死体使い
「大丈夫?」
「は、はひ……」
腰を抜かした僕に、彼女が手を差し伸べている。鮮やかな金髪が風に揺れて、はっきりとした目鼻立ちで僕を見つめている。息を呑むほどの美少女だ。丸くてパッチリとしたその両目に映る僕は、なんて情けない姿をしているんだ。
「ダダダ、大丈夫です!」
思わず見惚れていた僕は彼女の手を取ることができず自力で立ち上がった。剣を持っていない左手が少し寂しそうに揺れているのは、僕の気のせいだろうか。
「ここは危険。早く逃げて」
「は、はい!」
彼女がキリッとした表情で告げる。彼女の背後には、僕が腰を抜かす原因となった大型モンスターの死骸が転がっている。こんなのがうろついているなんて、言われるまでもなく逃げるしかない。
僕は迷わず逃げ出した。彼女の背後、いや僕の視界に映る街はすっかり姿を変えていた。至る所に瓦礫が落ちていて、モンスターの死骸もいくらか転がっている。全て彼女が仕留めたものだ。
彼女は僕と反対方向、ゲートのある方向へと走っていった。
*
20XX年。世界中に突如現れたゲートから幾多のモンスターが出現し、人類を蹂躙していった。それとほぼ同時、人類の中に異様な力を持った者が現れる。
スキルと呼ばれる力を携えた人間たちは、その凄まじい力でモンスターたちの侵攻を押し返し、さらにはゲートの攻略まで行った。人々は彼らをハンターと呼び英雄として称えた。
そしてゲートの出現と攻略が幾度となく繰り返されるうち、ゲート発生は自然現象として人類の生活に深く根を下ろした。
ゲートは深度と呼ばれる危険度で分類され、政府が注意深く管理を行なっている。同様に、それを攻略するハンターたちも登録制となっており、十六歳からハンターとして働くことができる。
ハンターは四級から一級まで存在し、日本に一級ハンターは五人しかいない。そのうちの一人が、冒頭の少女、希生 愛だ。
「爺ちゃん! バイト行ってきます!」
「気いつけてな〜」
冒頭の少年、倉石 大和は軽装で家を飛び出し、勢いのまま自転車を走らせる。短めの黒髪が風に揺れ、邪魔な前髪を手で払う。
中学三年の夏、東京にて発生した深度5のゲートの飽和にて死を覚悟した大和は、日本に片手で数えるほどしかいない一級の愛に助けられ、一目惚れしてしまった。
同年の冬。スキルに覚醒した大和は十六歳の高校生となり、ようやくハンターとして働くことができるようになった。
愛と同じ一級ハンターとなって彼女に会うため、大和は今日もゲート攻略へと赴く。
「今日は、お願いします!」
「倉石君ね。よろしく〜。といっても今日は深度2のゲートだし、そこまで気張らなくてもいいよ」
大和がやって来たのは雑居ビルの前。既に数人のハンターが集まっており、各々攻略の準備をしている。
こうして地道にゲート攻略をしていき、いずれは一級ハンターにと、大和は夢見ている。
だが、現実はそう甘くない。大和が覚醒したスキルはそこまで強くなく、彼が攻略できるゲートはせいぜい深度2が限界で、それ以上は許可が降りない。ハンターとしての等級も当然四級止まりで、一級など夢のまた夢だ。
それでも大和は諦めない。憧れの愛に会ってこの思いを伝えるため、一級ハンターになりたいのだ。
「それじゃあスキルの確認をしていこうか」
今日の攻略は四人。四級が三人と三級が一人。深度2のゲートに対してかなり余裕のある戦力だ。
「僕のスキルは、死体使いです。といっても、操れるのはネズミ三匹くらいですけど」
「なんだそりゃ。初めて聞くスキルだな」
「えへへ、全然弱いんですけどね……」
大和のスキルに、中年ほどの男性が目を見張った。確かにレアスキルではあるが、いかんせん操れる死体の数が少なすぎる。さらにはネズミという、なんとも反応しづらいスキルだ。
「寺門です。俺のスキルは探知。今回は三級の俺がリーダーを務めさせてもらうがいいか?」
中年男の問いかけに大和を含め全員が頷いた。
「僕、普段キックボクシングやってるので、前衛やりますね」
「へぇ〜、ひょろっちいのに意外だぜ」
「いやぁ、はは」
スキルが役に立たない大和は、兄が営むジムで近接格闘技をやっている。
