4. 浮かれポンチをご存知ない
こんばんは、どうぞよろしくお願いします!
この世界は、謙虚は全然美徳じゃない。
下町にいた時でも、よく見たもんな。「ウチの子は優秀で、親方からこんなに褒められた」だの「娘は美人だから、町長の息子から声をかけられた」だの。自慢は、自分自身のことでなけりゃ、むしろいい事、愛情の表れと思われている。嘘や誇張でない限り(なんか恥ずかしくてムズムズする人はいないか?婆もだ)。
だから、母さんは、よく私のことを自慢する。でもさ?
「あたしに似て美人だし、お父様に似て頭もいいのよ!」ってのはどうなんだ?
そのいち。それじゃ自分自身の自慢です。はいアウト。
そのに。お父様って誰ですか?料理人の父さんはそんなに賢いタイプじゃないぞ?はいダウト。
……つまらん。実につまらん。不調だ。
さて、わたくし、十二歳になりました。
そんでもって今、婆は不貞腐れている。何故なら。
母さんに子供が産まれた。私の弟だ。
そうだよねー、あんだけお義父様と毎日盛大にいちゃいちゃしてれば。
それでも、なんていうか、萎えるわー。計算が合わんのよ。早すぎるの。前の奥様が亡くなって割とすぐ、私と母さんはこの家に来た。そこから数えても、なんぼなんでも合わんのです。その頃、奥様は七回目のご出産をひかえていたはず。どういうことですか、もう。ゲキ萎えです。
婆ですらこうなんだから、お義姉様とサディくんの気持ちはいかばかりか。
心中お察し申し上げます。
で、だよ。私が母さんについよそよそしくなったら、「まあ、生まれたばかりの弟に嫉妬するなんて、可愛いわ!あなたの誕生会は、もう少し落ち着いたらやるから、拗ねないで」とか言い出すんで、ますます萎える訳だ。
やってらんねーわ〜、と、不貞腐れて庭をぶらぶらと歩いていた時、ふと、思った。
この世界、どこまでゲームに忠実なんだ?
だって、謙虚が美徳にならないとか、ゲームの中には全くなかったと思う。
そう考えると、なんだかおかしなことってたくさんある。最たるものは、サラお義姉様と私が入学する予定の学園は、女子校なのだ。
根本的にダメじゃん。早く気付けよ、私(早くも三回目)。
でも、この世界、共学なんて無いんだって。せいぜい庶民の練習所くらい。下町の子供が簡単な読み書きとか、体術とか、料理裁縫なんかを習う場所だ。そんなのも、ゲームにはなかったはず。あんまり詳しく覚えてないけど。
貴族ともなれば、幼い頃は家庭教師、長じて(年齢は関係なく)、社会性を培ったり人脈を作ったりするのに学園に二年間通うことが義務付けられてる。で、学園は男女別、というわけ。ずいぶんゲームと違う。というか、同じところの方が少ないくらいだ。衛生環境や言語が前世と似通っていて、主人公たちの名前や境遇がゲームと同じことくらいだろうか。
と、するとだよ。ゲームの攻略対象たちに出会う機会もなさそうだし、私、主人公しなくていいのでは?
そうなら嬉しい。しなさいと言われても、する気もないけど。余計な労力使わずに済むならそれに越したことはない。楽観しすぎるのも良くないけど(婆は疑り深いのだ)。
ちょっと早いけど学園に入学して、寮に入っちゃおうかな?でもそうしたら、この家にお義姉様一人になっちゃう。それはマズい。暴走真っ最中の母さんがお義姉様になにをするかわからない。
お義姉様の味方になってくれそうな人といえば、騎士団にいる義弟のサディくんだ。でも彼は前より帰ってくるようにはなったけど、ずっといるわけじゃない。となれば、次なる候補はお義姉様の婚約者だ。
どんな人だろう?この世界の貴族なんだから、真面目な人であればあるほど愛情よりも家や民のためになるかどうかを考えるだろう。貴族は利益を優先するのが当たり前なんだ。
お義姉様の立場は微妙だ。母さんがなんとかお義姉様の足を引っ張ろうとしているから、悪くすれば婚約者様には利益のない結婚相手になってしまいかねない。そうすれば婚約者様も、どこまでお義姉様の味方になってくれるかわからない。
ちなみに、婚約者様のお家はブルックスリスト家という。人の婚約者様をファーストネームで呼ぶような趣味はないので家名だけ覚えておけばいいだろう。そもそも親しくもない目上の他人をファーストネームで呼ぶことなんてないし。古くて固い頭なんだよ、もう開き直ってやる。えっへん!?
つまりだ、お義姉様は婚約者のブルックスリスト様にとって、利益もあり愛情もある相手と思われないといけないってことだ。
……孫たちよ、ばあばは、がんばるよ。
でも、もう一回ため息ついていい?はああぁー。
まずは、ブルックスリスト様に先制パンチだ。私がお義姉様にとって不利益になるようなことは望んでいないことをわかってもらわなきゃ。私は、以前と同じ手を使った。婚約者様がお義姉様と月一のお茶会でお話しになっている部屋に突入したのだ。
つつましく半開きにしてある扉から強引に部屋に入ると、ブルックスリスト様は驚愕、お義姉様は呆れていた。構わず二人の元に歩み寄り、二人の前に膝立ちにひざまずいた。
「本当にごめんなさい。お二人にどうしてもお願いしたいことがあって、無理を言って来てしまいました」
「ルル、あなた、「ナントカのひとつ覚え」って言葉を習ったかしら?」
お義姉様は、とがめるような、からかうような口調だ。少なくとも怒ってはいないようだ。よっし!
