21.そしてひと月
「ははは。まあ歳が歳だからね。よく勘違いされるよ」
本当によくある事なのか、小太りの男はヘイジの反応を気にした風も無く笑っている。
「皆さんもあの人に絡まれたりとか……?」
同じ新人ならば気になるところである。明らかにデニスより年上であるし、それで新人ともなれば突っかかられる事もあるのではとヘイジは思ったのだが。
「いいや、僕らは特に何もなかったね。多分、眼中にもないんだろうね」
「オレらフツーに弱っちいからなア」
「経歴相応の実力なだけだ」
とのことだった。
そうしてしばし世間話をした後、
「困った事が有ったら相談してね。どれだけ力になれるかは分からないけど」
「オレらでも話を聞くくらいは出来るからよ」
「うむ」
そう言う三人にヘイジは礼を言って別れた。
「はあ」
ギルドから出て行く三人を見送ると、ヘイジは肩を落とす。親身になってくれる人たちに出会えた事は僥倖であったが、デニスの件は如何ともし難い。
ヘイジは肩に受けた衝撃を思い出す。速度は小さくとも運動エネルギーは見た目以上だった。とてもでは無いが、ただの成人男性が繰り出せるものでは無い。
自身との力量差にも驚かされた。ヘイジもそれなりに成長したと自負していたのだ。身構えていなかったというのもあるが、ああもあっけなく倒れ込む事になるとは思わなかった。
転生したばかりとはいえ、適性に拠って立つ身体能力の差に愕然としてしまう。
「……どうしよっかなあ」
少し寂しくなった掲示板を眺めてヘイジは呟いた。
「よし、今日はこれにしよう」
転生してから約一か月が経った。
相も変わらず朝早くからギルドを訪れているヘイジ。
「はあ。今日もがんばろ」
見慣れた依頼を見てため息を一つ。ヘイジはいまだに難易度の低い小型特獣ばかりを狩り続けていた。より脅威度の高い特獣に挑戦しようと思っても、モリガガメと戦った時の恐怖やデニスの存在がヘイジの小さな向上心を押さえつけていたのだ。
それに加えて、現状で生活に困っていないというのもあった。安い依頼でも数をこなせばそれなりの金額になる。安宿には不満もあれど耐えられない程では無く、装備品への投資も不要なヘイジにとってはなおさらだ。
成長はしておきたかったのと他にやる事もないので、ほとんど毎日依頼を請けていたヘイジの生活は低水準だがそれなりに安定していた。
そうして、「もう少し強くなったら、獲物の脅威度を上げる」などと言っている間に気付けば一か月が経っていたのだ。
「おう、ヘイジ。今日も狩りか」
ハンターの男がヘイジに声を掛ける。
「ああ」
ヘイジは片手を上げて軽く答える。会えば挨拶する程度の知人も何人か出来た。
「勤勉だな」
呆れたように男は言う。
「稼がないとだからな」
「また一人でか。うちのパーティーに入ってみるか。後ろで雑用でもしてれば学べることもあるだろうよ」
気さくに言う男の後ろで、彼の仲間らしき人物がうんうんと頷く。
「最近は変なとこをうろつく奴も増えてきたし、三等も結構動いてるって話だぞ」
三等とは標準脅威度が三という意味だ。
標準脅威度には度数ごとに定義があるが、三等を境に大きな違いが存在する。それは三等以上の特獣に常人が遭遇した場合、生存はほとんど不可能とされている点だ。
また、ハンターにとっては、三等の特獣一匹を一人で狩ることができれば半人前は卒業と言われている。
「いや、大丈夫だ。ありがとな」
ヘイジは苦笑しながら手を振る。特獣の依然とした異常分布は気になるところであるが、自身の特異性を考えるとパーティーは組みにくかった。
「そうかい。弱っちいんだから、あまり無理するなよ」
そう言って男は仲間達の方に向き直った。遠慮無くそんな事を言うが、彼に悪意はない。
