19.茶会
その後ヘイジは解体屋でヒメヤマトカゲを解体してもらい、ギルドで報告を行った。
対応したクスミは表情こそ大きく変化させないものの驚いた様子で、怪我や無理をしていないかしきりに尋ねてきた。
得られた報酬は昨日の依頼の倍ほど。ヘイジにとっては十分満足いくものだ。狩りの疲れはあれど、宿へ戻る足取りは軽かった。
「ただいま」
リタは扉を開けて建物に入る。ここはリタが所属する特猟会が借りる物件で、ファシュマンでの活動拠点だ。
ロビーには扉の正面に無人の受付デスクが一人分。横を見ると、喫茶店のような空間が広がっている。やや手狭ながらまとまっており、落ち着いた雰囲気だ。
「お、戻ったか」
誰に言うでもなく放ったつもりの言葉に声が返ってきた。
「あら、オリヴィアも帰ってたの」
リタは声のする方を見る。背中に流れる絹糸の如き金髪と整った顔立ちは、リタから見ても美しい。しかし自信に溢れる切れ長の目と気迫の有る金眼を見れば、口調と内面を知らずともか弱い令嬢と間違うことは無いだろう。
「ああ、さっきな」
オリヴィアもリタと同じ特猟会に属するハンターだ。リタの教官兼バディ相手でもあるのだが、現在は分かれてそれぞれ調査を行っていた。
「茶を飲むところなんだが、リタもどうだ?」
カウンターの奥に立って何をしているかと思えば、紅茶を飲みたかったらしい。
「ええ、お願い」
リタは頼むと手伝おうともせずに近くのテーブル席に腰掛ける。教官とは言うが二人に上下関係のようなものは無い。年齢が近く交流も多いので、気の置けない友人の様な関係であった。
何より複数の茶葉を前にうんうん唸るオリヴィアに割り込むのは気が引けた。苛烈で豪胆なハンターであるオリヴィアが、茶葉に悩むとは分からないものだ、とリタは頬杖をついてその様子を眺める。
暫くしてとうとう茶葉が決まったようで、オリヴィアは手際よくティーセットを用意するとリタの体面に座った。
「そういえばヘイジに会ったわ。面白いやつね。あんたに言われた時は半信半疑だったけど、思ったよりもヤバイわ」
先日のロクシリュウの調査で、ヘイジがロクシリュウに傷を負わせていた可能性について、リタはオリヴィアから聞かされていた。
信じがたい話だったが、今日のヘイジの戦いを見てリタは考えを改めている。倒されたモリガガメの甲羅に、ロクシリュウに付いていた物と似た傷があるのを見逃さなかった。ヘイジは気付いていなかったが、一発の弾丸がモリガガメの甲羅を貫通していたのだ。
ヘイジと出会ったその日のうちに、オリヴィアが勧誘を考えるのも頷けた。
仕事がてらファシュマンで良さそうな人材を探していた彼女達だが、残念なことに満足のいくハンターに出会うことは出来ていなかった。
そんな中で出会った、ロクシリュウと対峙したヘイジと言う青年。オリヴィアには彼が大きな可能性を秘めた原石に見えていたのだ。
「だろう」
オリヴィアは満足そうに頷く。置かれたカップはお湯を入れていないのに暖かい。茶葉の入ったティーポットに何処からともなくお湯が湧き出し、茶葉が踊る様にくるくると回り出す。
初めはその光景やそれをやっているのがオリヴィアであることに驚いたリタだが、今となっては見慣れたものだ。
「それから、あんたが言ってた異臭。確かにあったわ。あれもヘイジで確定ね」
オリヴィア曰く、ヘイジと出会った場所で嗅ぎ慣れない臭いがしたとのことだった。これについても半信半疑のリタだったが、こういった場合は大抵オリヴィアが正しいとも知っている。
実際ヘイジの武器が吐く煙に乗って、ツンとした臭いが感じられたのだ。
「やはりロクシリュウにそれなりのダメージを与えているか。となるとそこそこ成長しているな」
「ええ、見た目通りの新人レベルってことは無いでしょうね」
ヘイジはその短い職歴に反して、相当に成長しているというのが二人の見立てだ。
「問題はどれくらい伸びるかだが。新人というのが本当なら、既に頭打ちということも無いだろう」
「そうね。現時点であれだけの攻撃力があるなら十分じゃないかしら」
如何に経験を得ようとも適性が無ければほとんど意味が無いが、ヘイジの成した事を考えればそれも杞憂であろう。
二人も出来ることならヘイジの適性を知りたいところであったが、しかし個人の能力適性が許可なくギルドから明かされることは無い。自身を売り込むハンターがアピールポイントとして開示することはあるのだが。
ヘイジはオリヴィアの適性について一部タリンから聞いていたが、あれは興奮したタリンが口を滑らせただけである。
「人格も今の所問題無さそうね」
勧誘を想定しているので人格は気になるところだった。少なくとも最初にファシュマンで勧誘しようかと考えていた、自称この街一番の実力者のような有様では困るのだ。
「ヘイジはいいやつだと思うぞ。そういう匂いだ」
