5. 気力がゴリゴリ削られます
こんばんは、よろしくお願いします。
お義姉様は十四歳。小説で読んだことあるぞ、「大輪の花が綻びる直前」とか、「大人と子供の狭間の、刹那の美しさ」とかなんとか。
お義姉様は元々、輝くような美人だが、ブルックスリスト様に想われているとわかったことで、美しさを増しているんだろう。へへっ、順調、順調!
婆の狙い通り、ブルックスリスト様はその後、お義姉様の元へ通う回数が増えた。が、月一が二週に一回、週一へと増えると、さすがのお義姉様も眉をひそめるようになり、回数を減らすように頼んでいた。「お忙しいクリス様の御身が心配なのです」とか「心配のあまり、楽しいはずの茶会も心から楽しめなくなってしまいます」とか、「その分、お手紙を書きます」とかってお義姉様が言えば、ブルックスリスト様は涙をのみながら、そして私をものすごい顔で睨みながら訪問の回数を減らした。いや、私じゃないよ!ちっとは入れ知恵したかもしれんが。
それでも以前よりブルックスリスト様の訪問が増えたことで、我が家の中で存在感を増したお義姉様に、母さんは面白くなさそうだ。でも、生まれたばかりの弟にまだ気を取られてるから、今のうちにお義姉様の立場を強化しなきゃ。
えいえいおー!
次なるターゲットは、本家に養子に行った同い年の弟だ。私の方がほんの少し先に生まれている。それもそれで胸焼けしそうな事実だ。お義父様め。
この方は養子先でオリバーと名付けられたそうだ。本家に住むオリバーくんには「ナントカのひとつ覚え」の手は使えない。どころか、接触の機会もない。機会をうかがう日々が過ぎた。
そしたら、やってきました待ちに待った機会が。ルーカスと名付けられた弟(ここに至ってお義父様は、雑なんじゃなくて名付けのセンス無し疑惑が浮上。お義父様がルカイヤで弟がルーカスで私がルルって)。小さな弟の首が座った頃を見計らって、本家にお披露目に行くことになったのだ。へー、ふーん、ほーお。お披露目ねぇ。
嫡子として本家にお披露目に行くとなると、それは後継者候補であることを意味する。ウチには身分のある前の奥様の子の、義弟サディくんがいるのに。どういうこったい。それでいいのか?ヨーエンギー家。
それはさておき、オリバーくんと接触する機会だ。本家でどんなふうに扱われてるのかも確認しなきゃ。
「サラお義姉様、本家に行かれたオリバー様とは、交流があるのですか?」
「内緒よ?」
サラお義姉様は、人を介してこっそり文通していることを教えてくれた。赤ん坊の頃から本家にいるので、ヨーエンギーの家のことは完全に他家だと思っているそうだが、それにしても養子の自分が「気味が悪いほどの好待遇を受けている」と言っているそうだ。まあ待遇なんて悪いよりはいい方がいいんで、ぜひとも立場を利用してお義姉様とサディくんを助けてくだされ。
さて本家に行くとなると、問題がひとつある。
「ねぇ、母さん」
「お母様って呼びなって、言ってるでしょ!」
「私、淑女言葉は完璧だよ。先生にも、とても上手だって言われたもの。むしろ、本家に行ったら母さんの方がボロ出すと思う」
母さんは悔しそうに口を閉じた。母さんは先生から指導されることを嫌がって練習をやめてしまったから、淑女言葉が全然できないんだ。
「『まあ、ありがとうございます』、『いえ、光栄でございます』、これだけ覚えて、あとはニコニコしてるだけにしたらいいよ」
母さんは忌々しそうにしてたけど、それでも口の中で「まあ、ありがとうございます」とかモゴモゴ練習してる。
なんか、ちょっと切ない。こんな人だから、見捨てらんないんだよな。
「それで、すぐに私を紹介してね。『こちらルーカスの姉の、ルルーシュです』ってね。後は私が喋るから。お願いね、母さん」
「お 母 様 !」
「承知いたしましたわ、お母様」
私は、一生懸命練習した淑女の礼を披露してやった。母さんは立ち尽くしてた。
この人は、来週より先のことを気にやむ余裕も、この街の外側の世界について考えるだけの知識も持ち合わせないで生きてきた。髪結をしていて、ちょっとした地位もあったけど、その辺はこの世界のこと、王族をはじめとする雲上人ならいざ知らず、その他大勢に関しては制度もさほど整備されてなくてアバウトでふんわりしてる。だから行末なんて運と本人の才覚と偉い人の意向次第だ。母さんにとっての偉い人はお義父様で、そのお義父様に気に入られることだけが母さんの世界の全てなんだろう。こうして貴族の家に入ったからといって、考えをひっくり返すのは難しいんだろうな。残念ながら意識改革しようと努力してるようには見えない、というか、やってる努力の方向が完全に間違ってるんだけどなー。
そうそう。私も貴族らしく、ルルじゃなくてルルーシュと名乗ることになった。母さんもお義父様も、私をルルーシュって呼ぶ。
でも、サラお義姉様とサディくんだけには、「こっそりハルって呼んでください」ってお願いした。以前、私の大泣きを見ていたサラお義姉様は「いいわよ、ハル」と言ってくれた。なにも聞かずに。うぅっ、お義姉様!
