9. 芸術は苦手なんだよね
こんばんは、今週もどうぞよろしくお願いします。
さて、わたくしルルーシュは、先日十四歳になった。
相変わらず誕生日を忘れられている婆でございます。
こちらではあまり誕生日とか祝ったりしないのかな?と思ったけど全くそんなことはなく、むしろ貴族ならば盛大にやるものらしいんだが、我が家では私だけでなくサラお義姉様もサディくんも祝われていない。
ルーカスくんの一歳のお祝いは関係者の皆さんお招きの上、盛大にやったんだけどね。母さんが色々やらかしてだな。あー、そういう心配があるから、人を招かなきゃいけない場面をできるだけ減らしてるのかと妙に納得してしまった。
お義姉様は学園に通いはじめた。私の計画は全く叶わず、ブルックスリスト様の思惑通りに進んでいる。二人は通いで学園に登校するんだけど、毎回ブルックスリスト様が迎えに来る。毎回だぞ。揃いの制服で仲良さげに出かけていくので、私はせいぜい邪魔してやろうと毎回見送りに出て、ブルックスリスト様といがみあいを繰り広げている。
ちなみに学園は三日通ったら二日休みを繰り返して、十回繰り返したら十日休みをはさむという方式だ。ゆるい!ゆるすぎる。
そんなある日のことだ。私は、お義父様と母さんが、よちよち歩きをするようになったルーカスくんと三人で過ごしているところに突撃した。ナントカのひとつ覚え、突撃押しかけ婆でございます。あちこち突撃したせいか、もう使用人の皆様も私を止めなくなった。いいのか悪いのか?
「お義父様、お母様、おねだりがあるのです」
「おねだり……。なんだ?」
お義父様はルーカスくんから目を離さずに言った。
「私、最近、よくお呼ばれして出かけますでしょう?そうしたら、本家のお嬢様のエマ様に、私の馬車はダサい上に危険だと言われてしまいまして」
お義父様と母さんは、ようやく私を見た。
「危険……?」
「ださ?」
「ダサいというのは、古くて格好悪いといった意味なのだそうです」
格好悪いという言葉に母さんの眉が跳ね上がった。
エマ様というのは本家のお嬢様。香水妖精おばさまそのニマリーフォリアおばさまの娘さんだ。本家ではエマ様しか生まれなかったのでウチのオリバーくんが養子になったのだ。分家である我がヨーエンギー家にとっても、オリバーくんは長男なんだけどな、分家の存続より本家の存続だったのかな?謎だ。オリバーくん本人もいきなり秘密を打ち明けるような謎の人物だったけど。
本家のエマ様は十九歳。とっくに嫁に行っててもおかしくないけど、その昔一悶着あって婚約破棄し、新しい婚約者は現在国境警備についているので、彼がこちらに帰ってきたらすぐ嫁に行く予定だ。何があったのか知らないし婆は知りたくないぞー。ただ、エマ様はヨーエンギー家の私たちをそれはそれは嫌っていて、なにかと嫌がらせをしてくるんだ。そんな子がいる家に養子に行ったオリバーくんは大変だな。エマ様、新しい婚約者様の一日でもお早い帰還をお祈りします。
実は馬車の話題は私の方からエマ様に振った。エマ様は案の定、私の馬車を散々けなしてきた。
エマ様、むしろグッジョブ。
「待ちなさい、危険とはどうしてだ?」
お義父様が母さんを制して聞いてきた。かかった!よっし!
「エマ様いわく、我が家の馬車は目立つ上に家紋まで入っている、夜会に行くのでもあるまいし、昼間から私のような子供が一人で乗っていては、よくない輩に狙ってくださいと言っているようなものだと」
「なるほど、そうか……」
私はルーカスくんを覗き込んで、ぷにぷにほっぺをちょっとつついてから続けた。
「最近の流行りの馬車は、一見質素で目立たないのに、実は乗り心地が最高、というものなのだとか。中は静かだったり、揺れが少なかったりするそうなのです。エマ様には二人も専用の御者がいるって、自慢されてしまいましたの」
「なるほど、それで馬車が欲しいというおねだりなのか」
私はルーカスくんに笑いかけてから、お義父様の目を見て言った。
「私の誕生会が、もう何年もずっとお預けになっていますでしょう?可愛いルーカスのためですから、それは構わないのですけど、いまさら誕生会を開くよりは素敵な馬車が欲しいのです。それでエマ様のところへ行って、見せびらかしてやりますわ!」
お義父様は小さく二度、頷いた。私の誕生会、しないで済んでほっとした顔だ。ちょっとハラ立つぜ。
「いいだろう、馬車だな。ただし、誕生会は無しだし、サラにも使わせるんだ。アレも外出が増えてきたからな」
アレとは何事だ。それに、もう一切誕生日を祝わないつまりじゃなかろうな?
