7. 香水オバケ出没
こんばんは、本日もよろしくお願いします。
本家はとてつもなく広かった。そして通された部屋は、ばかでかい応接間って感じの部屋だ。あちこちに長椅子とかローテーブルが置かれてて、座ったり食べたりできるようだ。
私は誰もいない隅っこの椅子に陣取って、子供たちが群れているあたりには近付がないようにした。怖いもん。
「私、ここでいいや。サディくん、サラお義姉様を救出に行ってきてよ。おじ様おば様方の肴になってる」
私の隣に腰掛けようとしていたサディくんに声をかけた。私と一緒に隅っこの埃になってないで、社交してこい!
「サディって呼ぶな。でサカナってなんだ」
「いじられ倒されてるっていうか、根掘り葉掘り聞かれて、オモチャにされてるってこと」
「オレが行っても、オモチャが倍になるだけな気もするけど」
「いいから。そろそろ姉を返していただいても?って言えばいいから」
「やだね、そんなこと言うの」
「なんでもいいから、助けてあげてよ、サデル。お願い」
サディくんは私を不貞腐れて見ていたが、チッと舌打ちすると背を向けた。
結局、サディくんもおじ様おば様たちの餌食になってた。こちらのことわざでは、「迷子を探して迷子になる」と言う。すまん、サディくん。
時折、大人たちの静かな笑い声が聞こえる中、子供たちはすぐに退屈し、庭へと出て行ったようだ。お義姉様もサディくんも戻ってこないし、私に声をかける人もいなかったので、私は大人たちを観察したり、聞き耳を立てたりして過ごした。
ヤバ、眠くなりそう。
「ご覧になって、あの薄桃色の瞳。あれだけケンドルクロール家の特徴が出ていてはねぇ」
「耳の形も、亡くなったお祖母様そっくり。あれで連れ子だって恥ずかしげもなく言い張るのですからね」
「どう見てもルカイヤ様の……」
「シッ!声が大きいわ!」
あ、私の話だ。ルカイヤってお義父様だもの。退屈してたのにバッチリ目が覚めた。
「あんなところに一人で。社交性はなさそうねぇ」
おい、聞こえてるぞ。私は声のした方をゆっくりと見やると、おばさま方が三人、こっちを見ていた。私は立ち上がって、とっておきの淑女の礼をしてみせた。我ながら綺麗にできたぞー!
「あ、あら……」
「まあ……」
トドメに、貴族スマイルをかましてやった。そして決してこちらからは話しかけない。
おばさま方は顔を見合わせると、三人一緒に近付いてきた。
「あなた。他の子と一緒に遊びなさいな?」
「……いえ、私のような者がご一緒するわけには……」
そう言って悲しそうに目を伏せる。これは「わきまえてますよ」アピールだ。思惑通り、おばさま方はまた顔を見合わせた。
「……あなた、お名前はなんでおっしゃるの?」
よっし!名前を聞かれたぞ。これは相手を人間として認識してます、って合図なのだ。
「ルルーシュと申します、奥様」
そう言ってもう一度、渾身の淑女の礼を披露。
「き、綺麗な礼ね、ここまでできる娘は、社交界でも多くはないわ」
「そ、そうよ、やはり、市井で暮らしていたとはいっても、ケンドルクロール家の血筋のなせる技でしょう」
なんじゃそりゃ。私の努力の賜物じゃ!だけど。
「まあ、ありがとうございます……」
そう言って恥じらい、頬を染めてみせる。
「大変嬉しく存じます……」
そう言って、潤む瞳でおばさま方を一人一人見つめる。
くらえ、主人公(予備軍)パワー!
「ルルーシュさん、こちらへおいでなさい。美味しいお菓子がたくさんあるのよ。もう召し上がった?」
「そうよ、珍しい果物もあるの。見たことあるかしら?」
「素敵なドレスねえ。とっても可愛いわ!」
心の中でガッツポーズをしながら、おばさま方にドナドナされていた、その時。
「おばさま方。ルルーシュ嬢をお借りしても?庭を案内する約束しているのです」
やっとオリバーくんがやってきた。
おっっっそい!