ハンターは口さがない人間が多いのだ。率直に考えを言葉にし、そして率直にヘイジを心配していた。彼らから見れば、低い実力にもめげずに愚直に依頼をこなすのがヘイジという人物だ。
そもそもとして、実力相応の依頼を受け続けるのは何ら悪い事ではない。依頼の難度が収入の大小に直結する為、新人向けの依頼は蔑ろにされがちなのだ。
ハンターは戦闘能力が重視される職種であるが故にヘイジは軽視されがちであったが、それで助かっている人も沢山いた。
デニスはヘイジの事を「限界が来た早熟」などと言いふらしている様子だったが、それを除けばヘイジを悪し様に言う人間は多くない。
ヘイジもそれを肌で感じているので、とりたてて気を悪くすることは無い。しかし心に澱の如く溜まる口惜しさは、いつまでたっても拭い切れなかった。
場所は変わって森の中、依頼の獲物を探し回るヘイジ。未だ特獣の追跡や探知技術は上達しておらず、地面を睨みながら歩き回るのが専らだ。しかし大まかな生息域や特獣ごとの好む環境はなんとなく掴み始めており、最近は獲物を見つけるのも比較的スムーズになっていた。
「あれ。居ないなあ」
ところが今日はおかしい。当たりを付けたポイントがことごとく外れていた。
「ん? あいつは……」
そして、気付けば昼間を過ぎようかという頃。目を凝らしていたおかげで、ようやく遠くに特獣を見つけることが出来た。しかしそれは、今までヘイジが狩ってきたどの特獣とも異なっている。
灰色の体毛を持つそれは、頭部や胴体、尻尾など概ねオオカミに似た特徴を持っている。しかし後ろ足は前足の数倍大きく発達しており、まるでカンガルーの様なバランスだ。
「シンリントビクだっけ」
ゲームでもよく知る特獣だ。大きさは遠いので分かり難い。しかしゲームを参考にすれば、その体高はヘイジの身長と同じ位はあるだろう。一見して危険さが分かる爪も、驚異的な速度で距離を詰めてくる脚力も注意が必要だが、もう一つ重要な点がある。
「三等かあ……」
呻くように呟く。ロクシリュウを除けば、シンリントビクはヘイジが初めて遭遇する脅威度三の特獣だった。
一口に脅威度三と言ってもその危険性には幅があり、シンリントビクは三等の中でも比較的討伐しやすい部類と言われている。
それでも三等である事には変わらず、それすなわち常人ならあちらに認識された時点で死ぬ可能性が非常に高いという事だ。新米ハンターのヘイジにとっても大きな脅威であろう。
「やりたいな」
しかしヘイジとしては、次のステップに進むためにシンリントビクは狩っておきたかった。現在のように依頼の獲物が中々見つからないという事もある。シンリントビクの依頼を請けるのは避けてきたが、せっかく見つけたのだからという気持ちもあった。
資源保護の対象として指定されていない特獣は、護身等のやむを得ない場合でなくとも依頼の有無に関係なく狩ることができる。つまり密猟にならないので安心だ。
ヘイジはゲームの経験を基に分析してみる。こちらの攻撃手段は問題無い。モリガガメを容易に倒せるならシンリントビクにも十分有効なはずだ。
気を付けておきたいのは移動能力。しかしヘイジも俊敏性にはそれなりに自信がある。ヘイジは周囲の地形や岩木を見て、どう動くべきかシミュレーションしてみた。
ネックなのは防御力。シンリントビクは噛み付きや引っ掻き、そして強靭な脚力から繰り出される蹴り等、いずれも非常に危険だ。
ロクシリュウ以外で血を流したことが無いヘイジは、自分の打たれ強さをいまいち把握できていない。
少し悩んだ結果、いざという時の防御は、未だ効果を試したことの無い防具に賭けることにした。
「よし、やろう」
獲物が見つからないフラストレーションに背中を押されたヘイジは、シンリントビクを狩ることにしたのだった。