「さすがに十五歳の祝いはしていただきたいです」
貴族の子女は十五歳が節目の祝いなんだ。
「そうか、ルルーシュは何歳になった」
……知らなかったのね。いいけどさ。
「先日、十四歳になりました」
さすがにお義父様は気まずそうな顔になった。
娘がそれだけ大きくなっていることに、ようやく気付いたようだ。
「……わかった。覚えておく。馬車はすぐに手配してやる」
やった!馬車だ!これでずいぶんと行動範囲が広がる!父さんにも会いに行けるぞ!
「ありがとうお義父様!」
そうしてお義父様の頬にキスしてやった。
「御者も忘れないでくださいましね!」
そう言って、香水オバケ三妖精おばさまその一そのニその三からも絶賛された淑女の礼を披露してやった。お義父様は何も言わなかったけど、口の端がほんのちょっぴり上がってたのを、私は見逃さないぞ、ツンデレパパめー!
さてさて、しばらくして馬車は出来上がってまいりました。思ってたよりも早かった。既製品なんてないみたいだから、ひょっとすると年単位で待たされるかと思ってた。なんでもそんなに加工する部分がないから、早くできたとか。つまりよくあるタイプ。つまり目立たない。いいぞー。
早速庭に出てみると、小ぶりでよくある感じの馬車に、よくいそうな馬が繋がれていた。
御者もやってきた。今までは庭師さんとか馬丁さんとかが馬車を出していて、御者専用の人ってのはいなかったんだ。
新しい御者さんは、ジャックさんといって、昔は騎士をやっていたというハンサムなおじさまだった。なんだっけ、えーと、イケおじか。さて、ジャックさんは私の味方になってくれるかどうか。具体的には、父さんに会いに行っても黙っててくれるかどうか。まずは仲良くならなきゃな。
その後、乗り心地を試しましょうとお義父様を誘って家の周りを一周した。乗り心地も、今までの家紋入り馬車よりずっと快適〜!サイコーでございますわ。
それから少し経ったある日、香水三妖精おばさまたちと、絵画の鑑賞会へ出かけた時のことだった。
芸術面はね、ちょい苦手なんだよな(ちょいですよ、ちょい)。絵画を見ても、「本物みたいな花だな」とか「果物がリアルで美味しそう」くらいしかわからない。そういや下町にいた頃、近所の悪ガキに、私の絵を「なにコレ、ヘッタクソだな!」と言われたのもがっくりきたけど、聞きとがめた近所のお兄さんに、真剣に「そんなことないよ、よく描けてるよ、その熊」と言われ、もっとがっくりきたっけ。カブトムシなんですけど……。くすん。
それでも、作者とか画風とか年代とか「〜流」「〜派」とかを、私なりに一生懸命覚えたけどね。芸術鑑賞ってそうじゃないよね、くすんくすん。
とにかく、私はおばさま方が「見て損はない」とおすすめの、将来有望な若手画家さんたちの作品を集めたという展覧会へ出かけた。お義姉様も婚約者様と出かけるというので、会場で落ち合うことになっている。同じ場所へ行くんだから、私とお義姉様で行って、会場でブルックスリスト様に会えばいいのに!わざわざ迎えに来て二人っきりで行くことなくない?仕方ない、私はおばさま方と会場へ向かった。
絵画展は鑑賞後におばさま方のお知り合いの画家さん本人たちを紹介してもらうというおまけ付きだった。存分に自慢の淑女の礼を披露して、その後おばさま方が三人揃って社交に勤しみ始めてしまったので、私は大人しく三人の帰りを画家さんの一人と待つことにした。
「僕はまだ師匠について修行中の身なのですが、今回はこういった会に参加させてもらってありがたかったです」
ジョシュア・モルズベリー様とおっしゃる若い画家さんは、物静かで落ち着いた感じの柔らかく微笑む方で、年少な私にでも丁寧に接してくれて、私の偏見に凝り固まった「芸術家」像を吹き飛ばした。
