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13.後味最悪男

「おやおや。もしかして君は新人かな」


 ヘイジが振り向いてみると、すぐそばに長身の男が立っていた。黄色味の強い金髪をかき上げながら、整った顔に笑みを貼り付けてヘイジを見ている。


「え、はあ。そうだけど。何か用でも?」


 ハンターらしき男は二十代だろうか。少なくとも今のヘイジより明らかに年上に見えるが、ヘイジは意識して敬意をなくし答えた。


 リタからハンターは言葉遣いを気にしないと聞いていたというのもある。しかしそれ以上に日本人としての二十数年のヘイジの経験が、コイツは下手に出てはいけない奴だと警鐘を鳴らしていたのだ。


「新人がこんな時間にギルドをうろうろしているんだ。何かトラブルでもあったのかと思ってね」


 男の自信を示すかの如く吊り上がった口角。それに反して、ヘイジを見る目は他者を見下すような冷たさがある。


「……」


 ヘイジは仏頂面で黙り込み自分に構うなと全力でアピールしていたが、男はお構いなしに聞いてもいないことを喋り続ける。


「よければ先輩の僕が相談に乗ってあげようか。これでも自他共に認める、この街一番のハンターと自負していてね」


 ヘイジは僅かに目を見開く。随分と自信ありげだとは感じていたが、オリヴィアやリタを知るヘイジには目の前の“いかにも“な男が街一番だとは想像できなかったのだ。


 しかし彼の自己評価が事実であるのなら、あまり不興を買うのは得策ではないのかもしれないとヘイジは気付く。黙秘が通じないと判断したヘイジは、仏頂面のまま嫌々口を開いた。


「問題ない。もう依頼は達成したんだ」


「ヘイジさんのおっしゃる通りです。デニスさん、受付への割り込みは困ります。下がってお待ちください」


 いつの間にか普段の生真面目顔に戻ったクスミも、心なしかトーンの低い声で男に言う。街一番と聞いてヘイジは少し構えてしまっていたが、彼女の対応を見る限り彼は慕われているというわけでは無さそうだ。


 しかしデニスと呼ばれた男はクスミの苦言もどこ吹く風と言葉を続ける。


「そうなのかい? でも所詮は初級依頼なんだから、調子に乗るのはどうかと思うな。それにクスミやリタさんに話しかけて困らせるのもやめた方がいい。彼女達も忙しいんだから」


 周りに聞こえそうな良く通る声で、ヘイジを非難するように言うデニス。


 ヘイジはデニスが芝居がかった大声で喋る理由を理解する。この男は自分を貶めたいのだと。調子に乗って女にかまける生意気な新人だと言いたいのだろう。


 加えてリタの話まで出してくるとなると、今朝のやり取りも見ていたということになる。新人いびりと言うにはあまりにも粘着質な雰囲気を感じ取ったヘイジは、ため息をこらえるので精いっぱいだった。


 首尾よく初依頼を達成して上機嫌だったヘイジは、突如現れた新しい障害に辟易する。なにが相談に乗ってあげようかだ、と内心で悪態をつくも実際には押し黙ったままでいた。


 始めは強く言い返してやろうとも思ったヘイジだが、逆上されても困るので俯いて黙ることにする。デニスの実力が街一番と言うのであれば尚更だ。


 そんなヘイジの態度をどう受け取ったのか、デニスは勝ち誇った笑みを浮かべる。


「自分の愚かさに気が付いたようだね。感謝してくれよ。新人を教育するのも先輩の仕事とは言え、僕も忙しいんだからね」


 デニスは最後まで大声で言い切ると、気障ったらしく手を振りながらギルドを出て行く。ヘイジが今朝に見たリタとは大違いであった。


 それを見送るヘイジは、自分の瞳が駆除されたヒメヤマトカゲの目よりも濁っている自信があった。

 ヘイジは不快感を追い出すかのように、溜めに溜めた息を吐きだす。


「ええっと、あの人は?」


「彼はデニスさんです。ギルドから各個人への評価等はお話しできませんが、一応この街では上位の実力を持った方とされています」


 上位の実力という表現からは、デニスの自己評価との温度差を感じられる。しかし実力者であることは間違いないようだ。


「あの人、いつもあんな感じなんです?」


 もしかすると特別に機嫌が悪かっただけなのかもしれない。希望を込めて聞いてみたヘイジだが、しかし先のやり取りを見るにそれは望み薄だろうとも察していた。


「そうですね。基本的にその認識でよろしいかと」


 容赦なく希望を切り捨てるクスミ。疲れた様子を見せない姿にヘイジは感心する。本当にいつもの事なのだろう。


「そうですか……。街の実力者となると、俺って今後活動し辛くなるとかないですかね」


 この街のハンター達がどのようなコミュニティを築いているのかヘイジには分からないが、有力者の指揮でいきなり界隈から爪弾きにされるようなことは避けたかった。


 ハンターライフの開始早々、特獣より人間が怖かったなんてオチはヘイジもご免である。


「少なくとも、ギルド主導でのそういったことは全く無いと断言いたします。また、ハンター間のトラブルについても訴え出て頂ければ、場合によってはギルドが調停いたします」


 安心させるかのように強く明言するクスミに、ヘイジは目を丸くする。個人間の問題にはもっとドライな対応をされると思っていたのだ。


 しかし実際のところギルドにとって、ハンター個人同士のトラブルは厳正に対処すべき重要な案件である。強い力を持った者同士が衝突すれば、最後には破滅的な結果につながることが多いからだ。


 クスミの毅然かつ親身な対応は、長年ハンターと関わってきたギルドの苦悩が醸成した、組織文化の表れでもある。


「ですので、今後も気後れすることなく活動していただけますと、私共としても嬉しいかぎりです」


 ヘイジは真っ直ぐに見詰めてくるクスミに笑いかける。


「俺にはこれしかないので今後も頑張りますよ。でも助かります」


 クスミのお墨付きもあって、ヘイジはデニスのことをそれほど深刻に捉えていない。目を付けられたのは懸念すべき事だが、現状できることも無いのだ。


 嫌な体験ではあったが、そもそも今日は初依頼、初達成で好調なスタートを切った日である。ヘイジはバックパックに入る素材と、ポーチに入れた報酬を思い出す。この二つの重みがあれば、不快な気持ちも薄れるというもの。


 気持ちを切り替えたヘイジはギルドを出る。まだ空は明るいがこれからできることも無い。ヘイジはまっすぐ宿へ帰ることにした。


 部屋へと戻ってきたヘイジは、荷物を降ろすとドカリと椅子に座る。少し気疲れしているようだが、疲労はその程度だ。肉体的疲労に至ってはほとんど感じていない。


「これなら十分生きていけるよな」


 今日を振り返って呟く。ゲームの主人公のような活躍は早々に諦めたヘイジだ。今日の成果には大いに満足していた。


 ヘイジは自分の将来を想像してみる。低難度の任務を続けて、細々と安定した生活を送る姿。


「……」


 そこに映る自分が果たして幸せなのか、ヘイジには分からなかった。かといって強大な特獣に殺されるのも当然ご免なのである。


「ハァ……。そんなことよりだ」


 ヘイジは胸に溜まった不快なつっかえを振り払うように息を吐く。まだこの世界に来たばかりの今、深く考えることでもないと逃避気味に切り替えるのだった。


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