「オリバー、庭は小さい子たちで賑わっているわ。図書室にご案内したらどう?」
「そうね、ルルーシュさん。綺麗な外国語の絵本もあるのよ。読めるかしら?」
……ヘーンだ。読めるもんねぇーだ。
「はい、サラお義姉様に教えていただきました」
おばさま方は驚きの顔だ。
「家庭教師の先生にも教えていただきましたけど、サラお義姉様は、何も知らなかった私のような者にも優しく根気よく教えてくださったのです。おかげで、今では三ヶ国語が読めます。全てはサラお義姉様のおかげです」
私が手を組んで、うっとりと祈るように言うと、おばさま方はまたもや顔を見合わせた。いちいちお互いの顔を見ないと呼吸もできないんじゃないかな?いや言いすぎた、メンゴ。
「よろしいですか?さあ、行きましょう、ルルーシュ嬢」
オリバーくんが促すと、おばさま方は三人揃ってハッとして同じような笑みを浮かべた。
「そ、そうね、いってらっしゃい、二人とも」
おばさま方の貼り付けたような笑みに向かって三度目の礼をしてから、オリバーくんにエスコートされて退出した。
私はまず、廊下に控えてたお義姉様の侍女のマリさんのところへ行った。
「マリさん、ちょっと一緒に来てもらってもいいですか?」
いくら家族でも、図書室とやらにオリバーくんと二人だけは嫌だ。
でも、マリさんは、片眉を上げてこちらを見下ろすだけで、何も言わない。やっぱダメかな?
するとマリさんは私をそっとたしなめるように、小さく首を振った。
あ、そうか、言葉。
「付いてきなさい、マリ」
「かしこまりました、ルルーシュお嬢様」
初めて声を聞いた。優しい声だった。なんか少しだけ気分が上向いた。
「オリバー様。もう少し早くに助けてくださいませ。もっと前から、のぞき見なさってたでしょ?」
オリバーくんは、私をエスコートしながら、またもや爆笑した。よく笑う子だ。
「バレてたか、いや悪い。ハルちゃんがあの香水オバケたちをどうやっつけるかと思ってね」
「オバケではありませんし、やっつけたりしません」
オバケをやっつけるほどの技量はない。
確かにものすごい香水の洪水だったけど。
……お婆ギャク絶不調。
「……ところでさ、」
オリバーくんから楽しげな様子が消えた。なんだなんだ?
「オバケで思い出した物語なんだけど、若い貴族の美男が派手に遊びまわっているうちに、高位の年上の未亡人女性と恋仲になるんだけど、男は親の決めた奥さん以外にも若い恋人までいて、年上高位女性は嫉妬に狂って生き霊になる話、知ってる?」
私は呆れた。
「なんですかそれは。社交界で流行ってるんですか?というか、オリバー様、そんな物語をお読みになるのですか?オリバー様は、私と同い年の十ニ歳ですよね!?いけません、恋愛物語を楽しむなら、もう少し健全な物になさるべきかと」
オリバーくんは足を止めるとマジマジと私を見た。
「……本当に、知らない、の?」
そんなに有名な話だったのかな?社交界、恐るべし。
「申し訳ありません、学がないもので……。それに、そのような物語は、私にはまだ少し早いようです」
オリバーくんはギュッと眉根を寄せてしばらく黙っていたが、太く大きなため息をつくと再び歩き出した。
「そうだね、変なこと聞いてごめん、オバケの話なんか、するべきじゃなかったな」
そこじゃないぞ、問題は!
「ここが図書室だよ、ハルちゃん」
オリバーくんは、大きな両開きの扉を開いて私を通してくれたが、なぜか私に続いて入ろうとするマリさんを止めた。
「わずかの間でいい、ルルーシュ嬢と二人で話がしたいんだ」
は?嫌ですけど?