サディくんはフンと鼻を鳴らしただけだったけど、それからは「おい、ハル、メシ」と声をかけてくれる。
サディくんは以前よりもヨーエンギー家に帰ってくることが増えた。早朝に朝ごはんを作ってあげるのが習慣になっている。だからせめて「ハル姉」にしてくれって頼んだら、「ハルなんかハルで十分だ」とか言われちゃった。義姉の立場はどこへ。くすん。
ちなみに「ハル」は、私の前世の名前だ。
さてやってまいりました、本家ご訪問の日。私、ヨーエンギー家の本家なんだから当然、ヨーエンギーって姓なのかと思い込んでたけど、ケンドルクロール家っていうんだって。舌かみそう。明日にはもう忘れそう。
てか、苗字も違うほど遠い親戚なのか!?と思ったら、なんのなんの。お義父様と本家の当主様は、兄弟だっていうではないではないですか。私、まだまだですなぁ。前世の常識、今世の非常識。精進が足らんようでござる。
本家もそんなに高い爵位じゃないらしいけど、前世とシステムが違うし、よくわからない。とにかく、前の奥様と結婚したタイミングで、お義父様はヨーエンギーの姓で独立したんだそう。うーん、知らんかった。
……。もっと勉強しよっと!
ともあれ、着飾った私は、お義父様とお義姉様、お母様と小さな弟で、馬車にゴトゴトと揺られてやってまいりました。
といっても、その他、使用人だの乳母だのも大勢ついてきてるから、私はお義姉様と、お義姉様の侍女さんと三人で乗っている。こっちの馬車の方が格が下がるヤツらしいんだけど、いやむしろご褒美です、これ。
「お義姉様、サディくんは来ないのですか?」
「あちらに直接、向かうそうです。ところで、ハル?」
あ、まずい。このお義姉様の口調。お小言がくるぞー。
「サディではなくて本名のサデルと呼びなさい。それと、私もハルをルルーシュと呼びますからね?」
「心得ております、サラお義姉様。それに、許可なく本家の方々に話しかけることも、お義姉様に私から話しかけることも決してしません」
「いい子ね。ハルならできるって、わかってるわ」
へへッ、褒められちゃった。思わず笑顔になっちゃいました。しまった。
貴族は表情を出してはいけない、っていうのもあるけど、お化粧がね。前世みたいな便利なのじゃないから、すぐに崩れちゃうわけです。今、大口開けて笑ったら、口のまわりからボロボロと白い粉が落ちた。ここまでくるともうホラーだ。
「仕方ない子ね」
お義姉様は柔らかく言って、侍女さんを振り返った。侍女さんは座席の下から化粧道具を出すと、私の口のまわりをそっとなおしてくれた。
「ありがとう、」
ございます、と続けそうになりグッと飲み込んだ。
「私の侍女のマリよ」
マリさんが頭を下げる。そういや、いつもいるこの人の名前、聞いたことなかったな。
「ありがとう、マリ」
さん、もグッと飲み込んだ。結局この時はマリさんの声を聞くことはなかった。はあ、気力がゴリゴリ削られるぜー。
うっわー、本家の当主様って、お義父様そっくり!よく似てるーぅ!そりゃそうか、兄弟だった。お義父様は当主様の三番目の弟なんだって。まじまじと見るわけにもいかないからサッと頭を下げたけど、驚きが顔に出てたかも。
本家に着いてすぐ、玄関で当主様方は出迎えてくれた。玄関といっても、そこだけで下町の我が家くらいの広さがあったけどね。私とお義姉様、サディくんが並んでお辞儀すると、当主様は鷹揚に頷いた。
「よく来たね、今日は楽しんでくれ。サラは久しぶりだね、すっかり綺麗になって。婚約者殿はご健勝かな?」
当主様はあっという間にお義姉様だけを連れて行ってしまった。私の存在は完全無視だ。
え?え?これ、どうすればいいのかな?ついていくべき?今日はお義姉様にひっついておけば大丈夫と思ってたのに、どうしよう!
サディくんがため息をつくと、腕を差し出した。
「ほら」
「え?」
「え?じゃないよ、習っただろ?つかまって」
あ、エスコート。習ったわそういや。
「あ、ありがと……」
私がおずおずと手を伸ばしたその時。
「やあサディ、よく来たな、先月ぶりか?」
頭上から声が降ってきた。
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ありがとうございました。
ところで、ハル婆さんが使いそうな昭和、平成の流行語って、どんなのがありましたっけ?
読者様が聞いたことある、もしくは聞いたことなくてもギリギリ意味わかる、と言った昔の流行語、教えてください!
次回は来週末の予定です、どうぞよろしくお願いします!