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20.朝から災難

 翌日。今日も今日とてヘイジはギルドを訪れる。転生から間もないのに我ながら随分勤勉なものだと、自分に呆れるヘイジだ。


 しかし何もしないでいると、ヘイジは将来の事ばかり考えてしまい不安に駆られることが多かった。


 ハンターに関する物事について考えている間は前向きでいられるのだが、宿屋の無味乾燥な小部屋でも明るい将来を夢想できる程ヘイジは楽観的では無かった。


 それゆえ昨夜も食事を摂ると早々に寝てしまい、今も早朝からギルドに居る次第である。他にすることが無いというのもあるのだが。


「今日はどうしようかな」


 そう独り言ちながら掲示板を目指して歩くと、対面から人が向かって来る。ヘイジが避けようとするも相手は不自然に進路を変え、そのまま肩がぶつかってしまった。


「うっ」


 ヘイジには軽くぶつかっただけに見えたが、まるで体当たりされたかのような衝撃を受け、そのまま後ろに倒れ込んでしまう。


「おっとすまな―、おいおい嘘だろう」


 ぶつかった相手は軽薄な声で謝罪しようとして、すぐに声色をわざとらしいものに切り替えると声を張る。


「え、は?」


 何が起きたのか分からないヘイジが声の主を見上げると、デニスが彼を見下ろしながら肩をすくめていた。心配そうに眉を寄せているが、その目は細められヘイジを嘲笑しているかのよう。


「少しぶつかっただけじゃないか。そんなに大げさに転ばなくてもいいだろう」


 そんなことを言いながら、デニスは助け起こすように手を伸ばす。


「いや、おま―」


 ヘイジはその手を無視して文句を言おうとする。


 しかしそれを覆い隠すかのようにデニスは身を乗り出すと、ヘイジの二の腕を掴んだ。血流を止めんばかりの締め付けと共に、勢いよく引き上げられるヘイジの体。とてもではないが、ヘイジの膂力で振り払えるものでは無かった。


「それとも本気で倒れたのかい? 新人とはいえ、とてもハンターとは思えない貧弱さだね」


 デニスは呆然と立つヘイジの脇に立つと、気遣う様にヘイジの背中を払う仕草をする。しかしそんな動きに反して、口ではよく通る声でヘイジを貶めている。


 周りの人々の反応は、憐れむ者、無表情の者、近くの者と顔を見合わせてうんざりした様子の者など様々だ。無関心な者も多いが、デニスの声の大きさを考えれば聞き耳は立てているのかもしれない。


「ふうむ。魔法を使える様にも見えないけど。もしかして君、びっくりするくらい弱いのかな?」


「……」


 デニスの腕力と一連の行動から見える悪意に、ヘイジは口を開くことができない。怒りや苛立ち、そして恐怖に心を乱されながら、ただ黙り込むのみだ。


 そんなヘイジを見て、デニスは口角を吊り上げる。


「調子に乗らずに、せいぜい謙虚でいることだな」


 一転して低く小さな声でそう呟く。これ見よがしにヘイジの肩を叩き、デニスはギルドから出て行った。


 ヘイジとしても何か言い返してやりたい。しかし落ち着くにつれて湧き上がる呆れの感情で、もはや言葉もなかった。


 デニスの去った方をヘイジが唖然として見ていると、今度は三人の男が近づいて来る。三人ともハンター然とした身なりで、歳は三十代後半から四十代に入った頃だろうか。


 真ん中に立つ中肉中背の男は表情を硬く引き締めており、近寄り難い威圧感がある。左に立つのは長身で浅黒い肌の男で、自信に満ちた表情の上には額から口元に掛けて大きな傷が走っている。右の小柄で小太りな男は一見穏やかな表情だが、細められた目からは三人の中で一番の才智が窺え、何を考えているのか読み取れない。


 ヘイジは三人から熟練した雰囲気と、確かな実力を感じ取った。いよいよ他のハンターにも目を付けられたのかと身構えるヘイジに、中肉中背の男が仏頂面で声を掛ける。


「あんた、大丈夫か」


 頭髪と同じ焦茶色の瞳をジロリとヘイジに会わせながら、低い声で男が問いかけた。


「……あっ、ああ」


 予想だにしていなかった気遣いの言葉に、ヘイジは戸惑いに溢れる反応を返してしまう。


「オイオイ。面倒なのに目ぇ付けられたな、オメー」


 長身の男は白い歯を剝き出しにして笑いながら言う。オールバックにされた銀髪は粗野ながら清涼感があり、その笑顔に嫌味は感じられない。


「まあ、気にしないでください」


 そう言いながら近づく小太りの男は、困った様に表情を歪めて「大丈夫?」とヘイジを労わる。大きく後退した前髪と全体的に薄い黒髪が若干の頼りなさを醸しているが、その表情は優し気だ。