オリヴィアが漠然としたことを言いながら、紅茶を注いだカップをリタに差し出した。今に始まったことではないのでリタは流す。
以前ちょっかいをかけてきたデニスに対しては、「あいつはだめだ。クサい」とばっさりであった。まあ、これについてはリタも同意見であったが。
「ありがとう。難点は常識がちょっと……、どんな箱入りよって感じなんだけど」
ヘイジには森に籠っていたのかと揶揄うように言ったリタだが、実のところそれだけとは思えなかった。ヘイジは驚くほどに常識が無い。しかし会話を通してリタは彼から教養を感じ取っていた。少なくとも読み書きがままならない農民などの出ではないだろうと思えるほどに。
リタはシュガーポットから砂糖を摘まむ。それを紅茶に入れながら、ヘイジとのやり取りを思い出して考え込んだ。
「貴族のにおいはしなかったが」
オリヴィアはカップから口を離してあっさりとそう答えた。
「流石にそれは私には分からないけど。じゃあやっぱり森に籠ってたのかしら」
更に砂糖を追加しながらリタは苦笑する。においにおいとまるで野生児のようなオリヴィアだが、実際には高貴な身分らしい。人を見る感性に優れており、リタも信頼を寄せていた。
「まあ知識面はどうとでもなる。……いつも思うが入れすぎじゃないか?」
未だカップに一口も付けずにいるリタを、オリヴィアが当惑して見る。
「砂糖は力の源よ。むしろあんたがそんな事気にする方が意外だわ」
スプーンで紅茶をかき混ぜながらリタは心外そうに言う。日常のあらゆる行動をできる限りハンターとしての成長に還元しようと考えているリタは、ちょっとした茶の席すらエネルギー補給の場にしようとしていた。
「まったくお前は。少しは余裕を持ったほうがいいぞ」
一方のオリヴィアは紅茶本来の味や香りを楽しむことを好んでいる。仕事とプライベートは分ける主義なのだが、そんな考えを聞いたリタは未だに釈然としていなかった。
「これで狩狂いなんて呼ばれてるんだから、分からないものよね」
「自称したことは無いからな……。それでどうだ。勧誘できそうか」
話を戻すオリヴィア。双方の振る舞いはいつもの事だ。ちょっとした閑話であり、互いに気にした様子は無い。
リタは紅茶を飲みながらヘイジの言動を振り返ると、少し困った様に口を開く。
「あれだけの戦闘力が有るのになんか弱気と言うか、挑戦を過度に恐れているような感じがするのよね」
モリガガメを一人で倒し、あまつさえその甲羅に穴を開けるほどの戦闘力を持つヘイジ。にもかかわらず、リタに新たな特獣の到来を告げられたときの慌てようは異様だった。
それがヒメヤマトカゲであると分かった後は落ち着いていたが、それでも木剣で教官に相対する新人のような緊張感があった。
「新人なら仕方ないだろう。あるいは持って生まれた才能に心が追い付いていないのかもな」
短期的に大きな成長を遂げた時に自分の力量を読み切れず、過度に腰が引けるというのはリタにも理解できる話である。
「あんたもそんな感じじゃないの? 何かアドバイスとかないかしら」
リタからすれば、オリヴィアも若くして尋常では無い力を手にした人間だ。身に余る力を得たとき、どう適応したのかはリタも気になるところであった。
「私は強いモノも弱いモノも全部斬った。そうすればおのずと整う」
オリヴィアは事もなげに言う。
「そうね……」
リタは呆れて椅子に身を沈める。その回答は内容はともかくオリヴィアらしくあったので、カップをあおって紅茶と一緒に不平を飲み干した。
「ところで他の連中はどうなの」
他の連中とは、リタらと同じ特猟会に所属する仲間の事だ。彼らもそれぞれ人材探しをしている。
「ケイとクルクは手応え無し。ヒョードとスタックの方は、一応気になる人はいるらしいがなんとも」
オリヴィアが仲間達の近況を思い出すが、どこもあまり芳しくないらしい。
「なおさらヘイジが欲しいわね。あいつは唯一無二だし」
「いっそ何か試練になるような事でも起きればな」
こういった問題はさっさと荒療治で解決してしまえと言うのが、オリヴィアの考えだ。全力を発揮せざるを得ない状況に陥れば、嫌でも自分の実力を受け入れることになるだろう。
「他人にそれを願うのってどうなの」
リタも概ね同意見だったが、仲間でもない人物に苦難が訪れる事を望むのは気が引けた。
「でもまあ、ハンターをやってればいずれそういう事もあるでしょうね」
「それもそうだな」
ヘイジには未知な事が多いため、どのみち様子見が必要だ。それに今般の特獣の異常分布が良くも悪くも刺激になりそうな、そんな予感がリタにはしてならなかった。
「ところで調査の件だけど―」
その後話題はこの街を悩ます問題へと移り、オリヴィアが数回カップを空にするまでささやかな茶会は続いた。




