も無かったのかと思ってたよ」


  ヘイジも苦労はしたのだが、結果だけ見れば木の上で銃を撃っていただけなので、身なりは比較的綺麗なままだった。ヘイジに慌てた様子もなかったので、三人がそう勘違いするのも無理はない。


「狩りをしてたら、いつの間にか囲まれてしまって」


 失敗を恥じるようにヘイジは答えた。


「うちもそんな感じだったよ」


「てゆーかオメー、大丈夫だったのか」


「よく帰ってきた」


「ええ、何とか。近くに居たのは全部倒せたと思います」


 ヘイジは彼らの気遣いに感謝しつつ、心配は無用であると伝えるために生真面目な顔でそう答えた。


「へっ?」


「ハッ?」


「ぬっ?」


 信じられない者を見るような目でヘイジを凝視する三人。


「んん、ちょっと信じ難いけれど。えっと、その。バックパックの中身ってもしかして……」


「ああ、はい。出来るだけ回収してきました!」


 恐る恐る聞く小太りの男にヘイジはあっけらかんと答えた。


 小型の特獣でせこせこ稼いできたヘイジは立派な貧乏性に育っている。せめて討伐証明部位だけでもと、バックパックをはち切れそうなほどに膨らませていた。


 ヘイジはどさりとバックパックを床に下すと、開いて中身を見せてみる。


「うわ……」


「マジィ?」


「おいおいおい」


 みっちりと詰まった戦利品の数々に、三人は覗き込む姿勢のまま固まってしまった。


 新人が一人で特獣の群れと戦い、ましてや全滅させるなど、信じる方が無理のある話である。彼らの反応は当然のものだ。


「本当はもっと持ち帰れたら良かったんですけど。だいぶ無駄にしてしまいました」


 死体を無駄にしたことを引け目に感じるように言うヘイジだが、三人はそれどころでは無い。


「えっ、いや。ええぇ?」


「こりゃあ十匹どころじゃねぇ。よく生きてんなオメー」


「……」


 先程とは別の意味で、信じられない者を見る目をする三人。


「いやあ本当に。死ぬかとおもいましたよ!」


 過去の失敗を笑い話にするノリで答えるヘイジ。しかし三人の反応は渋い。


「普通、死ぬと思うんだけどね……。先輩として無謀な事はするなと怒ってあげたいところなんだけど、今のヘイジ君の様子を見てるとそれもお節介なのかな」


「いやでも、群れに挑むなんてなぁ」


「俺達では想像できん」


 三人は依然としてバックパックの中身を見ながら呆然と呟いた。


「いやあ、自分の場合能力に恵まれているところがあるので……」


 少し浮かれていたヘイジも、三人の反応があまり芳しくないことに気付く。彼らの反応にいたたまれなくなって、言い訳の様にそう答えた。


 ヘイジの様子を察したのか、はたまた驚き疲れたのか。小太りの男は困った様に笑いながら口を開いた。


「ま、まあ無事で何よりだよ。ともかく、そういう事なら受付に行かないとだね。あちらもとにかく情報が欲しい状態だろうし。引き留めて悪かったね」


「いえ、とんでもないです」


 わざわざ謝る彼に、ヘイジは慌てて会釈を返す。ヘイジにとって情報共有できる知人は貴重な存在であり、引き留められたなどとは感じていない。


「今度、話聞かせてくれや」


 親指を立ててニカリと笑う長身の男。


「うむ、是非とも聞きたい」


 中肉中背の男もこくこくと頷いている。


「ハハ。それじゃあまた」


 ヘイジは明るく送り出す三人にほっとする。返答をぼかしつつも、手を上げて挨拶を交わすと受付へ向かった。


 受付へ近づくと、クスミの姿を見とめたのでそちらへ足を向ける。対応してもらう受付嬢に決まりはないのだが、顔見知りの方が応対しやすいのでヘイジはよくクスミの世話になっていた。


「今大丈夫ですか」


 手元に集中しているクスミにヘイジは声を掛ける。


「失礼いたしました。ヘイジさんでしたか、お疲れ様です」


 顔を上げたクスミが答える。普段と変わらない真面目な表情に、安心感を覚えるヘイジ。


「只今、特獣の異常発生に伴う混群が確認されております。ヘイジさんは大丈夫でしたでしょうか」


 しかしその背後では、複数の職員達が大きな紙を囲み、ああでもないこうでもないと侃侃諤諤の議論を交わしていた。ギルドにとっても非常事態であることが窺える。


「はい、群れには遭遇しましたがなんとか。それで、えっと。依頼の達成報告と、あとはそのぉ、常設駆除依頼の清算をお願いしたいんですけど」


 後のギルド職員の仕事量を想像して言い淀んでしまうヘイジ。


「かしこまりました。ではまず依頼の方からお願いします」


「はい。ちょっと待ってください」


 ヘイジはバックパックを足元に置いて中身を漁る。群れの中には本来の目的の特獣もいたので、無事依頼は達成できていた。


「えっと。あ、あった。これです」


 特獣の素材でひしめき合うバックパックの中から、どうにか目的の物を見つけて引っ張り出すとカウンターに置いた。


「確認いたします」


 クスミは慣れた手つきで素材を鑑定すると、手続きを済ませてヘイジに向き直る。


「依頼の完了を確認いたしました。次は常設依頼の清算ですね」


「あっはい。すみません、ちょっと多いです。群れと戦いになっちゃって」


 ヘイジにとってはここからが本題である。

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