  どうやら三人は気遣いに来てくれた様だ。そう気付いてヘイジは肩の力を抜く。


「ありがとうございます」


 ヘイジは気を取り直すと、居直って礼を言う。年上に親切にされたとあって自然に敬語になる。


「気にしないで。大切な新人なんだから、本当は先輩として守ってあげたいんだけどね」


 やはり彼らもハンターらしく、小太りの男は申し訳なさそうにしている。


 ヘイジとしても助けて欲しく無かったと言えば嘘になるものの、様子見していた彼らを責めるつもりは全く無かった。デニスの街一番とも言われる実力を考慮すれば尚更だ。


「あのう、俺って何か嫌われる様なことしてますかね」


 数日前に転生したばかりの身として、自身の常識の無さは理解しているヘイジだ。デニスの言動の是非はともかく、知らない規則やマナーに反している可能性は大いにあった。


 せっかく先達と交流できるのだから、指摘など有れば受けておきたいところだった。


「多分そんなことは無いんじゃないかな」


 しかしそんな思いと裏腹に、小太りの男はあっさりとヘイジの考えを否定する。


「オメーが新人の割に結果出してるのが気に入らねえんじゃねえかなア」


 長身の男は投げやりに言って、頭の後ろで手を組む。


「だろうな」


 中肉中背の男も仏頂面で頷いた。


 彼ら曰く、ヘイジが僅か数日でモリガガメを狩ったことが少しだけ噂になっているらしい。それに耳聡いデニスが反応したという事らしかった。


「ええぇ」


 ヘイジはがくりと肩を落とす。自分に非が無いというのが、良い事なのか悪い事なのか分からなかった。


「あと君がリタさんと交流しているのも癪なんだろうね。彼は気を引こうとしても袖にされっぱなしだから」


「なんでも、オメーからリタ姐にちょっかい掛けてるとか言いふらしてるからな。自分は手ひどくフラれたのに、オメーは普通に話してんのが気に入らないらしい」


「困ったものだな」


「そんなぁ」


 身勝手な嫉妬心などこちらからはどうしようも無いではないかと、ヘイジは頭を抱えたくなる。


 何があったかは知らないが、倍ほどの歳の差がありそうな人物にリタ姐などと呼ばれている彼女の事だ。余程容赦なく跳ねのけたのだろう。


「そんな事言っちゃって大丈夫なんですか?」


 絡まれる理由が分かったのは助かったが、それで彼らまで標的にされてしまっては申し訳ない。


 しかし小太りの男は軽く笑うと手を振って否定した。


「自発的に彼に密告する人間はいないと思うよ。彼、味方作りは苦手そうだからね」


「あいつに本気でついて行こうってヤツはそうそういないだろうなア」


 長身の男はすげなく切り捨てる。


「うむ」


 中肉中背の男も同意見の様だ。


「彼ってね、元々は別の場所で活動していたハンターなんだ」


 まあそれ自体は珍しい事では無いんだけど、と補足しながら小太りの男が続ける。


 曰くデニスは元居た場所では中堅から脱することが出来なかったそうだ。そんな折に訪れたファシュマンは全体的にハンターの能力が低く依頼の難易度も比較的易しいものがほとんどだったので、彼は一躍トップの座に躍り出たらしい。


 そうしてファシュマンに居付いたデニスは名声に固執し、目立つ者や実力のある者が現れると嫌がらせをして他所に追いやろうとするとの事だった。


 そこまで聞いたヘイジはげんなりと肩を落とした。目を付けられた理由が一方的なものであるのは困り果ててしまう。そもそも数日前にハンターになったばかりの人間に何をむきになっているのかと。


 しかし嫌な事ばかり考えていても仕方ない。少なくともデニスが支持されていない事には安堵すべきだろう。そんな風にヘイジは無理やり気持ちを切り替えると、俯いていた顔を三人に向ける。


「皆さんみたいにハンターとして経験を積んでいくどうしたらいいんでしょうか」


 狩りだけでなく、対人関係も意識した質問である。長い間様々な経験を重ねたであろう三人から学べることは多いだろう。


「んん。僕たちは、多分キミが思ってるほど長くないよ」


 しかし小太りの男からの返答はヘイジの予想しない物だった。


「ていうか、オメーが来るまでオレたちが一番の新人だったぜ」


 長身の男は親指を立てて、何故か自慢げに言う。


「ああ」


 中肉中背の男もこくりと頷いた。


「ええ、うそ!」


 見かねた古参が助けに来たのかと思いきや、新人が慰めにきただけだったらしい。


 ヘイジは中年近くからでもハンターになれる事と、自分の洞察力が全く当てにならない事を知った。

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