12.依頼達成
「二匹持って帰るのは無理だな」
ヘイジは新しい死体に近づくと、担いでいた方を降ろして解体用のナイフを取り出す。練習も兼ねて新しい方は自分で解体することにしたのだ。
角を切除した後、防具の素材となる皮の採取に挑む。当然ながらヘイジは手本など見たこともないので、魚を捌くようなイメージでなんとか皮を剥がそうと試みる。
「お! おお。意外と剝がれやすいな」
切り込みから外皮を思い切り引っ張ると、靴下を脱がすように剥がれていく。ヘイジは手を血塗れにしながらも、皮の採取に成功した。
ヘイジは担いできた死体の方を見る。
「こっちはプロに任せよう……」
初めての経験且つそれなりにグロテスクな作業であったからか、ヘイジは一匹目の解体をする気力が湧かない。そもそも剝がれやすいとは言え、相手は大型犬程の体躯である。既に解体を解体を始めてから三十分以上経っていた。
幸い持久力のステータスが効いてるおかげか、ヒメヤマトカゲの死体は重いもののここまで来てもヘイジは疲労を感じていなかった。このまま担いでも街まで問題なく辿り着けるだろう。
今日の解体の訓練はここまでとして、ヘイジは大人しく帰路につくことを選んだ。
角をバックパックに入れると、剝ぎ取った皮は一匹目の死体に巻き付けるようにしてまとめて肩に担ぐ。始めは皮もバックパックへしまおうかと考えていたが、バックパックの中が血塗れになると気付いてやめた。
皮を剥いだ後の死体はそのまま放置しておく。ヘイジは埋めるくらいの処理はした方が良いのではと思っていたが、ギルドでの説明曰く、他の動物や虫等によってすぐに分解されるのだそうだ。
ヘイジは皮を剥がれた死体を一瞥する。言いようのない複雑な重みが胸に渦巻いた。
ヒメヤマトカゲが人にとって危険な害獣であることは間違いないのだが、人の都合で命を奪っているのも事実。曲がりなりにも自力で解体してみたことで、ヘイジは命を奪い利用することの実感を得ていた。
ハンターとはそういうものだと言えばそれまでなのだが、恐らく今後もその重みはヘイジに付き纏うのだろう。
ヘイジは少しだけナーバスな気持ちになる。しかし、きっとこれも大切なことなのだろう、と思えばその重みもするりと受け入れられるような気がした。
ヘイジは死体に向けて心中で感謝を述べると、街を目指して歩き出した。
森を出て街道に沿って歩けば、すぐに防壁が見えてくる。昼を過ぎて少し経つ頃には、ヘイジは問題なく門までたどり着くことが出来た。
初めての依頼で緊張していたヘイジであったが、蓋を開けてみれば非常に余裕をもって依頼を達成できた。とはいえ、防壁や行き交う人々を見ると安堵感を覚えるものだ。
「よし、生還!」
ヘイジは満足げに宣言すると、門をくぐって街へと入る。特獣の死体を担いでいる事を思い出してはたと周りを見回すヘイジ。周りから奇異の目で見られのではと懸念したが、街往く人々はヘイジに無関心だ。
この世界では普通の事なのだろう。ヘイジは文化の違いに感心しながら、解体屋へ歩を進める。
解体屋は門のすぐそばに建てられていた。変な目で見られないとは言え、死体を担ぎながら街中をうろつくのはヘイジとしても遠慮したかったので助かった。
受付は道に面して設置されており、屋内に入る事なくやり取りすることになる。ヒメヤマトカゲの死体を渡し、ついでに皮の洗浄も依頼。
待つこと数分で、ヘイジは解体が終わったと受付に呼ばれた。解体にかなりの時間をかけたヘイジにとって、それは驚異の早さであった。乱雑に済ませたのではと疑ってしまったが、出された素材の品質は見事なものであった。
ヘイジは感心しながら手数料を払い角と皮を受け取る。それ以外の部位は、ハンターの装備を求めるヘイジには不要であった。しかしそれなりの需要はあるようで、ヘイジは手数料を減額してもらうことが出来た。
無事にヒメヤマトカゲ二匹分の素材を手にしたヘイジは、軽い足取りでギルドに到着。今朝と打って変わってギルド内は人が少なく、混雑した様子は無い。
ヘイジはクスミの居る受付に立つと、用件を伝える。
「依頼を達成したので報告に来ました」
その瞬間クスミはわずかに眉を上げるも、すぐに取り直して答える。
「お疲れ様です、ヘイジさん。依頼を確認しますので、達成した依頼の内容をおっしゃってください」
「ヒメヤマトカゲの駆除依頼です」
達成感をにじませてそう言うヘイジは、クスミの反応に気付いていない。しかし駆除の証明となる左角を取り出すと、ヘイジも気が付くほどにクスミが一瞬だけ目を見開いた。
「確認しますので、お預かりいたします」
クスミは角を受け取ると、カウンターの上で何やら検査のような事を始める。木槌で叩いてみたり、虫眼鏡で覗いたりすること数分。ヘイジの手元に角を返してから口を開いた。
「ヒメヤマトカゲ二匹の駆除、確認いたしました。報酬をお持ちしますのでお待ちください」
クスミは受付の背後にある扉へ姿を消すと、すぐにトレーに硬貨を載せて戻って来る。
「こちらが報酬です。ご確認ください」
「おお! ……ありがとうございます」
はやる気持ちを抑えながら、ヘイジは報酬が提示通りの金額であることを確認した。大した額ではないが、今の生活費から考えれば一日の報酬としては十分であった。
加えて初めての依頼達成ということもあり、ヘイジは顔をほころばせる。そんなヘイジに合わせるかのように、クスミもニコリと微笑む。
「それにしても、初めての依頼でいきなり二匹を、それもこれほど早く達成するなんて。ヘイジさんは凄いですね」
「え? あ、はい。ありがとうございます」
ポーチへ硬貨をしまうことに気を取られていたヘイジは、空気の流れが変化するのを感じた。クスミの控えめだが品のある微笑みも、何やら含むものがありそうに見えてくる。
「ヘイジさんの能力測定の結果は存じ上げております。実を言うと私共も心配していたのですが、ファシュマンにいらっしゃる前にもハンターのようなことを?」
「い、いえ。これが初めてです……」
結構不審がられてるな、と内心うろたえるヘイジ。追及に備えて気を引き締めるも、真正面から詰められてしまえば彼にできることはほとんどない。
ヘイジは隠したいものが暴かれそうな恐怖というよりも、判断を迫られているような緊張感を覚えていた。
「そうでしたか。先ほども申し上げましたが、初依頼でこの成果は本当に凄いことなんですよ。無理は禁物ですが、今後の活躍も楽しみにしております」
クスミはニコリと少しだけ笑みを深めると会釈する。
「あ、はい! 頑張ります」
自分の戦い方について問い質されるのでは、と構えていたヘイジは拍子抜けした。
意外にもあっさりと解放されそうだと安堵したヘイジは、そろそろ帰ろうか、と受付を離れようとする。しかしその動きを押さえるかのように、背後からやたらと通る声が飛んできた。