私の頭、本当に古くて固いな。ごめん、私、芸術はよくわからないけど、芸術家さんはもっとわからなくて、なんていうかこう、常人には見えないものを見たり、凡人には理解できない行動をしたりする、芸術が爆発してる人ばかりなのかと思ってた。ホントすみません。
モルズベリー様と作品について話していたところ、聞き覚えのある声がした。
「ジョシュ」
振り返ると、ブルックスリスト様と、エスコートされたお義姉様がこちらへ来るところだった。
「やあ、クリストファー、来てくれたのか。ああ、こちらはルルーシュ嬢。ルルーシュ嬢、こいつは僕の同級というか悪友で、クリストファー・ブルックスリストと、婚約者のサラ嬢です」
私は思わずモルズベリー様を二度見してしまった。
ブルックスリスト様に連れられたお義姉様と私が、義姉妹であることに気付いていないことは、まあ、いいとしよう。「悪友」ブルックスリスト様の婚約者の家名までは知らなかったのか、私が名乗ったのを聞き流してたか、そのどちらもかなんだろう。私が驚いたのはそこじゃない。
ブルックスリスト様と同級!?ってことは、モルズベリー様は十代ってこと!?思ってたよりずっと若い。落ち着いてるからかな?もっと上かと思ってた。
ブルックスリスト様は何も言わずに目礼してきた。ん?初対面の体?なんで?ん?口の端が上がってる。
……なーるほど、このまま誤解していることをこれ幸いと、初対面のフリしてモルズベリー様をからかうつもりだな、さすが「悪友」。
「君たちいつ見ても一緒にいるね、クリストファーが迷惑かけてない?サラ嬢」
「いえそんな、クリス様はいつもお優しいです」
お義姉様が言うと、モルズベリー様は私を振り返った。
「この二人は本当に仲が良くて、クリストファーは隙あらばサラ嬢に会いに行くんですよ」
「まあ!そうなのですか?」
隙あらば、ねえ。そのお話、もっと詳しく。
私は眉を跳ね上げたが、お義姉様はにこやかに話しかけてきた。
「ずいぶんとご無沙汰してしまって」
お義姉様。最後に会ったのは朝食の席で、まだ昼になっていません。
「失礼、お知り合いでしたか?」
モルズベリー様が私たちを見比べる。
「ええ。サラ様。お久しぶりでございます」
私はすまして答えた。あ、腹筋に力入れとかないと笑っちゃう。
「長くお会いできなくて、寂しかったですわ、ルルーシュ嬢」
「私もです。本日の朝食の席でお会いして以来でしょうか」
「まあ、そんな昔になりますかしら」
「今朝以来ですから、お懐かしく思いますわ」
「……え?」
私たちの会話を聞いていたモルズベリー様が戸惑いの表情を浮かべるのを見て、私は我慢ができず笑い出してしまった。
「ジョシュ、ルルーシュ嬢はサラの義妹なんだ」
ブルックスリスト様も声を出して笑い、モルズベリー様はギギギと音がするかのようにぎこちなく私を振り返り、驚愕の表情でまじまじと見つめてきた。私はわざとすまして見返していたが、すぐに笑顔になってしまった。
「失礼しました、確かによく似ていらっしゃる」
「いえ、こちらこそ、ふざけたりしまして」
そういって私はとっておきの礼を披露した。あのね、一応表向きは、私、連れ子なの。「似てますね」はマズいでしょ、モルズベリー様。無自覚に地雷踏み抜く系の人とみた。
「絵を志してるのに観察眼が足りないぞ」
「残念ながら僕は風景専門でね」
そうして四人で笑った。
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ありがとうございました。
次回は来週末を予定しています。
昭和の流行語も引き続き募集中です。
どうぞよろしくお願いします!