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16.亀vs銃

 発見したモリガガメの巨体はなかなかに迫力がある。周囲の草木と比べる限り、甲羅の高さはヘイジの胸辺りほど。四足歩行の熊と相対したら同じくらいだろうか。


 リクガメを巨大にしたようなスタイルは凄まじい重量感があった。


 口には嘴ではなくサメの牙のような物が並んでおり、亀らしいつぶらな瞳がなんともアンバランスである。


「あれをやるのか……」


 実際に生で見るモリガガメからは、ゲームでは伝わらない迫力を感じられた。


 狩るべき獲物が放つその威容にヘイジは狼狽える。この依頼を選んだ自分の選択が、死亡フラグを踏み抜いているのではないかと不安になった。


 しかし折角見つけた相手を逃がすわけにもいかないので、ヘイジはどう戦うべきか考える。ゲームでは高速で突き出される頭部を避けながら、その隙を付いて頭部や首に攻撃を仕掛けていた。ゲームシステムには無かったが、四肢を攻撃して動きを更に鈍らせるというのもあるだろう。


 などと戦闘をイメージするヘイジはふと気付く。


「んっいや。ここから撃てば良いんじゃ」


 今更ながら気付くヘイジ。地面から離れ捜索に徹していたヘイジは、どこかフィールド外に出ている気分になっていたのだ。しかしわざわざ同じフィールドに立つ必要全くない。


 ゲーム意識が消えていなかったことを反省しながら、ヘイジは拳銃を出す。亀そのものの様なあの巨体であれば、木に登ることも出来ないだろう。などと考えながら、ハンターらしからぬ自身の戦い方に苦笑が漏れる。


「ハンターっぽさは無いけど、猟師っぽくはあるしこれはこれで」


 ハンターとしての華々しい活躍など望まないヘイジにとっては、むしろこの堅実さは望ましかった。


 枝上での安定した姿勢を見つけるのに少々時間をかけた後、ヘイジは息を整えるとモリガガメの頭部を狙う。若干無理のある姿勢になってしまったが、木はどっしりと安定しておりモリガガメも微動だにしない。


  呼吸を意識し、胸が下がったところで静かに引き金を引いた。銃声と反響音を残して、弾丸は標的に吸い込まれる。しかしモリガガメに大きな反応は無く、少し身じろぎをした程度にしか見えない。


「もしかして、また一発?」


 先日の依頼を思い出し、戦果を確認しようと身を乗り出すヘイジ。


「どうだ―うおわっ」


 その瞬間突如としてモリガガメが駆けだした。動きは機敏とまでは言えないが、その巨体と相まって凄まじい迫力をヘイジに与える。ヘイジが居る木の下まで来たモリガガメは、首をバネの様に繰り出し何度も根元に牙を立てた。


「ヤバいヤバい!」


 慌てて木にしがみつくヘイジ。このまま切り倒されてはかなわないと、モリガガメの頭部を狙う。しかし高速で伸縮する首は狙いにくく、二回発砲するも有効な攻撃にはならなかった。


