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誰も智佳に気付かない。次々と自転車や靴底に踏みにじられていく。夜になって、何かが近付くのを感じた。野犬だった。冷たい鼻先が執拗に智佳の匂いを嗅ぐ。マスコットの中に智佳の魂が宿っているのを知った上で、恥辱を与えているかのようだった。惨めな彼女の匂いを隅々まで味わった後、今度は舌を伸ばしてくる。獣の玩具にされた。噛んだり、舐めたり、放り投げたりして、犬が智佳の体で遊ぶ。下等な者に汚され、壊されるのがむしろ心地よくなりつつあった。もう存分に虐めて欲しい、と思った。生臭い唾液に塗れた智佳に飽きて、犬が去った後には烏に啄まれた。嘴で何度も繰り返し突かれて、綿が溢れ出す。鋭い痛みと羞恥、惨めさに浸りながら、彼女は気を失った。
遠くから足音が近づいてくる。聞き慣れた足音だ。裕樹ではない。誰の足音だろう。思い出せない。ゆっくりと瞳を開くと、目の前にあるのは彼女自身の顔だった。人の姿をした智佳がマスコットを拾い上げ、ぎゅっと胸に押し当てる。人形の姿をした智佳がゆっくりと溶け、彼女は人に戻った。何故か涙が止まらなかった。
夢の話を語り終えた智佳が唇を閉じる。頬が熱っぽく上気して、目が潤んでいた。体を動かした後のように、体に汗が滲んでいる。まだ夢見ているような表情の彼女を、朝日が照らす。美しかった。自分も夢の中にいるように感じた。