8. 残念だな、フッ!
こんばんは、よろしくお願いします!
その後しばらくの間、私は図書室にいた。マリさんはなにかを察したのか、なにも聞かずに一緒にいてくれた。
さすがに落ち着いたので、素知らぬ顔で本を数冊借りて帰った。借りたら返しに行かなきゃならないってことを、忘れてたけどね!
自室に戻ってからじっくりと考えた。
あれから数日、ずっと考えている。
落ち着いて考えよう、婆。人生経験役立たせる時だ。
オリバーくんが言ったことが本当かわかんないし、どれだけ考えても正解かどうかなんて確かめようはないし、考えるだけ無駄な気がしてきた。
だから、もういいや。実だろうが実じゃなかろうが、私にとってお義父様はお義父様だし、お義姉様とサディくんは大事な義姉弟だ。
でも私、なんだか寂しかった。そっかー、異母姉弟じゃなかったのかーって。そんな自分にびっくりもした。
サラお義姉様もサディくんも、人が変わった訳じゃあるまいし、異母姉弟がイトコになったからって、それが何?大好きな家族には変わりないのに、なんで私、こんなにガッカリしてる?
あーあ、私って、こんなヤツだったんだな。
結局、無意識に血縁に重きを置いてたんかい、婆は。
他人のことだと親身になれるって、本当だなあ。
自分に降りかかってみれば、こんなにショックだ。
私は、自分自身にガッカリしていた。
そしたら、料理人の父さんのことを思って、とっても恥ずかしくなった。
私、父さんのこと、やっぱりちょっと恨めしい気持ちを持ってた。十年以上も育てて、私に親子だと信じて微塵も疑わせないくらい大切にしてくれてたんだから、血がつながらないからって、こんなにあっさり手放さなくてもいいじゃん、って。
でも、サディくんたちがイトコ(かも)とわかっただけで、こんなに寂しくなる私が、父さんを恨めしく思う資格なんかないなー。父さんだって葛藤があっただろうし、そもそも十年間ずっと苦しかったのかも。
会いたいな、父さんに。
私、父さんに、「ごめんなさい」って言って別れたけど、「ありがとう」って言ってないや。
よっし!そうと決まれば行動開始!
まずは、父さんが今、どうしてるのか調べなきゃ!
婆は、しぶといんだぜい!
私、最近、結構忙しくしてた。あの香水の洪水のお三方、オリバーくんいわく「香水オバケ」のおばさま方が、どうやら私を気に入ってくれたみたいで、お茶会だの鑑賞会だのにお呼ばれするようになったんだ。
あのおばさま方、いつも三人でくっついてる。あの人たちを見てると、前世で孫娘がまだ小さい時に見た映画の、呪われちゃった赤ちゃんに魔法の贈り物をする三人の妖精のおばさんたちを思い出す。なんだかスッゴいケーキを作るシーンが衝撃的すぎたから、よく覚えてる。あの妖精?魔法使い?に似てるんだよねー。おばさま方。
おばさま方は、本家の当主の姉で、家格が上の家に嫁に行ったオリオライヤおばさま、本家当主の嫁のマリーフォリアおばさま、当主弟でお義父様のすぐ上のお兄さんの嫁のイリーマーサおばさまの三人だが、長すぎるので私はおばさまその一そのニその三とこっそり呼んでいる。
正直いうと、あの方たちに連れ回されるのは結構しんどい。けどまあ、これも勉強のうちと割り切ってこなしてた。私、以前から知らない料理の話を聞くと、レシピを聞いたりして書き留めてたんだけど、最近はおばさま方にくっついて行って色々な地域にお住まいの方とお話しする機会が増えたから、郷土料理の話を詳しく聞いて書き留めてた。中には、わざわざ料理人を呼び出して聞いてくれる人もいたりして、詳しく教えてくれた。料理の話はやっぱり楽しい。特産品とかの勉強にもなるしね。だから、おばさまたちのお誘いにはできるだけ参加してた。
それに、私はまだ小さいからという理由で、お義姉様も付いてきてくれることが多かったから、お義姉様の社交のためにも断らないようにしてた。
でも、お義姉様は、婚約者様との時間があるからな。いつでも私と一緒というわけにはいかない。
お義姉様の婚約者のブルックスリスト様は、相変わらずお義姉様のとこにいそいそと通ってくる。でも私、貴族の男はまるで信用してないからな。真面目で誠実そうなブルックスリスト様でも、いつお義姉様を裏切って(いや裏切ってるという感覚もないんだろうけど)、浮気し始めるかわからない。適度なスパイスが必要だろう。だから、お義姉様には時折ブルックスリスト様より私を優先させたり、二人でいるのを邪魔して「こんな方に嫁ぐのなんかやめて、私と一緒にずっとおうちにいましょうー」などと言ってみたりしてる。いや、スパイスのためだよ?私情ははさんでない、はずだ。うん。
ちょっとやりすぎちゃったのか、ブルックスリスト様は私が以前お願いした、お義姉様と一緒に学園の寮に入りたいという案を渋っている。でも学園に通うのは貴族の義務だし、私が一緒にいれば、お義姉様に群がる男どもを蹴散らすだろうから、そこは仕方ないと思っているようだ。しかし群がる男とは?学園は女子校なのに?群がる男がいるの?貴族怖い。
話が逸れたけど、つまり私はあちこち出かける機会は増えたのに、家族に知られずに父さんに会いに行くのは、かえって難しくなっちゃった、ってことなんだ。私はいつも、ヨーエンギー家の家紋が入った馬車に乗って外出しないといけない。こんなキラビヤカな馬車に乗って下町に乗りつけたらたちまちウワサになるし父さんの迷惑になるし下町に行ったのが家族にもすぐ知られちゃう。以前みたいに歩いていくのも、もう不可能だ。使用人の目があるからね、今では。
あー、どうしよう。なんとか地味な馬車とか調達できないかな?今流行ってるみたいだしさ。
婆、割と最初の方からつまずいています。くすん。
さてさて、この国の貴族の男子には、兵役というか、軍隊で一年間、訓練する義務がある。と言っても、お貴族様のご令息方の訓練だから、そこまで過酷じゃないそうだ。学園に通うように通って、体を鍛えたり戦法を学んだりするんだとか。
ただし、お義姉様の婚約者のブルックスリスト様は、第三王子殿下の側近候補だから、他の貴族男子のように通いではなく、兵舎で殿下らと過ごすことになるだろう。そうなればお義姉様とも今のようには会えない。
ブルックスリスト様、現在男子学園の一年目。来年の二年目にお義姉様を学園に通わせて、二人で学生時代を過ごす計画のようだ。ご自身は男子校、お義姉様は女子校だがな!残念だな、フッ!
