デイズニーランドデート
かぐやからの誘いを受けた週の土曜。朝早くに起きた大和は、姿見の前で最終チェックをする。
「寝癖よし、服装よし」
濃いグレーのワイドパンツに白いTシャツと、シンプルなモノトーンコーデで部屋を出る。髪のセットはできないためキャップを被って誤魔化す。目にかかる邪魔な前髪を横に流して、庭でラジオ体操を踊っている祖父に一声かけて駅へと向かう。
「ちゃんとオシャレしてきなさいよ」と、かぐやからの言いつけを守った大和は、そのまま電車に揺られ舞浜駅へとやってきた。時計を確認すると待ち合わせの十分前。デイズニーランドの開園時間は九時でまだ余裕がある。
「一時間前に呼び出して何するんだよ」
「並ぶに決まってるでしょ」
「うわぁっ!?」
改札を出てすぐの場所でかぐやを待っていた大和が少しだけ不満をぼやくと、背後から不機嫌そうなかぐやの声が耳を襲った。
「ちゃんと時間通りに来たようね」
腕を組み仁王立ちしながら大和を睨みつけるかぐや。つま先から頭のてっぺんまで値踏みするかのように大和を見て「ふん、まあまあね」と呟いた。
(渋谷系……)
かぐやは黒髪をハーフツインテールに結び、ヘソが出るくらい丈の短いトップスに細身のパンツと底の分厚いサンダルというファッションで現れた。上にはメッシュニットを羽織って、肩には、何が入るんだというほど小さい鞄をかけている。
「付き合わせて悪かったわね。今日は私の奢りだから楽しんで」
「え、いいよ別に」
「断らないで。私二級ハンターで学業の合間に月10万は稼いでるから。それに、あんたに頼むのは荷物持ちで、デートじゃないんだからね。はーあ、このまま行くと親の扶養から外れちゃいそう」
「サヨウデゴザイマスカ」
偉そうに収入を自慢するかぐやに大和はカタコトで返す。難易度の高いゲートは報酬が良いだけでなく、発生するモンスターの素材も高値で売れるため、強さ=収入に直結している。かぐやクラスであれば、月に二、三度ゲート攻略をすれば学生のお小遣いを余裕で超えるほど稼ぐことができてしまう。
今日のためにチケットを二人分用意していたかぐやは、一枚を大和に渡し入場口の列に並ぶ。
「ど、どう?」
「……え、何が?」
腰に手を当て胸を張るかぐやの要領を得ない問いに、大和は頭の上にはてなを浮かべる。お世辞にも大きいとは言えない胸を頑張って前に突き出しているが、大和はポカンとしている。
「デートで女の子と会ったら最初に今日の服装を褒めるのは常識でしょ!? そんなんじゃ彼女できないわよ!?」
「さっきデートじゃないって言ったじゃん!」
「バッ、デートじゃないにしても女の子と二人で出かけるならそれが常識よ!」
「わ、わかったよ」
かぐやに注意された大和は少し不満げな顔をするが、かぐやの理屈には納得してかぐやと向き合う。
いざ改めてとなると少し気恥ずかしくなり、大和は頬を赤くしながらかぐやを褒める。
「今日の服、似合ってるな」
「そ、そうでしょう」
「ああ。すごい似合ってる」
いつもの強気な様子で返すかぐやだったが、真剣な眼差しで見つめられポッと顔が赤くなる。
「ポッ、じゃないわよ!」
「何にツッコンでるんだ」
突然後ろを向いて何かに怒りだすかぐやに戸惑う大和は、周囲の目もあるためかぐやを宥める。
「ふん、あんたにしてはやるじゃない」
「何を?」
なぜか褒められた大和は、かぐやの情緒がわからず困惑しっぱなしだった。
それから開園まではいつも通りのかぐやで、モンスターがどうの新しい技がどうのと、攻略に関する話を延々としていた。
開園後はかぐやのエスコートにより、人気が高く待ち時間が長くなりがちのアトラクションやファストパスを駆使して効率よくデイズニーを歩き回る。
最初のアトラクションに並んでいる際、「買い物しないのか?」と大和が聞いたが、それに対してかぐやは呆れた様子でため息をつき、
「あんたヴァカぁ?」
と力強く罵った。
「アトラクション乗る前に手荷物増やすバカがどこにいるのよ」
「そのための荷物持ちだろ?」
「……はぁ。まさかここまでの馬鹿だとは。これ私が悪いの?」
と、呆れ果てたかぐやは怒るのも通り越して諦めたようにため息をこぼした。
「あんたもランドを楽しみなさい! 買い物は最後にやるから、荷物持ちはその時にお願いするわ。まったく、ここに来て楽しまないなんてデイズニーへの冒涜よ」
かぐやからの指示ということもあり、大和は人生で初めてのデイズニーを楽しむことにした。
それから二人はアトラクションを周りまくり、純粋にデートを楽しんだ。
(なんかすっごいデートっぽくない!? これはいけるんじゃ)
かぐやは心の中でものすごく興奮していた。
「つ、次はあれに乗りましょう」
「コスモマウンテン……」
いつの間にか二人はお揃いのカチューシャを頭につけながら園内を散策しており、大和はパンフレットを片手にデイズニーを楽しんでいる。
「これ乗ったらお昼ご飯にしましょう」
「ああ」
コスモマウンテンは宇宙をテーマにしたジェットコースターで、中はとても暗くなっている。宇宙がテーマということもあり、通路は少しプラネタリウムのような雰囲気だ。
九十分ほど並んでようやく出番が回ってくるが、二人は、というよりもかぐやの話が止まらず退屈せずに待ち時間を過ごした。そしてカートに二人で並んで乗り込む。
「ちょっと怖いわね」
「二級ハンターが何言ってんだ」
「私にだって怖いものくらいあるわよ」
かぐやは怖いと言いながら、隣に座る大和の手を見る。まだ握ったことのないその手を。
(今握ったら不自然かしら。不自然かしら!)
大和の手を握ろうと自身の右手を伸ばしたり引っ込めたりと葛藤している。
(ええい、いっちゃえ!)
かぐやは覚悟を決め思い切って大和の手に自分の手を重ねる。しかし、
「動いた!」
すんでのところで、大和が手を退かしてしまいかぐやの右手は空を切る。
「そ、そうね」
幸い、施設内が暗いこともあり今の動きを大和には見られていない。
コースターがゆっくりと上り坂を上がっていく。コースも当然暗く、通路よりも光がない。一寸先は闇だが、時折壁に埋め込まれた電灯がぼんやりと光る。
「いつ落ちるのかわかんねぇ」
ワクワクする大和を見て、かぐやは微笑みを浮かべた。焦らなくともまだまだ時間はある、と。
てっぺんまで登ったコースターが勢いをつけて降り始める。ゴロゴロと車輪が回る音だけが聞こえ、コースの全容はまったく見えず体が右へ左へと振られる。
だが、何も見えないはずの施設内部に、青い光が見えた。それはコースターのレール上に存在しており、逃げるまもなくコースターが光の中に吸い込まれていった。