オリバー 02
こんばんは。よろしくお願いします。
今世での俺の生家の姉弟、サラ姉さんと弟のサディは、成長期の子供には精神衛生上あまりよろしくない環境にいるようだ。どうやら生家の父親が彼らをないがしろにしているらしい。噂では、生家の当主は本当は俺らの実父ではなくケンドルクロールの当主こそが実父で、しかも二人の仲は兄弟にも関わらず絶縁状態なほど険悪だという。この状況からみると本当のことらしい。最悪だ。周りの大人は俺が子供だからと油断して喋りすぎだと思う。助かるけど。
俺は本家で大切にされている分、できることなら姉弟の状況をなんとか改善したい。そして姉弟とは家族としての絆がほしい。前世では手に入らなかったものだ。
俺は本家当主の姉である伯母のオリオライヤ様を、幼児のギャン泣きを使って動かした。伯母は彼女の弟たち、本家や分家の当主たちが絶縁状態なことに心を痛めており、どちらの家にも顔を出していたのだ。
俺には姉弟がいると知ったことを告げると、誰から聞いたのかと問い詰められたので、俺は家令見習いの少年の名前をあげてやった。人目のないところでは俺を粗略に扱う奴で「分家の息子などじゃなくて、エマ様が婿を取って本家を継ぐべきなのに!」だの「俺ならエマ様を幸せにできる」などと、しょっちゅう言っていた野郎だ。乗っ取り狙ってんじゃねーよ。
確かにエマ姉上は、俺をものすごく嫌ってるけど、だからって万が一、エマ姉上が婿を取ることになったとしても、お前はナイ。それとこれとは話が別だ。こういう勘違い野郎は早めに遠ざけるに限る。前世からの教訓だ。そもそもエマ姉上だってまだ十分幼児なんだぞ、コイツがホンモノの幼児趣味なのかケンドルクロールの家督を狙ってるのか知らないが、とっとと退場してもらおう。案の定、コイツの発言や俺に対する態度などもエグエグ泣きながら一緒に告げてやったら、そいつの顔を見ることは二度となかった。
生家の姉弟については、オリオライヤ伯母は「もう少し皆が大きくなったら会わせてあげる」と言っていたので、それもそうかと思った。向こうは俺の存在すら知らない可能性だってある。まだ幼児なんだし。
だが思っていたよりも早い時期に姉弟に接触することになったのは、生家の当主が弟のサディまでもを養子に出そうとしていることを知ったからだ。しかも、養子先はケンドルクロールのもう一人の弟、放蕩で名高い次男の元だったのだ。冗談じゃない。そんなところに弟をやれるか。俺は伯母を動かしてなんとか阻止したが、どうやら騎士団見習い所に預けることになるらしい。なんでだ。生家の当主は絶縁状態の兄の子なんて見たくもないということか。クズい。生家の親は、敵認定してよさそうだ。
両方の当主たちには知らせずに、示し合わせて訪れた庭園で俺は姉弟と顔を合わせた。もちろん、親戚として紹介されただけで、少しの間一緒に庭園を巡っただけだったけど。「俺に似てるな、二人とも」というのが俺の感想だった。俺と手をつないで歩いていた小さい弟がすぐに息切れしてしまったので、俺はおんぶをしてやった。こんなに小さくて体が弱そうなのに、騎士団に入れるだなんてどうかしてる。俺にもっと力があれば庇ってやれるのに……。
それ以来、俺は伯母や使用人を介して姉弟と近況を知らせあったり、騎士団にこまめに様子を見にいくようになった。
「あなたは大人びてしっかりしているけど、どうにも危なっかしいところがあるわ。あなたの婚約者を決めるのは、もう少し大人になってからにしましょう」
オリオライヤ伯母は、サラ姉さんの婚約者をあっという間に決めてきた。だが俺にはそう言って、婚約者選びは保留してくれた。サラ姉さんの相手は気になるところだが俺に関しては助かった、まさかこんな幼いうちから結婚相手を決めるとは。貴族だから仕方ないのか?俺の要望をある程度通してもらうにはどうすればいいだろう。課題が山積みだ。それにしても俺の「危なっかしいところ」とはどんなとこだろう?向こうの常識を無意識に出してしまうところだろうか。よくよく学んでいかなければならない。
