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つまりそれは溺愛希望ってことで合ってる?  作者: 佐伯帆由


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28.わかれ道

こんばんは。

どうぞよろしくお願いします。

「ルルーシュ嬢、大変なことが起こった」


 ブルックスリスト様がお義姉様をエスコートしながら、足早にヨーエンギー家に入ってきた。玄関で出迎えていた私に挨拶も抜きで話しだす。

 私は結局、学園の寮からヨーエンギーの家に戻っていた。家の中にも外にも、護衛が配置されている。家族が一ヶ所にいてくれれば守りやすいとのブルックスリスト様の考えだ。


「しばらく前、隣国でまた政変が起こったのは知っているか?今回主導権を握ったのは市民派の者たちだったんだが、最近どんどん過激化しているらしい」

「過激化?」

「旧体制のものは全て悪だとして、邸宅や施設を破壊したり略奪したりしている。旧王国時代の貴族や富裕層にいた者たちを、「特権階級はそれだけで罪だ」と主張して年齢性別に関わらず捕えて次々に処刑しているらしいんだ」

「そんな……、で、では、先日私が狙われたのは……」

「ああ、狙いは旧王家の血を引くジョシュだろう。君はジョシュを誘き出すなりするために襲われたんだ。襲撃犯の奴らが自白したよ。だが、」


 ブルックスリスト様は言葉を切ると、サラお義姉様を振り返った。二人は目配せをし合い、頷き合った。


「ジョシュの家族が……、処刑されたんだ」


 モルズベリー様のご家族?隣国の旧王家の皆様なら、もう十年以上前に東の帝国に侵略された際に処刑されたのでは?


 いや、待て。まさか。

 まさか。

 モルズベリー様には、市井で暮らしていた異母弟がいるじゃないか。


「ま、まさか、ロイくんとお母さんのことですか!?」

「二人を知っているのか?そうか、下町にいた時に」


 ブルックスリスト様は、モルズベリー様がロイくんたちとともに一時期、下町で暮らしていたことを知っていた。


「直接会ったことは?」

「ございます、小さい頃に」

「そうか……。実は、過激派の奴らは、ご丁寧にも二人の遺体を送りつけてきたんだ」


 なんてことを……。私は言葉もなかった。


「二人に対面したジョシュは、とても見ていられなかった。逆上して遺体を運んできた隣国の使者たちを切りつけたんだ」


 モルズベリー様が、使者を?いつも穏やかに微笑んでいるあの方が?私は言葉が出せなくて、サラお義姉様を見た。お義姉様の目が赤い。その場にいたのだろうか。


「今は使者と事を構えたくなかったので治療して追い返したんだが、ジョシュの慟哭を見ていた者の中には、使者も首だけにして送り返してやれなんて言い出す者もいた。なにせ奴らが持っていた手紙には、『我らの恨みを思い知れ、次はお前だ』と書いてあったのだからな」

「そんな!隣国の旧王家は善政を敷いていたし、帝国の侵略時代やその後の混乱期の責任を問うたところで!そもそも、ロイくんとお母さんはずっと市井で暮らしていたのだし、モルズベリー様だって放逐されたのは七歳だったではないですか!」

「そんな理屈が通じる奴らじゃない。隣国は混迷を極めているらしい。すでに多くの人物が虐殺されているとも言われている」

「そんな……」

「そうしたら、ジョシュが、隣国へ戻ると言い出したんだ。戻って、過激派を駆逐する、と。ルルーシュ嬢、あいつを止めてくれないか」






 ブルックスリスト様と共にモルズベリー様の邸宅に駆けつけると、彼は庭で何かを燃やしていた。

 近付くと、それは画材やモルズベリー様の作品だった。彼は丁度、躊躇なく絵筆を火に放り込んだところだった。それを悟った私は、頭を殴られたようなショックを受け、大きく息を飲んだ。

 モルズベリー様が、絵を燃やしている。ご自分の情熱の全てだとまで言っていたのに。


「ジョシュ……」


 ブルックスリスト様も絶句していた。相当衝撃を受けているようだ。


「……やあ、クリストファー。よく来てくれたね、ルルーシュ嬢も」


 いつだったかこの人は、こうやって私たちを迎えてくれたことがあった。初めてこの館に招かれた日。遠い遠い昔のことのように思えた。


「ジョシュ!なにも、絵を燃やす必要なんてないんじゃ……!」

「確かに絵が僕を立ち直らせてくれたけど、僕が絵に夢中になっていた間に、あの人たちがどんな目にあっていたのかと考えると、とてもじゃないが自分を許せない」


 言いながらもモルズベリー様は、画材やご自分の作品を次々と火にくべていく。


「ジョシュ!やめろ!私が預かるから!」

「……僕は、もう二度と絵筆に触れない。思い出すようなものは全てここで煙にする。ありがたいけど、断るよ、クリストファー」


 次にモルズベリー様が手に取ったのは、見覚えのあるあの背の高い塔が描かれた絵だ。初めてお話しした時の、あの楽しそうに笑うモルズベリー様が思い起こされて、堪えきれず涙が溢れ出た。だがモルズベリー様は、なんのためらいもなく火に放り込んでいく。