「馬鹿でもひとつ覚えでもいいです、手段を選んでいる場合ではないので。
浮かれポンチな母が、お義姉様とサディくんをないがしろにするという暴挙に出たので、私は家を出ようかと思います」
さすがのお義姉様もこれには驚愕したようだ。婚約者様に至っては、魂が抜けたようなお顔だ。しっかりしてくれ、私ら全員の将来がかかってるんだよ!
「それでなくても我が家は、尊い身分の前の奥様が亡くなってすぐに私の母を迎え入れたせいで、醜聞が絶えません。そんな中でお義姉様方をないがしろにしたら、どうなってしまうか。母はわかっていなくても義父はわかっているはずです。
それでも、母に甘い義父のことですから、対応も甘かったり遅かったりしそうです。ですから私は、義父の目を覚まし、母を諌めるため、家を出たいと考えているのです」
二人とも無言だ。そりゃま、そうだろうね。ゴメンなさいね、ハチャメチャ中身婆の十二歳娘で。
「具体的には、学園の寮に入ります。でも、そうすると、お義姉様がお一人でこの家に残ることになっちゃう。そんなことになったらポンチな母がなにをしでかすか。でも、逆に私一人が残っても、よろしくない気がするんです。だから二人揃って学園に入りたいのです。手を貸していただけませんか」
ここに至ってようやく、ブルックスリスト様の抜けていた魂が戻ってきたようだ。
「浮かれポンチ……?」
最初に気になるところ、そこか!?でも若者には通じないのか。変なところがゲームの世界なんだよな。
「ブルックスリスト様、しっかりなさってくださいませ、私の大切な大切なサラお義姉様を託せるのはブルックスリスト様だけだと思っておりましたけれど、間違っていたのでしょうか。しょせんお二人は政略ですものね、私がお義姉様を想う気持ちの半分でも、お義姉様を大切にしてくださるならいいのに」
「なっ……!」
ブルックスリスト様は今度はあっという間に真っ赤になった。お?なんかいい感じだぞ?
「私の方がずーーっと、お義姉様を愛していますものね、私の方が。仲だってずーーっといいし。私の方が!」
「わ、私だって、サラを想っている!」
ブルックスリスト様は思わずと言ったように叫んだ。そしてハッと口を閉じるがもう遅い。婚約者様の言葉に、お義姉様も真っ赤っかだ。ふふ、やり手婆と呼んでくれ。
「なにをおっしゃるのか。私なんて、毎日一緒に食事して勉強してるんですよ。毎日です。お義姉様のベットで一緒にお昼寝したこともあるんですからね!」
ブルックスリスト様はヒュッと息を呑んだ。お義姉様のベット。一緒に。なにを妄想したのかね?若者よ。
「お義姉様は柔らかくて、いい匂いがしました……」
私がうっとりというと、ブルックスリスト様は小刻みに震え出した。もうひと押し!
「ねぇ、サラお義姉様。私たち仲良しなんですよね、たまにしか会わない婚約者様よりもずっと!」
「ルルったら」
お義姉様は私の頭を撫でてくれた。
「あなたは可愛い義妹だけど、ブルックスリスト様はわたくしのお慕いする婚約者様なのです。二人が反目し合ったら悲しいわ」
聞いた?ねぇ聞いた?「お慕いする婚約者」だって!きゃあ!婆でも胸が高鳴るねえ。ブルックスリスト様なんてお義姉様をすがるように見つめてる。そのうち、すっと立ち上がるとお義姉様の隣に座り、白く細い手を取った。おい!お触り禁止!
「クリスと」
「あ、あの!?」
「クリスと呼んでくれないか、サラ」
手を取り合う二人。前世ならあの曲が流れてくるところだ。なんだっけ、こういうシーンでいつも聴くあれ。
想いあってたのね、ご両人。こんなちょっとの押しで熱く見つめ合っちゃって。チョロ……、いやその、ウォッホン。私は緩みそうになる口元をギュッと引き締めた。
「……もうっ!お義姉様がブルックスリスト様と仲良くしろっていうなら仕方ないけど、お義姉様を助けてくださらないなら、ブルックスリスト様なんて認めませんからねっ!」
私は叫んでドスドスと部屋を出て行ったが、後ろ手に扉を閉めたところで、ニヤニヤ笑いが止められなくなった。
(よっっっしゃあああああぁっっッ!)
ちゃっかり扉も閉めたことだし、小さくガッツポーズして、例のあの曲を口ずさみながらスキップで部屋に戻った。
はあ、よきかなよきかな。
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えんだーーーー♪
ありがとうございました。次話は来週末に更新の予定です。よろしくお願いします!