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智佳は裕樹の鞄に結ばれて揺れている。彼女は熊のマスコットになっていた。この人形は彼のお気に入りで、何時でも一緒だった。夕暮れに自転車のカゴで、風に吹かれるのはとても幸せだった。女の子っぽい、その縫いぐるみを笑う生徒もいたが、彼は全く気にしなかった。
「おい、今度は何か賭けて勝負しようぜ?」放課後、同級生の男子が裕樹に話しかける。クラスではオセロが流行っていた。裕樹は何をしても他より優れていたが、オセロに関してはずば抜けていた。にっこり笑って裕樹が頷く。
「俺はこのグローブを賭ける。お前は…そうだな、その人形を賭けろ。」裕樹が戸惑いを見せた。昔から大切にしているマスコットだった。しかし同級生は野球部だった。相手が愛用の道具を賭けると言っているのに、人形に固執するのは、男としてみっともないと思った。それに裕樹は彼に負けたことがない。少し考えたが、裕樹は承諾した。一枚ずつ石が並べられていく。裕樹が先攻、黒だ。序盤は盤が黒く染められた。智佳が安堵したのも束の間、油断した裕樹が一つ目の角を取られる。そこからは総崩れになった。
智佳はこの同級生が嫌いだった。何かと裕樹に張り合おうとする。この勝負も、何とか裕樹を傷つけてやりたい、という一心で挑んできたのだろう。裕樹の打ち筋を研究し尽くした様子だ。裕樹が一番自信のあるオセロで打ち負かして、プライドをへし折る計画だった。裕樹は明らかに焦っていた。次々とミスをして石が白に変わる。自分はどうなるのだろう、智佳は不安になった。同級生はマスコットが欲しいわけではない。裕樹が大事にしている物を奪いたかっただけだ。裕樹の前で乱雑に扱われる自分を想像した。とても切なく悲しかった。二つ目の角も同級生が取った。最早、勝敗は明らかだ。盤面が白く埋め尽くされている。俯向いた裕樹の頬が赤い。
「これで終わりだな。」勝ち誇って同級生が笑う。黒が置ける場所がもう無かった。裕樹の目が潤んでいる。同級生は無造作に裕樹の鞄に手を伸ばすと、マスコットの紐を引き千切った。