「ああ……」


 私は思わず言った。


 ああ、この方は、ここで起こった全てのことを捨てていくんだ。

 すべてを捧げていた絵画への情熱も、寄せてくれた私への複雑な感情も、「悪友」ブルックスリスト様との時間も、全て自分から切り離して、ここで灰にしていくつもりだ。

 モルズベリー様が手に取ったのは、私の肖像画。少し眠そうな目をした、『夢を見る』だ。

 モルズベリー様は絵を両手で掲げ、しばらく見つめていたが、軽く目を閉じると火の中に投じた。私は、あれだけモルズベリー様が心血を注いだ絵が燃えていくのを見るにしのびず、思わず目を逸らした。


「ルルーシュ嬢、クリストファー」


 強い眼差しのまま、モルズベリー様が私たちを呼んだ。


「身辺には十分注意してくれ。僕の弱点をつこうとする者たちが、君らを標的にしないとも限らない。この先、僕は、たとえ目の前に君たちが捕えられていたとしても助けることはできないし、しない。それをよく覚えていて、自分たちの身は自分で守るように」


 それだけ言うと、彼は私たちから目を逸らした。私たちが声もなく立ち尽くしていると、例の目つきの鋭い従者さんがそっと近付き、私たちに出口を示した。


 予感がした。これが彼との今生の別れになるだろうと。私たちが彼のためにできることは、もうひとつもないのだと。彼が全て、燃やしてしまったのだと。

 隣国の国内外には過激派に抵抗する勢力も残っているし、旧王家の血を引くモルズベリー様は求心力があるだろう。そんな勢力を率いて、モルズベリー様は過激派を討つつもりなのだ。

 あれは初めてモルズベリー様に展覧会でお会いした時だった。お義姉様と、ブルックスリスト様と、四人でからかいあって、軽口を言って、笑い合ったっけ。そんなに前のことではないのに、こんなに遠い日になってしまった。


 再び促されて、私はモルズベリー様の前に進み出た。振り返った強い決意を宿す彼の瞳をしっかりと心に刻んだ。


「どうかお体にはお気をつけて、無事、本懐(ほんかい)を遂げられますようお祈りいたしております」


 そう言って私は、渾身の淑女の礼をして、彼に背をむけた。



 私たちを馬車まで案内した目つきの鋭い従者さんが、別れ際に口を開いた。この人の声を聞くのは初めてなんじゃないか?彼の声もしわがれていた。

 

「今のあの方には、何を言っても無駄でしょう。悲しみと怒りと復讐心で満たされていて、他のものは一滴も入らないのです。あの方のおっしゃる通り、どうか身辺にはお気をつけて。これまでの友誼に感謝申し上げます」


 帰り道、ブルックスリスト様も私も無言だった。隣に座るマリさんが強くハンカチを握りしめていて、関節が白く浮かび上がるほどなのを眺めていた。


 ヨーエンギーに帰り着くと、出迎えていたサラお義姉様を、ブルックスリスト様は何も言わずに強く抱きしめ、静かに嗚咽を漏らし始めた。さすがに咎める気にはならず、私はそっと立ち去った。

 


 どうやって自室に戻ったのかよく覚えていないが、気付けば机の前に一人座っていた。机の上に開かれたままだった日記帳を手に取る。無造作に挟んであったのは、あの日モルズベリー様がくださった、居眠りする私の絵だ。モルズベリー様が作品を全て燃やしてしまった今、このスケッチはモルズベリー様が画家を志していた頃の、数少ない証のひとつになってしまった。


 気持ちよさそうに眠って……。

 

 自分の肖像を見ながら、もう少し何かできたのではとか、この頃に違う行動をしていればとか、ああもうあの頃には戻れないのだとか、様々な感情を抑え切れずに、私は泣いた。


 どうか、どうかご壮健で。そう祈る以外は何もできなくなってしまったけど、私は泣きながら繰り返し祈った。


 






ありがとうございました。また来週!

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