少女の家
少女の家は小さくて、ここに人が住んでいるのが、マリーヌには信じられなかった。
(えっ、これが家なの???)見慣れない小屋にマリーヌはキョロキョロと辺りを見渡す。
どれも、これもマリーヌには新鮮だった。
そう、マリーヌは生粋のお嬢様である。リリアンは巡礼で各地を訪れており、民家にも慣れているが、マリーヌは違う。貴族の家しか訪問したことがなかったのだ。
「アン?帰ったの?」やがて、部屋の奥から、大人の女性の声がした。少女アンの母親だ。
「お母さん、ただいま。薬草を摘んできたよ。今から、裏庭で野菜をとってくるね。」
母親は、ベッドの上で、上半身だけ起こすのが精一杯といった様子だ。見るからに、瘦せていて、顔色が悪い。
(病気かしら?具合が悪そうね)
アンは、裏庭の畑に向かった。マリーヌも一緒だ。「お猿さんは、何を食べるのかな。かぼちゃ食べるかな。」と喋りかけるが、マリーヌは、畑の小ささに驚いていた。
(畑って、こんなに小さいの?土もあまりよくないせいか、野菜の育ちも悪いわね…)
マリーヌは美容のために、野菜の研究もしていたが、光魔法で土の質の改善や野菜の成長促進に作用し、野菜は良く育った栄養満点の物ばかりを目にしていた。
(そうよね…一般には、魔法は貴族特有のもので、庶民では珍しいものね…。それでも、土の栄養剤も販売しているのにあまり、普及していないのかしら?)
マリーヌが開発した土の栄養剤や野菜の成長促進は。効果が在りすぎて存在価値が跳ね上がり、値段が高く、庶民にはまだまだ普及していなかった。また、材料費を気にせず潤沢な予算で作成した薬が安いわけがない。それでも、効果が優れているため貴族をはじめ、富裕層によく売れている。マリーヌは売上が高いため広く普及していると思い込んでいたのだ。
朝の食事は、野菜のスープに硬いパンのみであった。マリーヌはこんなに硬いパンを食べたことがなかった。それでも残すのは気が引けて何とか咀嚼を繰り返し飲み込んだ。
(こんな食事では、母親も良くならないわね。それにこの少女は育ち盛りじゃない。まだまだ食べたりないのではないかしら…。それなのに猿にまで話しかけて優しい少女なのね。)
貧しい家(マリーヌ的に)を目の当たりにして、マリーヌは衝撃を受けた。母親にも元気になってもらいたいし、少女にも栄養のある物を食べてもらいたいと思った。優しくしてもらえば、優しい気持ちが芽生えてくるのである。たとえマリーヌでも。
(きっと少女は、お母さんが体調が悪いから、薬草を摘みに行ったり、野菜を採ったりしているのね…)
朝から、懸命に食事の支度をする少女を思い出す。
(何かしてあげたいけど、魔法が使えないんじゃ私にできることなんてあるかしら…)