弟は可愛い。癒される。コイツの環境を少しでも良くしたい。俺は従者を装わせて医者を連れて騎士団を訪れたり滋養のあるものを差し入れたりした。ケンドルクロールの後継である俺が気にかけて大切にしていることをアピールすれば弟に悪意を向ける者を牽制することができる。ついでに訓練に手心を加えてくれれば言うことはない。普通よりも体が弱いのに厳しい環境に放り込まれているんだから、ズルかろうがなんだろうが構っていられない。弟の健康の方がよっぽど大切だ。こういうところはこちらの世界の貴族の後継として身についた習性なのかもしれない。
サラ姉さんは一人、分家に残される形になったが、婚約者は格上のブルックスリスト家だ。格上の家が婚約者という立場が、姉さんを守るだろう。オリオライヤ伯母上はさすがだと思う。
生家ヨーエンギーの当主の奥方が亡くなった。俺の生母だが一度も会ったことはなかったし、サディたちも実母なのに別邸に住んでいて疎遠だったという。悲しみはさほどなかった。俺にとってそれより問題は、その後まもなく生家の当主が再婚したことだ。連れ子つきで。連れ子はルルといい俺と同い年らしい。なるほど、そういう子がいるから俺や弟が家から出されたんだな。ということはその子はヨーエンギー当主の実子か。こちらの常識は前世とは違うとはいえ、クズい話だ。
サディの様子を見るに、サラ姉さんとサディは当初は、実はイトコであるその連れ子を相当に警戒していたが、その後はだんだん態度が軟化していった。それどころか、二人ともずいぶんその子を気に入っている。気に入っているどころか、サディのヤツ、その子に惚れてるんじゃないか?と思っていたら案の定だった。聞き出したところによると最初、警戒して冷たい態度をとってしまったので親しくなりたいのに上手くできないとか言っていた。小さくて、おんぶしてやっていたコイツも思春期かとニヤニヤしてしまった。
そんな余裕があったのも、連れ子のあだ名を聞くまでだった。しかもそれは、本人がそう呼んでほしいといっていたらしい。
連れ子のあだ名は「ハル」だった。
俺の驚愕を察してもらいたい。
「その……、ハルって子は、どんな子なんだ?」
「……オリバー兄さんに似ているところがあるよ、時々聞いたこともない言葉を使うとことか」
「ハル」。知らない言葉。まさか。
「他には?」
「そうだな、料理が上手い。あと、妙に悟ってるというか年寄りくさい。庶民だからかと思ってたけど、騎士団の庶民出身の奴らはあんなじゃないしな。なんというか、古風で変なところに頑固で、食堂の婆さんみたいなんだけど、あっという間に屋敷の連中に好かれて溶け込んじゃったんだ」
ハルさんだ。俺は思った。確かめなくては。でも、どうやって?もし違ってエマ姉上のように忌避されるのはよろしくない。
上手い手を考えつかないまま、対面の日がやってきた。
「ハル」と名乗る少女を初めて見た時。
ピンクの巻き髪に薄桃色の瞳のとてつもない美少女だった。サディがあの子を気に入ったのもわかる。
見た目と裏腹に妙に落ち着いた雰囲気があるのにも気付いた。そしてなにより、ふんわりと笑った笑顔が、ハルさんに重なった。
あの子が本当にハルさんだったらいいのに。どうか、ハルさんであってくれ。
俺はこちらの世界で初めて祈った。
だがその子「ハルちゃん」は、向こうの世界の話を匂わせても反応が薄かった。せめてあちらの記憶がある人なのか確かめたかったが、確信が持てない。ハルさんではないのか?俺は期待した分、地の底に叩きつけられたような気分だった。一方的に夢見ていただけだというのに我ながら勝手なものだ。
