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22.ワンランク上の体験

 覚悟を決めたヘイジは、ゆっくりと移動を始める。目指すは獲物と自身の中間にある大きな岩々だ。


 木に登ろうかとも考えたが、シンリントビクの脚力なら生半可な高さの木の枝など簡単に届くだろう。不安定な木の上で跳びかかられるのはむしろ危険と判断した。


 岩に張り付いて動き回り、シンリントビクの速度を活かさせないのが狙いだ。


 シンリントビクからの視線を岩で遮りながら、音を立てないように近づく。


 岩まで辿り着いたヘイジは、手頃なくぼみに拳銃を据えて照準を覗いた。


 距離は十分。シンリントビクは地面に腹を付けて落ち着いた様子。風は、と考えてヘイジは首を横に振った。


 風の読み方など分からないし、分かったところで狙いにどう反映すればいいかも分からないのだ。慣れない事などするものではないと、半ば諦めて祈るように引き金に指を添えた。


 小さく深呼吸した後息を止めて引き金を引く。幸い初撃から命中したようで、シンリントビクはギャンと一鳴き。


 しかし、しばらくのたうち回ったかと思えば、すくりと立ち上がって銃声のした方を睨んだ。その鋭い目がヘイジと合う。


「あ」


 直後シンリントビクがヘイジ目掛けて走り出した。歯茎までむき出しにして、前足を浮かせて屈強な後ろ足で地面を蹴る。


「落ち着け落ち着け」


 ヘイジは逸る気持ちを抑えてもう一度狙いを定めると、一直線に迫る顔を狙って発砲。


 不意に姿勢を崩したシンリントビクは、鼻先から地面に突っ込み、数メートル滑って動かなくなった。


 岩陰から身を乗り出してしばし様子見をするヘイジ。足元にある石ころを拾って、シンリントビクに投げつけてみる。しかし一向に動かないシンリントビクを見て、狩りの成功を確信するのだった。


「おっし。やった!」


 思わずガッツポーズをするヘイジ。岩陰から出て死体に近づくその足取りは軽い。


「これで新しい銃を作れる!」


 それもそのはず、シンリントビクの素材を得られたことで新たな銃が製作可能となったのだ。


 ハンターが強くなるためには、自身の成長もそうだが装備の更新も欠かせない。ヘイジはこれまで古めかしい見た目の拳銃一丁で戦ってきたのだ。心も踊ろうというものである。


  ヘイジは死体の傍に屈み解体を始める。幸い必要な部位と討伐証明部位は容易に回収できた。


「ここで作っちゃお」


 どうせなら試し撃ちしておきたい。


 手元に素材を出していざ作らんとした時、不意にガサリと茂みを踏みつける音がした。


「っ!」


 ヘイジが音のした方へ顔を上げると、ヒメヤマトカゲと目が合った。


「……ちょっと浮かれてたな」


 シンリントビクを倒した高揚感で警戒がおろそかになっていた事を反省しつつも、ヘイジは冷静に銃を構える。


 しかし狙いを定めるヘイジの心は、背後からの新たな物音によってかき乱された。


「他にもっ」


 背後だけではない。あちこちで生物が動く音がする。森の変化を警告するかのように、鳥が騒がしく鳴き始めた。


 銃声に引き寄せられたのだろう。気付けばヘイジは多数の特獣に囲まれていた。


「まずい、多すぎるって」


 まだ肉薄されてはいないが、このままでは襲い掛かられるのも時間の問題だ。


 ざっと見回した限り特獣はいずれも脅威度が低く、ヘイジが狩った事があるものがほとんど。しかし囲まれてしまえばひとたまりもないだろう。


 ヘイジは広げていた素材を慌てて回収すると、ひとまずの安全の為に近くの手頃な木によじ登った。


 ここ数週間で、木登りにもだいぶ慣れている。今登った身長の三、四倍はありそうな高さの枝にも、ものの数秒で辿り着くことが出来た。


 以前リタに披露したときは、虫みたいだと指を差されて笑われたのだが。


「しまった。動けん」


 ヘイジは周囲を見回して顔を歪める。現れた特獣の数は分かるだけでも十は越えていた。そして新たに現れた特獣にヘイジは顔を硬直させる。


「シンリントビクまで……」


 先程遭遇した時はむしろ幸運とすら考えていたが、不安定な木の上に居る今は非常に良くない。まだ遠方で気づかれていないが、襲い掛かられるのも時間の問題だろう。


 どうしたものかと見回して、少し離れた所に巨木がそびえていることにヘイジは気付いた。


 標樹と呼ばれているそれは、森や山中で活動する人々が目印として使うために、意図的に伐採せず残された樹木だ。


 特獣が蔓延る中で資材を運び道標を建てるのは困難であるし、そもそも森林を通せる程度の資材で建てたものなど自然や特獣の前では数年ももたないであろう。ならば最初からその場にある物を活用すべしと、標樹は長年重宝されている。


 周囲の木の幹よりも太い枝が、いまヘイジが居る所より高い位置に幾つもある。この特獣達をやり過ごすのにはちょうど良さそうだ。加えてこの辺りは木の密度も高く、幾つか木を経由すれば辿り着けそうに見えた。