(まあ、弱すぎて練習に参加させてもらえてないけど)
探知の寺門に加え、ヒーラーの女性佐藤と魔法系の男性鈴木の二人のため、必然的に大和は前衛となった。安心させるためにキックボクシングをやっていると宣ったが、実際にはみているだけで、教わったことなど一度もなく、見様見真似の独学でしかない。
(まあ、深度2なら大丈夫でしょ。探知もヒーラーもいるし)
大和は余裕のある戦力を楽観的に捉えていた。
「それじゃあ出発しますか」
大和を先頭に雑居ビルの中へと入っていく。
今回発生したゲートはビルの地下にあり、発見からそう時間は経っていない。
ゲートが長い間攻略されないと、ゲート内からモンスターが溢れ出る飽和状態となる。そうなる前に攻略するのがハンターの仕事だが、発生から時間が経過したゲートはモンスターの数が増えるため、経過時間によってはかなり苦労する場合もある。
ビルの地下に、丸い歪みがポツリと存在している。歪みから青い光が漏れており、意を決してそこに踏み込んでいく。
「遺跡型か」
四人が中に入ると、加工された石でできた床や壁に迎えられた。薄暗い雰囲気で、ところどころに光源となる松明が壁にかけられている。
「進みましょう」
大和、鈴木、佐藤、寺門の順でゲート内を進んでいく。四人の足音が響くばかりで、モンスターが一向に現れず、歩くこと十分。一本道をやってきた四人は広めの空間に出た。
「分かれ道だ」
テニスコート二面分ほどの広い空間。その先は二手に分かれており、どちらに進むかと大和が寺門に判断を仰ぐ。
「ちょっと待ってろ────なっ!?」
探知スキルを発動した寺門は顔を青くしながら引き攣らせた。その直後、左の通路から角を生やした黒皮のモンスターが現れた。
「オーガ!?」
黒い体は裕に二メートルを超え、手には巨大な包丁を持っていた。菜切包丁のような四角いそれは、包丁と呼ぶにはあまりにデカすぎる。可愛さのかけらもないそれを、オーガは肩に担いで四人を見下ろしている。
「こいつがいるなんて、深度2じゃねえだろ!」
「ォオオオオオ!」
オーガが咆哮を上げた。ビリビリと震える空気に、先頭にいる大和は思わず耳を塞いだ。オーガの推定ランクは深度4。ここにいる四人では到底勝ち目がない。
「逃げま──」
オーガから目を離し背を向けた大和に向けて、脅威的な刃が振るわれた。横凪の一撃を受けた大和はそのまま吹っ飛ばされ壁に激突した。
「ぐはっ!?」
切れ味が悪いおかげか、体が両断されずには済んだが、体を打ちつけた衝撃で激しく吐血する。
「倉石君!」
「逃げるぞ!」
大和を心配して駆け出そうとする鈴木の肩を寺門が掴んだ。オーガは大和を一瞥し、三人の方を振り返る。
「で、でも倉石君が!」
「誰かが生き残って助けを呼ばなければならないんだ!」
寺門は言いながら出口へ向かって走り出した。だが、鈴木は足を止めオーガを睨みつける。
「まだ倉石君の息がある! 彼を置いてはいけない!」
「で、でも!」
残された佐藤は鈴木とともに戦うか、寺門を追い逃げるかの選択を迫られる。
「僕がオーガを引きつける。その隙に佐藤さんは倉石君を回収してほしい」
「……わ、わかりました」
鈴木は佐藤から離れオーガに魔法を放つ。
「エアバレット!」
空気の弾がオーガの顔に直撃するが、そよ風くらいにしか感じないオーガ。しかし注意を引くことはでき、オーガは鈴木目掛けて突進する。
「今のうちに!」
鈴木目掛けてぐんと加速するオーガはそのまま大きな拳を鈴木に叩き込んだ。断末魔を上げる暇さえなく鈴木は壁に叩きつけられた。
「きゃぁあああっ!?」
ごしゃりという不快な音が佐藤の耳に届く。予想以上にオーガの動きが早く、佐藤は大和の元へ向かうどころはではなくなってしまった。
「ごめんなさいごめんなさい!」
オーガの鋭い眼光に睨まれた佐藤は踵を返し出口へと一目散に走る。幸い、出口側の通路はオーガが通れるほど広くないため、追ってくるようなことはない。
広間に二つの遺体だけが残され、オーガは再び元来た道へと引き返していった。
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