学園の学年は年齢はさほど関係なく、大体十四から十八歳くらいの間に二年間通えばいいので、私もお義姉様と当然一緒に女子学園に通うと思っていたけど、それだと私はあまりにも年齢が足りないという理由で私の入学は見送られてしまいそうだ。ちなみに、学力は足りてるよ。頑張ってるよ婆は。
ブルックスリスト様はご自身の学園二年目、お義姉様の一年目を、私という邪魔者なしに甘い時間をたっぷりと堪能してから卒業し、軍隊へ行くつもりだ。自分は軍にいて側にいることができないお義姉様の二年目に私を入学させて、虫除け役をさせようという魂胆だ。
つまりー、計画では来年はブルックスリスト様二年生、お義姉様一年生、私おうちで留守番(させるか!)。
その次の年はブルックスリスト様は軍の訓練、お義姉様は二年生、私一年生でお義姉様の虫除け役、となっている。
ぐぬぬー、ブルックスリスト様め。その計画では私とお義姉様は、学年が違ってしまうじゃないか!
私としては、私が入学できる年齢までお義姉様にも入学を待っててもらい、二人で同時に入学したかったんだけど、ブルックスリスト様が反対したのだ。反対理由が、お義姉様の入学が一年遅くなると、それだけ結婚が遅くなってしまうから、と言われれば、反対しづらい。ぐぬぬぅーーー。本当はお義姉様と制服デートがしたいからなんだろ!知ってるぞ!
ブルックスリスト様のその計画でいけば、お義姉様の一年目の途中で、私は十四歳になる。そのタイミングでなんとかして、途中入学とかできないかな?
転入生だったら婆の前世にもいたな。ちょっと憧れだった。
「皆様はじめまして、ヨーエンギー家が次女、ルルーシュでございます、どうぞ仲良くしてやってくださいませ」
そうして磨き上げた淑女の礼。なーんちゃって!
あ、黒板に名前、書いたりするのかな?綺麗な字を書けるようにしておかないとダメかな?
……妄想してる場合じゃない。何か違うような気もするけど、とりあえず、
がんばるぞー、おー!
ブルックスリスト様の計画なんかに負けないぞー!
そんなある日のことだった。ブルックスリスト様がお義姉様とお茶会をしていたので、私はいつものように邪魔をしにいこうとしていた。廊下を歩いてたら二人の会話が開かれた扉から聞こえてきたので、私は足を止めた。
「だからといってルルーシュ嬢を構いすぎではないか?彼女は君を独占しようとしているのだぞ」
ブルックスリスト様だ。お義姉様が私に構い過ぎ?なにを言ってるんだか。
「ふふ、あの子に独占されるのは楽しそうですね」
「……サラ!」
「あの子はいい子ですのよ?あの子のおかげで、家の中がずいぶんと明るくなり、私も過ごしやすくなりました。私、あの子が大好きですわ」
……お、お義姉様!私も大好きですぅっ!あー、顔が赤くなる。……ってか、これ、私が聞いていい話かな?
「そ、それは彼女の功績と言っていいが、しかしだな、こういつも君との時間を邪魔されると、だな」
「クリス様ったら」
お義姉様のクスクス笑う甘い声が聞こえてきた。
「クリス様のそのようなお言葉をお聞かせいただけるのも、私のクリス様への想いをお伝えできるのも、あの子のおかげですのよ?」
「……それを言われると、弱いがな」
「そして、」
「ん?」
「クリス様に独占されるのも、大変幸せそうですわ」
「サラ……!」
私は二人の距離が近くなる気配を察して、そろりそろりと廊下を遠ざかった。ゆっくり八十数えてから、パタパタとわざと大きな足音を立てて近付き、ノックもそこそこに部屋へ入った。
「お義姉様〜〜!っと、なんだブルックスリスト様、いらしてたんですか?って!お義姉様のお手を取ったりして!ダメですっ!お触り禁止と何度もお伝えしてるでしょう!?婚約者でもダメッ!」
「なっ!」
「ハルったら」
私はズカズカと遠慮なく部屋に入った。
「ほら、隣に座ったりしてはダメッ!あちらの向かいの席にお移りください、お義姉様との距離が近すぎるんです!」
「なっ!」
「あら、ハル?なんだか顔が赤いわよ?大丈夫かしら?」
お義姉様がめざとく見つけて指摘する。
「ブルックスリスト様がお義姉様に不埒な真似をなさるからです!」
私の言葉に、二人は揃って下を向いて赤面した。
してたんですね、不埒な真似。
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ありがとうございました。
次回は来週末に投稿予定です。
昭和の流行語も引き続き募集中。
よろしくお願いします!