オリバー 03
こんばんは。オリバーくん視点第三弾です。
二十六話「婚約解消」のあとのお話です。
どうぞよろしくお願いします。
「んなわけねーだろ」
第三王子殿下とハルちゃんをめぐる騒動の顛末とバーバラ様やローレリー嬢の話(言い訳?)を聞いて言ったのがそれだった。
話を聞かせてくれたクリストファーさんとモルズベリー様が同時に顔をあげて俺を見た。二人とも疲れた顔をしていたが、そっくりな表情で眉をひそめた。
「失礼いたしました、つい。どう考えてもバーバラ嬢たちが本当のことを言っているとは思えなくて」
俺が言うと、二人は眉間の皺をますます深くする。
「……嘘をついていると思うかい?」
「すべて嘘ではなくても、意図的に隠している部分があるのは明らかです」
二人は同時にため息をついた。二人もバーバラ嬢の話に納得がいっていなかったのだろう。
「詳しく、聞かせてくれるかい?」
俺は、ローレリー嬢がハルちゃんに、ここは小説の中の舞台で俺たちは登場人物である、と告げたことを話し、ハルちゃんを「主人公」と思い込んでいることや、第三王子殿下までもを巻き込んで騒動を起こしているのにも関わらず、自分の責任に対し無自覚な様子に不信感が募ることを、不安そうに打ち明けてやった。
二人はそろそろ俺の本性に気づいているから、俺が不安というよりは怒っているのがわかっているんだと思う。だがローレリー嬢たちの行動が不審なことは事実だ。二人は俺に協力を約束してくれた。というか、危ないかもしれないからあとは任せておけと言われてしまった。しゃしゃり出てくるなということだろう。
それでも俺は、モルズベリー様に願い出て展覧会に招待してもらった。そこにバーバラ様がくるらしいと聞いたからだ。
もちろん紹介もされていない俺がバーバラ様にご挨拶することはできない。ただ遠目で見ておきたかったのだ。それくらいなら、と、モルズベリー様は渋々、招待してくれた。
だが遠くから見るだけ、と思っていた俺たちの思惑は外れた。当のバーバラ様から声をかけられたのだ。
表向きは、「迷惑をかけたヨーエンギーの縁者である俺に謝罪をしたい」とのことだったが、裏があるに違いない。辞退することもできたが、俺は面会を受け入れた。
そして。
小部屋に通され近くでバーバラ嬢の顔を見た途端、俺はじっとりと汗をかくことになった。
バーバラ嬢も震えていた。
俺は、この子を知っている。
この子も、俺がわかっているようだ。
「……サトーさん、ですよね」
俺は黙って頷いた。
なんでハルちゃんの時には、なかなかハルさんだと
確信が持てなかったのに、この子はすぐにわかるんだ。なぜだかものすごく悔しい。
この子は、あの女の、妹だ。
俺とハルさんを刺した、あの女の、妹。
元々は、この子が俺を見かけて声をかけてきたところから始まった。この子自身からも手紙をもらったりしたが、全て読まずに返した。そしてこの子を通して俺を知ったあの女、この子の姉が、俺に執心しだしたのだ。振り払っても振り払っても振り払っても、あの女は付きまとった。この子は、何度か自分の姉の俺への付きまといを謝罪しに来た。そんな謝罪など不要だからむしろ近付かないでほしかった。
「君がこっちに来ているということは……」
「はい。私、姉に階段から突き落とされたんです。何もかも私のせいだと言われました」
予想外の言葉に、俺は息を呑んだ。
「まずは……、身内として、前世で姉があなたにした所業をお詫びしたいと思います。姉を止めきれなかったこと、本当に申し訳ありませんでした」
バーバラ嬢は、土下座した。俺はむしろ不快感を覚えた。バーバラ嬢は現在では俺より高位の貴族なのだ。その令嬢を土下座させた(という習慣はないが、床に這わせた)となれば、さすがに俺が非難される。どうしてそれがわからないのか。そして同じく命を落としたハルさんについては?
俺は乱暴にバーバラ嬢を引き起こした。そして彼女に触れてしまった自分の手をハンカチで拭ってみせた。バーバラ嬢は顔を歪めた。俺が前世で手紙を突き返した、あの時と同じ表情で。
「前世のことについての謝罪は一切不要です、俺はもうサトーじゃない。あなたに謝ってほしいのはそこじゃない」
この娘が第三王子殿下とハルちゃんの仲を取り持とうなどとおかしな画策をしたから俺もハルちゃんも殿下でさえ巻き込まれた。それを自覚してるのだろうか。
俺の苛立ちには気づく様子もなく、説明したいとバーバラ嬢は言い、長い話を始めた。
前世での、あの事件の前からずっと、私は姉とは連絡を取っていませんでした。姉は私をサトーさんに近付く女の一人とみなして危害を加えてくるようになったのです。さすがに両親は姉を実家から出し、私は連絡先も知りませんでした。
あの日、両親は留守でした。それだけは良かったと思います。警察が来て、姉があなたと通りすがりのおばあさんを刺して逃亡しているっていわれて。おばあさんは亡くなりあなたも重体だと……。その日の夜、姉は現れました。私の悲鳴を聞いて、家を見張っていた警察の人が駆け込んだようでしたが、間に合いませんでした。姉はものすごい力で私を二階の部屋から引きずり出すと、階段から突き落としたのです。
こちらに転生したことに気付いたのは、ローレリーが生まれた時です。ローレリーが前世の姉だとすぐに悟りました。姉と妹の立場が逆転して、姉が妹となり、私が姉になりました。
私はただひたすら絶望しました。なんで前世の姉がまた今世でも家族にならなきゃいけないのかって。