 銃声が気になったのか、モリガガメは感情の窺えない目でヘイジを見上げる。数秒ほどじっと見つめた後、おもむろに木から距離をとった。


「ん、諦めた?」


 しかしヘイジが息を吐く間もなく、再度根元へ駆け出す。そしてあろうことか、止まることなく木へ体当たりした。


「おわっ」


 木がゆさりと震えヘイジはバランスを崩し、その体は重力に引かれて落ちてゆく。跨っていた枝を両足で抱き込むことで落下は免れるも、逆さま吊りになってしまった。


「ハアッ……ん?」


 無我夢中で足に力を籠めるヘイジは、地面を見上げた先でモリガガメと目が合った。直後、モリガガメが首を伸ばす。射出されたかの如き勢いで迫る口。


 ガチンッという生物から出たとは思えない音と共に、ヘイジの投げ出された手の直ぐ下で閉じられた。


「ヒィッ」


 いよいよパニックになったヘイジは、再び伸ばされんとしている頭目掛けてがむしゃらに発砲する。


 残弾は三発しかなかったものの、標的まで近づいたことが幸いしたのか、弾を打ち切るとモリガガメは動かなくなった。


「ハアッハアッ」


 ヘイジは腕をだらりと伸ばし脱力する。今回は生きた心地がしなかった。


「やった……。危なかった」


 うるさい鼓動をどうにか落ち着けるヘイジの耳に、不意にガサリと茂みを掻き分ける音がした。


 未だ収まらぬ恐怖と達成感に浸っていたヘイジはそこで思い出す。ここは広大な森であり、自分は特獣を一匹倒しただけに過ぎない。


 銃声に引き寄せられて新たな特獣が現れても何らおかしくはないのだ。


「やばいやばい……」


 慌てて体勢を戻そうともがくヘイジ。その時、視界の端を赤い色が過った。ヘイジが思い起こすのは、赤を伴って現れたロクシリュウの鮮烈な記憶。


「っ!」


 もがくのも忘れて音のする方へ顔を向ける。果たしてそこに居たのは、珍獣を見るような目でヘイジを見上げるリタであった。


「ヘイジ?」


「……っなんだあ、うわっ」


 とうとう脱力したヘイジは枝から落ちると、モリガガメの甲羅に頭から衝突する。


「うお゙おぉ」


「何やってんのよ……」


 頭を抱えて悶えるヘイジに、リタの呆れ声が刺さるのだった。


 それからしばらくして、ようやくヘイジの痛みがマシになってきたところで二人は向かいあう。と言っても、立ったまま木に背を預けるリタに対し、ヘイジは座り込んでモリガガメの死体にもたれかかっている。


 相変わらず驚くほどに肉体疲労は無いのだが、精神的に疲れ切っていたのでこれくらいは許されるだろう。


「また会ったな。どうしてここに?」


 同じ街で活動しているにしても、この広い森でこうも再会するのは不思議である。既にこの世界に来てから三回目、と言うより毎日会っているのだ。ヘイジとしては最早何かの縁が有るのではと思い始めていた。


「特獣の異常分布の調査中よ。変な音がしたから来てみたんだけど」


 リタはやや困惑したような表情を、モリガガメの死骸に向ける。


「こいつがあんな音出すなんて聞いたことないし、あんたの方かしら。それって武器?」


 純粋な好奇心で聞いているリタだが、ヘイジには探りを入れられているように感じてしまう。


「まあ、そんなところかな」


 ヘイジとしてはどう答えるか悩ましい所であったが、ひとまず曖昧に答えた。


「まあいいわ。にしても一人でモリガガメをやれるってことは、からきしの新人って訳でも無いみたいね」


 ハンターの秘密主義がそれ程珍しい事でもないからか、ヘイジの含みのある返答を何でもない様に流すリタ。斃れたモリガガメを見る目は、どこか満足げに見える。


「にしても、わざわざ普段の生息域まで来るなんて律儀なんだか……」


「ちょっと待って。普段のってどういうことだ?」


 追及を躱せたと安堵していたヘイジは、しかし続く発言に思わず聞き返した。


「そいつらならもっと手前で沢山見たわよ。逆にこの辺にはあんまりいないし、やっぱここもおかしくなってるわね」


「えっ手前に?」


 特獣の異常分布については聞いていたヘイジだが、まさかここにも影響が出ていたとは思わなかった。そもそも分かっていたところで、見つけられるかはまた別ではあるのだが。


「マジか。マジかぁ」


 苦労してここまで来てしまった事への徒労感もさることながら、自分が知らずのうちに地雷原を歩いていたという事実に恐怖する。気付かずにモリガガメの潜む茂みを横切っていたら、と想像してヘイジは肝を冷やした。


「えっ。もしかしてあんた、魔法で索敵出来ないの?」


「索敵っていうか、魔法全般が……」


 弱弱しく答えるヘイジ。ヘイジとしては自分の弱さを曝すのは躊躇われるのだが、狩りの現場に居る以上嘘の吐きようも無かった。


「えっ。変な武器持ってるから、てっきり魔法メインかと思ってたわ」


 驚いた様子のリタは、次いで珍しい物を見るようにヘイジの右手にある拳銃に視線を向ける。それが何なのか分からないリタでも、およそ剣や槍には見えなかったのだ。


「あっ」


 一方のヘイジは自分の失言を悟る。娯楽の神とのやり取りもあって魔法で誤魔化すと決め込んでいたが、馬鹿正直に魔法が使えないと宣言してしまったことに気付いた。


 実のところ、ヘイジが銃を撃つ時には魔力が働かない。


 なので魔力を感知できる人間に銃撃の瞬間を見られれば、魔法らしからぬ技術であるとすぐに気付かれる。ヘイジの精一杯の誤魔化しはそもそもあまり意味が無いのであった。

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