以来、ハルちゃんのことが気になって仕方がない。あちらの記憶がある人なのか、ハルさんなのか、ハルさんだけどハルさんの記憶はないなんていう可能性だってある。もっとハルちゃんのことが知りたい。
それからハルちゃんへの恋心を自覚するまでは早かった。サディの気持ちを聞いていたので最初は遠慮もあったが、仕方なくないか?あれだけの美少女で、しかもあの気風。ハルちゃんを知れば知るほど、どんどん惹かれていった。だからたとえ可愛い弟相手でも手を抜くつもりはないのでそう宣言しておいた。サディは苦笑していた。
けど、俺の気持ちは置いておいて、ハルちゃんには幸せになってもらいたい。俺が幸せにしたいところだけど、それはあくまでハルちゃんが望めばの話だ。そんなに諦めのいい男じゃないが、ハルちゃんのこととなれば話が違う。そもそもハルちゃんがここにいること自体、俺にも責任があるのだ。
俺をはじめとして、ハルちゃんに惹かれるものは多くいる。無理もない。しかも本人が無自覚なんだからタチが悪い。俺はその手の輩を、ケンドルクロールの後継の立場を使い、分家の令嬢ハルちゃんを庇護する名目で蹴散らしてきた。だが手強いのも中にはいる。その筆頭は、王の一族で若手の画家であるジョシュア・モルズベリー様だ。
ことの起こりはハルちゃんが第三王子殿下の研究会に名を連ねるため、急遽婚約者が必要になったことだ。俺は他の誰かが横槍をいれる前にさっさと名乗りをあげた。だが、ハルちゃんに断られてしまって地まで沈んだ。
もちろん、ハルちゃんは俺が贖罪のために申し込んだと思っている。俺に恋心があるとは想像だにしていないんだろう。だから断られてもそこまで落ち込むことはないのだが、それでも自分でも思った以上に大打撃だった。
しかも本家の当主、俺の実父に、ヨーエンギーの娘はダメだと言われてしまう。兄弟喧嘩を子供の代まで持ち込むなよとは思うが、将来ケンドルクロールを継ぐには、ある程度は当主の意向に沿うべきだ。
ハルちゃんを攻略(?)し、実父を説得するには、時間が必要だった。そこに現れたのがモルズベリー様だ。
モルズベリー様とタイマン張る(じゃなくて二人で話し合う)機会があった。どういうつもりなのか聞いてやろうじゃないか。俺は戦闘体制でモルズベリー様と対峙した。
「実はね、僕は、一時期下町で暮らしていたんだ。その頃知り合った。ルルーシュ嬢は美しい人だろう?小さい頃からそりゃあ可愛かった。幼いあの子を想像してごらんよ。天使だよ。僕はその頃にも求婚めいたことをしたよ。覚えていないみたいだけどね。けれども僕がルルーシュ嬢を望むには大きな問題が二つある。
ひとつはルルーシュ嬢自身だ。彼女はおそらく身分だの立場だのを考えて、僕が気持ちを吐露した途端に逃げていくだろう。だから今は告白できない。僕に添うよう強制できないわけではないが、それはしたくない。彼女自身に僕を好きになってもらう必要がある。それには時間が必要だ。君も全く同じことを思っているだろうね。
もうひとつは、僕には僕の命を狙う厄介な連中がいるということだ。もし今、ルルーシュ嬢が正式な婚約者になったら奴らが彼女も狙うかもしれない。それを避けるには、隣国を徹底的に潰すか、僕が隣国にとって害のない人間になるかしかない。潰すのは現実的ではないので、僕は絵で食べて行ける目処が立てば王の血縁としての権利は全て放棄して画家の端くれとして生きていくつもりだ。これなら奴らも僕に構わなくなる。そしてそうなるまでにもやはり時間が必要だ。
今、ルルーシュ嬢に求婚するのは時間稼ぎのためだ。彼女が学園を卒業するその時までは恋心を封印することを誓うよ。告げたら確実に逃げられるしね。もちろん、友人として親しくなる努力は怠らないけどね」
俺は面白くなかった。予想外に周到で俺にNoと言わせる隙もない計画だった。強引に迫れば逃げ出すだろうハルちゃんの性格について、入れ知恵したのはサディに違いない。あいつめ。
「モルズベリー様は……」