マリさんも渋っている。
「どうしても他人には聞かせられない秘密なんだ。すぐに済む」
え?そんな大事そうなことを私だけ聞かされるの?マリさん!見捨てないでぇ!
「命令はしたくない。わかるな?」
「いえ、むしろご命令でないなら従えません」
マリさんがキッパリと言うと、オリバーくんは眉根を寄せた。まずい。マリさんの立場が。
「マリ。五十を数えて私が出てこなかったら構わず入ってきなさい。できる?」
お願い。アナタが頼りだよ!
「……大急ぎで数えます」
マリさんの言葉に思わず笑顔になってしまった。また化粧が!
「五十じゃ短い。百にしてくれ」
「オリバー様。わたくし、五十以上数えられないのです」
マリさん、嘘だあ!
「二回数えればいいだろ。とにかく、すぐ終わる。いいな」
オリバーくんは半ば強引に扉を閉めた。
「一体なにごとです?」
窓際の椅子に二人で座ると、私の方から口火を切った。
「君、どこまで知ってる?」
どこまで?何が?
「えっと、どこまで言いますと?」
「……君の、以前の……出自のことだ」
出自?ああ、生まれ。
「私がルカイヤお義父様の実の娘ということですか?」
オリバーくんは、さぐるような、すがるような目で私を見つめていたが、やがて目をそらし、横を向くとまた大きなため息をついた。なんだろ、居心地悪いな。
「……さすがにそれは知っているだろう。だけど、それだけじゃない」
沈黙が落ちた。それだけじゃないって何?もったいつけないで!
「俺ら三人と君は、姉弟じゃない」
「は?」
「サラ姉さんと俺、サディの三人は、君とは姉弟じゃない」
……は?
「い、異母姉弟では……?」
「違う。僕らは、いとこなんだ。詳しく知りたい?」
私はぶんぶんと頭を横に振った。知りたくないです!!
「これは、親戚中で、なんというか公然の秘密みたいになってることなんだ。公的には違うけど、親戚中察してる。サラ姉さんとサディも、当然知ってる」
「そんな……」
私は絶句した。でもサディくんたちのお母さんは前の奥様だし、それでも私がいとこ?え?それは誰と誰がどうなって?
ダメだ、頭ぐちゃぐちゃだし、なんだか気分が。
「気持ち悪い……」
「ごめん。でも、サディのために知ってて欲しかったんだ。早ければ早いほどよかった。……大丈夫か?」
大丈夫じゃありません。
「ルルーシュお嬢様っ!ご無事ですかっ!?」
乱暴に扉が開く音がして、マリさんが飛び込んできた。いつも淑やかなマリさんらしくなく、大声で私を呼んでる。オリバーくんが顔をしかめた。
「ご無事とはなんだ。俺は紳士だぞ」
「……そうでしたか?失礼いたしました……。ルルーシュ様!お顔の色が……!」
私の顔色が悪いのを見て、マリさんも顔色を変える。
「ルルーシュ嬢は気分が悪いようだ。ここで休んでいくといい。香水オバケたちには、君は本に夢中になっていると伝えておく。また迎えにくるよ」
オリバーくんは私の肩をポンポンと叩くと、扉の前でもう一度振り返り、何かを言いかけたが結局そのまま出て行った。
「一体何が……。オリバー様は何を……。ルルーシュお嬢様、たとえ八十数える間でも、お嬢様をお一人にするんじゃなかった!」
八十まで数えたのか。私はちょっと笑った。
「マリさん……。ごめんね、ちょっとだけ、ぎゅってしてもいい?」
私は返事を聞かずにマリさんに抱きついた。あったかくてホッとする。
「えっ!あっ、その!……はい」
マリさんも、ギュッとしてくれた。おかげで、泣かずに済んだ。
婆はツライぜ!
ーーーーー
ありがとうございました。次回は来週末に投稿を予定しています、またよろしくお願いします。
昭和、平成の流行語も引き続き募集中。そちらもよろしくお願いします!