オリバー 01
こんばんは!今回から数話、オリバーくん視点です。どうぞよろしくお願いします。
ハルさんは、サトーだった俺の取引先の病院の料理人さんだったが、俺が知る全ての職場関係者の中でも最高齢にもかかわらず大変元気で、機微に聡くて、さりげない気配りや配慮もできる人物だった。サトーは幼い頃は祖父母に育てられたこともあって、どこか懐かしく安心する思いがした。
俺が一度だけ「ウチの婆さんみたいだ」と呟いてしまったら、ハルさんの職場の連中が頼みもしないのにハルさんについて色々と教えてくれた。旦那さんの職業からお孫さんの歳まで。ハルさんは、病院の事務方連中に大層慕われているようだ。すごいなと思って、一度だけハルさんを褒めたことがある。俺にまとわりつく従業員の一人を、やんわりと角が立たないように遠ざけてくれた時だ。
他人というものは老若男女を問わず、下手に褒めたりすると大変なことになる。褒めるどころか相手の自画自賛に頷いただけでさえ、「認めてもらった」「気に入ってもらってる」などと思い込みかねない。だからそう悟ってからというもの、他人を褒めるどころか評価することすらなかった。「どうでしょう」「そういうことには疎くて」「関心なくて」「知りません」「わかりません」「どちらでもないです」。そんな言葉を繰り返せば繰り返すほど、俺の表情筋は強張り感情は摩滅した。
そんな自分がハルさんを褒めたのは我ながら不思議だったが、ハルさんはふんわりと笑って「そうですかね?ありがとう。年の功ですかねえ」と言っていた。ホッとしたのと同時に不思議なあたたかい気持ちが湧き上がってきた。こんな人が家族だったらよかったのだけれど。「婆さんみたい」とは言ったものの、ハルさんは両親よりは一回り年上だが、祖母と呼ぶには若い。親戚の伯母さんくらいの立ち位置かな?などと勝手に思っていた。
俺には長年、付きまとってくる人間が数人いた。ほとんどは振り切ったが、一人だけ、職を変えても引っ越しても、どこからともなく湧いて出るやつがいた。できる限りのあらゆる手段を講じて、ようやく姿を見なくなったが、念のためもう一度、職を変えることにした。転職もこれで最後になることを願っていた。
職を変えると、もうハルさんには会えないな、とぼんやりと考えた。残念ではあるが仕方ない。そう思っている自分に驚いた。人生の先輩は数いれど、やっぱりハルさんは経験値が違う気がする。人たらしともいう。俺は、結構ハルさんを慕っていたんだな。俺も歳を取ったら(失礼)、あんな感じになりたいものだ。いつかそんな日が来るだろうか……。こんな逃げ回るような日々が終わることを、心から願っていた。
この町での最終日、遠方へ引越しをする俺は、もう二度と来ることもないんだろうな、と少し感慨深く思いながら歩いていたが、ふと目についた公園に用もないのに足を踏み入れた。このことをどんなにか後悔することになるとも知らずに。
そこからの出来事は、あまり思い出したくない。俺を刺した後、ハルさんのお孫さんを狙っていたあの女を止めたかったのに、全く体が動かなかったこととか、ハルさんに覆い被されたあの女が吼えていたこととか、いまだに悪夢をみることもある。救急隊員だろうか?男性が俺に駆け寄り大声で、「こっちはまだ息がある!急げ!」と叫び、俺は悟った。こっちはまだ……。つまり、ハルさんはもう……。
申し訳ない……!ハルさん、あなたを巻き込むなんて。こんなことになるなんて、どこかで油断していた俺のせいだ。
ああ、ハルさん、ごめんなさい。
あの女も、自分自身も許せない。
俺の最後の意識は、強い怒りや悔恨だった。
俺に「サトー」としての意識が戻ってきたのは、オリバーとして生まれて割とすぐだった。
生まれて数日で、乳母らしき人物に連れられて別の場所に連れてこられた時は驚いた。どうやら俺は生家とは別の家の養子になったらしい。生まれて数日で他所にやられるという事態に将来を不安に思ったが、養子先でずいぶんと大切に育ててもらうことになる。その後も赤ん坊ながら、なにかの折に少しずつ前世の記憶を取り戻していった。
前世の記憶があることを知られてはいけないと悟ったのは三歳の時。それまでは色々と、考えなしに疑問に思ったことを無邪気を装って聞いたりして、引き取られた本家のエマ姉上には相当不審がられ、気味悪がられてしまった。そのせいでか、今ではエマ姉上には蛇蝎の如く嫌われている。エマ姉上に恐怖や憎しみを向けられて初めて、俺はようやく自分は特殊なのだと知ったのだ。気をつけなければと思うが、問題は、何が普通で何がそうでないかということが判断がつかなくてやらかす、ということだ。俺は慎重にこの世界での常識を身につけていくことにした。
そして考えた。俺がここに生まれ変わってきたということは、他にも記憶を持っている人物がいるのではないか?もしかしたら、ハルさんだって。その考えは、荒唐無稽かもしれないけれど、そもそも俺がここにいて昔の記憶を持っていること自体が荒唐無稽なんだ。なんだって起こりうるじゃないか。
俺は、知識や技術や体力を、必死で身につけ始めた。本家の家族たちは、嫡男としての自覚が早くも芽生えたなどと言っていたがそうじゃない。もし万が一奇跡が起こってハルさんに会えた時に、謝罪や償いができるだけの人間になっていなければならない。そんな思いからだった。
その考えは、俺の生きる希望になった。
そうやって自分を磨いていると、時折「なぜ自分はサトーの記憶を持って生まれてきたのだろうか?使命とか役割とかがあるのでは」という思いも湧き、いつもどこでもある種の焦燥感のようなものがついて回った。だからといって、その気持ちを宥めるなにかが特にできるわけでもなく、焦燥感だけが増していく。俺はますます自分磨きに没頭するしかなかった。
せめて、こんな気持ちを話せる相手でもいれば。いや、そんな大ごとでなくても、「こちらの世界ではこんなことが常識なんて驚きだ」とか、「こちらのコレはなかなかイイ」とか、そんなことでもいい。共有できる相手がほしかった。
子供の身ではできることは少ないが、できる限り人脈を広げてあちらの言葉や習慣を知っていそうな人をあてもなく探し始めたが、結果は惨敗中だ。
俺は孤独だった。前世でも一人だったのに孤独が辛いのは、子供の体に引っ張られているからだろうか。
ハルさん、あなたは今、どこにいますか。
ありがとうございました!次回は来週を予定しています。どうぞよろしくお願いします。