 ヘイジは数メートル下にある地面を見た後、ちらりとシンリントビクに視線を向ける。


「ふう」


 バックパックや防具の紐を締め、膝をゆっくり曲げる。枝の強度不足や手を滑らせないかなどの不安はあったが、一か八かヘイジは跳んだ。


 木をゆさりと揺らしてヘイジは放物線を描く。


「うっ」


 眼前に迫った幹に必死にしがみつくと、枝に足を乗せてゆっくり体重をかけていく。十分な強度があると確認できたところで少し落ち着いた。


「ハハ、いけるもんだな」


 引き攣った笑いを溢すヘイジ。心に余裕は無かったが、脚力的には問題なく跳べた。しばし息を整えると、次の木を目指す。それを繰り返して標樹の目前の木まで来ることが出来た。


 標樹はこれまでの木々よりもやや離れているうえ、目的の枝は目線よりも高い位置にある。


「いや高いな……」


 尻込みするヘイジだが、ガサガサと音がしたので振り返る。物音に気付いたらしいシンリントビクが、ヘイジを目掛けて駆けているのが見えた。


 ヘイジは青い顔をして標樹に向き直ると、その枝を凝視しながら数回深呼吸しながら足を屈める。


「ここにいるよりマシッ」


 自身に発破を掛けながら、思い切り枝を蹴った。それなりに成長していた脚力のおかげで、余裕をもって幹に跳び移る。


 幹に張り付いたヘイジは、樹皮の割れ目に指を食いこませながらゆっくり木を登り、どうにか枝まで辿り着く事が出来た。


「ハアー……」


 ヘイジはちょっとした大木の幹ほどもある大枝に身を投げる。


 呼吸を整えた後、高さでも確認しようと地面を覗いたところでシンリントビクと目が合った。


「あ」


 ヘイジは高所への恐怖と達成感で、シンリントビクの存在を忘れていた。とはいえどのみちここまで届きはしないだろうとすぐに安堵する。


 しかしシンリントビクは数回首を傾げるような仕草をしたかと思えば、地面を踏み均すように足踏みしながら身を屈めだした。


「え、ちょっとちょっと」


 そんな様子に気付いたヘイジが慌てている間に、シンリントビクは大きく体を伸ばして跳躍する。そして幹に取り付くと、四肢の爪の食い込ませながらゆっくりと登り始めた。


「いやおい!」


 ヘイジは狼狽しながらも拳銃を出現させてシンリントビクを狙う。


 少しパニックになってしまったが、いくら高い木の枝に居るとはいえ地上までの距離なら弾を当てるのは造作もない。標的が幹に張り付いているのなら尚更だ。


 ヘイジが引き金を引くと、シンリントビクはあっけなく地面に落ちて動かなくなった。


「ふう……」


 幹に背を預けて脱力するヘイジだが、すぐにはたと気付く。


「また銃声鳴らしちゃった」


 恐る恐る周囲を見回すと、案の定ヘイジを認識した特獣達の姿が目に飛び込んできた。


「どうしよ……」


 こうも注目を集めてしまうと、やり過ごせるのかヘイジには分からなくなってきた。しかしここから脱出しようにも、シンリントビクのような高所に届く特獣に見つかれば目も当てられない事になる。そもそもこの雑多な群れの包囲を抜けるまで、都合よく木々を伝っていけるとも限らない。


 ここで夜を越すことも覚悟し始めたところで、ヘイジはふとある選択肢に思い至る。


「これは、やれるのでは?」


 それはこの群れを狩るという選択肢だった。周囲をうろついているのは、数は多いもののどれも容易に狩れる特獣ばかりだ。仮に新たなシンリントビクが現れたとしてもさっきのように対処できる。


 ヘイジは自分の実力を振り返ってみる。


 強くなったら新しい依頼に挑戦するなどと自分に言い訳しつつ、だらだらと同じことを繰り返してきた一か月だった。


 しかし思えば具体的な強さの目標など考えてもいなかった。そもそも最初からほとんどの特獣を一撃で倒せていたので、成長しても実感のしようが無かったのである。


「そろそろこういうのにも挑戦してみるかあ」


 ヘイジは現状がイレギュラーであり、普段より危険な状況であることは理解していたが、命の危機が差し迫っている感覚はあまりなかった。


 ゲームにおいては、小型特獣の集団と戦う展開は幾度もあった。


 すなわち、実力のあるハンター達であれば対処できる程度の事態なのだろうと。ならば実力に劣るとはいえ、木の上からの一方的な射撃が可能な自分にも可能ではないかと。


 つまるところ、ヘイジはゲームに先入観を引っ張られたうえに特獣の個々の危険度等ばかり気にした結果、リスク評価の基準が少しばかり他者とずれていた。


 ヘイジが実力を知る他のハンターが、リタとオリヴィアという全くもって参考にならない二人であったことも大きい。ヘイジはハンターの能力の平均値を大きく見誤っていたのだ。


「せっかくだし、いい機会ってことにしよう」


 こうしてヘイジは、まともなハンターであれば絶対にしない、特獣の群れに包囲された状態での狩りを選択した。

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