でも、妹は、ローレリーは……!昔のこと、自分のしたことを、全く覚えていなかった!私は喜んでいいのやら怒っていいのやら、それすらもわからなかった!悔しくて、悲しくて。怒りでいっぱいで、その気持ちをぶつけようにも、小さくて何も知らない妹に対して何ができるわけでもなく、相談できる相手もいなかった。
でも、何も覚えていないあの子は、ただの可愛い子供でした。私を慕ってくれて、後をついて回る小さな妹でした。成長しても前世のことは思い出さないみたいで、夜中にうなされるとか、前世の言葉に反応するとか、そういったことも一切なかったんです。
あの子が前世のことを言い始めた時は息が止まりそうになりましたが、幸いあの子は、姉がしていたゲームや小説のことは細かく覚えているのに、姉自身については全く思い出しませんでした。でもあの子、幼いながらに姉と同じく思い込みが激しかったり執着心が強かったりしたから、優秀な家庭教師を山ほどつけて、家族一丸で矯正に励んできました。おかげで前世に比べれば格段に良くなったと思っています。
でもローレリーがゲームの知識だけではなく、前世の姉としての記憶を取り戻したら、どうなるかわからない。また元の姉に戻ってしまうかもしれない。私たちを手にかけた、あの姉に。私は何よりそれが恐ろしいんです。
私はいい加減、前世の私からも姉からも解放されたい。ずっとずっと地獄だった。もう穏やかに暮らしたいんです。だから私はもう、あの子から離れます。あの子が暴走しないように、万全の体制は整えたつもり。
でも、何しろあの姉ですからね。サトーさんにお知らせしなければと思ったんです。転生した後のことですが、私は以前、子供たちの集まりでオリバー様を見かけました。遠くからでしたけれど、その一目であなたがあのサトーさんだとわかりました。だから姉も記憶を取り返したら、すぐに気付くかも。どうか気をつけて。正直、階段から私を突き落とした時の姉はとても正気とは言い難かったから。
長い話を終え、不都合があってはならないから連絡を取り合いたいというバーバラ嬢に対し、俺は断った。これ以上の迷惑をこちらにかけないようにするべきでしょう、と突き放した。
去っていくバーバラ嬢の背中を見送りながらも、彼女の話は大して俺を動かさなかった。やはり、予言だなんだの話は作り話だったのだな、と思っただけだった。
ローレリー嬢を振り払い、彼女が見ている「姉の幸せが自分の幸せ」などという幻を壊してしまいたかったのだろう。いくらあの女の記憶がないとはいえ、自分と姉を重ね合わせているらしいあの女だったら、「姉の幸せ」とやらを実現するため強引な手を使ったことはあり得る。その執心を砕き距離を取ることで、多少の意趣返しもでき一挙両得というわけだ。ローレリー嬢は今後、ノーストップの館に軟禁されるらしいし。
そして、あの歪んだ顔。
別れの礼をする彼女が一瞬、燃えるような目で俺を睨んだことに気付いていた。俺が彼女を拒絶したからだろう。俺に近付こうとするのは、前世の記憶を持つもの同士の連帯感からなのか、それ以外のものなのか。どちらにしても受け入れる気はない。記憶がある故の孤独感は俺にも覚えがあるが、それを共有したいのはバーバラ嬢ではない。
前世であの女の妹だったという境遇には同情するが、それはそれ。それを理由にして今世で親切にする義理はない。
バーバラ嬢として、彼女には迷惑を被っている。そこに対してのオリバーやルルーシュへの謝罪がほしかったのだ。ハルちゃんに至っては、学園に早期入学し、研究会のメンバーに入れられて、モルズベリー様の「婚約者候補」になった。十分謝罪に値する。だが、バーバラ嬢が望んだのは境遇を言い訳にした俺との縁だ。
俺の中で、バーバラ嬢には「手加減必要なし」の判が押された。
サディやモルズベリー様が去るという出来事は、世をひねた目で見ている俺にですらつらかったけれど、俺がハルちゃんの隣を獲得するための障害は、ずいぶんと無くなった。あとはケンドルクロールの当主くらいなものだが、ハルちゃんに対する態度には変化が見られた。子供世代が自分たちのゴタゴタの被害を受けたという後ろめたさもあるんだろう。
残っている大きすぎる壁は、ハルちゃん自身だ。
俺はハルちゃんに意識してもらいたい。だがこのままの距離感ではダメだ。今の俺の立ち位置は、頼れる(というか面倒ごとを相談できる)家族くらいなもので、せいぜいサディと同列だ(悪いな、サディ)。下手をすりゃ、サラ姉さんと同列だ(まずい、泣けてきた)。それに、ここに至って俺自身にも「ハルさん」に対する遠慮のようなものがあるのを自覚してしまった。それじゃダメだ。リセットしなければ。
俺は一旦、ハルちゃんと距離を取ることにした。その間に他の野郎に掻っ攫われる可能性もなくはなかったが、そのくらいのリスクは負うべきだ。なんていいながら、もし本当に掻っ攫われたら立ち直れないんだろうな。
今世の俺は慎重だ。ヘタレともいう。けど、あんな最期の記憶があるんだ、以前よりも慎重にもなろうってもんだ。サディ曰く、「腹黒いのに打たれ弱い」そうだ。慎重なのを打たれ弱いと称するなら、その通りなんだろう。
俺は、周りの人がまたあんな目にあうのが、怖い。
ありがとうございました。
今回でオリバーくん視点は終了です。
さて次回ですが、ストックが切れたこともあり、作者も一度リセットが必要なようで、来週はお休みをいただきたいと思います。
予定ではあと二話で終了する(はずです)ので、少々お時間をいただければと思います。
というわけで、次回は再来週を予定しています。微力を尽くします。どうぞよろしくお願いします。