「ジョシュアでいいよ、君の弟もそう呼んでくれているしね」
「では、ジョシュア様。ジョシュア様はどこで弟と知り合ったのです?弟はハル……、ルルーシュ嬢攻略の軍師として、ずいぶんお役に立っているようですね」
「彼は有能な軍師だよ。彼がケンドルクロールに移籍する手続きなどをこちらで引き受けたんでね、その際に知り合った」
「……俺、いえ、私の記憶が正しければ、弟自身がルルーシュ嬢を望んでいたように思ったのですが」
「少なくとも自分より兄の方が相応しいんだそうだ」
俺は黙った。あの野郎、そんなことを……。しかもそんなことまでこの方に話しているだなんて。俺に言えよ。兄ちゃんは嫉妬するぞ。
「サデルくんは僕にも君にも均等に機会をくれた。「選ぶ権利はあなた方ではなく姉にある」だそうだ」
「それで彼女の絵を描いて外堀から埋めると?あなたが人物画を描いたりすればあっという間に彼女との仲を噂されます」
「彼女を描きたいと思ったのは純粋に画家としての動機からだけど、なかなかいい手だろう?」
「……彼女の溺愛希望については?」
「聞いたよ、そのせいで彼女が十年後も独身だったら君かサデルくんがもらう約束だとね。彼女は本当、面白いね。もちろん、しがない画家には「貴族の遊び」をするような余裕もないし、僕はそんな煩わしいことは面倒に思う性格なので問題ないな」
俺は唇を噛んだ。画家の女房として夫に料理をしながらつつましく暮らすハルちゃんがチラリと頭に浮かんでしまい、それはケンドルクロール当主の妻になるよりもハルちゃんの理想に近そうで悔しかった。
「君も大概、変わってるね。ルルーシュ嬢の次は、君を描かせてもらおうかな」
さらに悔しいことに、ジョシュア様に別れ際にそう言われて図らずも喜んでしまった自分がいた。この方だって大概変わっている。過酷な過去が想像できないような穏やかな佇まいで、なぜかこの方を盛り立てていきたいという気持ちにさせられるのだ。上に立つ者の資質を持っているのだろう。隣国はそう簡単にはこの方を諦めないのではないかという予感がした。
その後、ジョシュア様は絵筆を折って火に焚べることになる。あの方や俺を含めて全員が、隣国の情勢を甘く見ていた。我々の想像をはるかに超えた連中が、はるかに想像を超えたやり方でジョシュア様に襲いかかったのだ。
ジョシュア様は「隣国を潰すか、害のない人間になるか」と言っていたが、結局害のない人間になどなれず、一番目の方法をとりにいったのだなと思うことになるのだが、この時の俺は想像だにしていないことだった。
こうして俺はジョシュア様と奇妙な停戦協定のようなものを結ぶことになった。ジョシュア様は恋愛感情を出さずにハルちゃんに求婚することになり、ずいぶん不自然な言い訳をしていた。それをすんなり信じるんだからハルちゃんだって大概だ。もしかしたらハルちゃんは、ジョシュア様が自分を好きだということよりも、ジョシュア様が並べた言い訳の方が信じやすいのかもしれない。自分が本当に望まれているのでは、とは更々思わないらしい。これは手強い。だが、ジョシュア様に関してはとりあえずこれでいいだろう。
もう一人、大物が残っている。第三王子殿下だ。殿下はハルちゃんのことを直接は知らないはずなので、なぜちょっかいをかけてくるのか、どうやったら手出ししてこなくなるのか考えなくては。
まったく、ハルちゃんの隣を手に入れるのは至難の業だ。だが諦めるつもりはない。けれどどれだけ諦めずに頑張ったところで、サディが言ったとおり、最後に選ぶのはハルちゃんだ。俺にサトーの記憶があるからこそ、ハルちゃんは俺を選ばないのではないか……、と絶望しそうになる。
ハルちゃん、好きだよ。君は俺のこと、どう思っているんだろう。
ありがとうございました。あと一回、オリバーくん視点が続く予定です。よろしくお願いいたします。ではまた来週!




