27.襲撃
こんばんは。どうぞよろしくお願いします。
ある日、本家に顔を出すようにと呼び出されたので、学校帰りに侍女のマリさんと共に向かっていた時、突然馬車が激しく揺れ始めた。
「しっかり捕まっていてください!」
馬車の外の御者台から、御者のイケオジ、元騎士のジャックさんが叫ぶのが聞こえた。私とマリさんは顔を見合わせた後、手すりにつかまって足をふんばった。
「車輪がもちそうにない!下町に逃げ込みます、奥歯を噛んで!」
……どうやら私とマリさんを乗せた馬車が何者かに襲撃されているようだった。
強盗の類だろうか。珍しいけど全くないことではない。馬車は町外れの人影まばらな辺りにさしかかったところだった。
「下町に着いたら人混みに紛れます、準備を!」
ジャックさんの声でハッとした私は、まず制服のタイを取り、髪を三つ編みにまとめるとキツく結んだ。目立つ上着を脱ぎ、ブーツの紐を固く結んだ。
「いいですか、馬車が止まったらすぐに降りて人混みのある方に逃げるんです、いいですね!」
ジャックさんの叫び声が外から聞こえる。
「そんな、ジャックさんも一緒に!」
「俺は元騎士です、お嬢さんたちがいたんじゃ邪魔なんです、この先の広場で止めるから、助けを呼んできてください、わかりましたか」
私は返事ができなかった。
「お嬢様の上着を私に。早く!」
マリさんが言った。貴族が通う学園の制服。マリさんは目立つその制服を着て、私の身代わりになろうとしているのだ。そんなことはさせられないと、脱いだ上着をギュッと持って口を開こうとした。
「言い争っている場合ではありません!」
マリさんの強い口調に、私はグッと押し黙った。
「……。わかったわ。なら、二手に分かれましょう。広場の先に教会があるのを知っている?今日は礼拝の日だから、たくさん人がいるわ。助けを呼んできて!私は父さんの店に行く。騎士団がいるの」
「では私がそちらに」
「道がわからないでしょう?」
今度はマリさんがグッと黙る番だった。小さく頷くと、私の制服の上着を受け取り袖を通した。
馬車は速度を落とすと、乱暴に止まった。私たちは迷わず、全速力で走り出した。チラリと振り返ると、ジャックさんは長い棒のような物で応戦している。
『逃げたぞ!あそこだ!』
男たちの叫び声が聞こえた。私はハッとした。それはこの国の言葉ではなかったからだ。まずい。ただの物取りじゃない。私は物陰をつたって走り出した。
この路地は袋小路に見えて実は塀の一部をすり抜けられる。あの先は崩れかけた空き家で屋根伝いに表に出られる。私は下町の知識を総動員して、父さんの店を目指した。この辺りで、子供の頃に毎日のようにかくれんぼや追いかけっこをしていたおかげだ。お転婆とからかわれたけど、そのお転婆が役に立ってるじゃないか!
しかし、次第に息が上がってきて苦しい。早く、早く料理屋に行かないと……。
人の気配が近付いてくる。ああ、どうしよう。
「あっ!」
制服の長いスカートが絡まって、転んでしまった。そんな私に男が一人、肩で息をしながら追いついてきた。
『チョロチョロと逃げ回りやがって!貴族の深窓の令嬢じゃなかったのかよ!』
男は刃物を持っている。その銀色の光に背筋が凍った。ああ、あの時と同じ……。私は、ハル婆だった前世の最後を思い出した。
怖い。涙が滲んできた。
助けて……。
助けて。オリバーくん!
私は力の限り叫んだ。
「火事よーー!火事!みんな、来てぇ!!火事だーーッ」
下町では基本、自分の身は自分で守らねばならず、他人は助けてくれない。せいぜい、騒ぎがあれば騎士団に知らせをやるくらいだ。だが火事となれば違う。前世でもこういう時は火事だと叫べと習った。
わらわらと人が出てきたのに男が気を取られた瞬間、私は掴んだ砂や石を男の顔を目掛けて思い切り投げた。男が刃物を投げ出し、目を押さえながら怒りの悲鳴を上げるのを背後に聞きつつ、私は全速力でその場を後にした。
奇跡だ。父さんの料理屋の前にはたくさんの騎士団員たちがたむろしており、その中にはサディくんが仲間たちと笑い合っていた。
「サディくん!」
私は声をかぎりに叫んだ。
「は、ハル!?どうしたんだ一体!」
私のボロボロの姿を見て、サディくんは駆け寄ってきた。
「変な人が、変な黒い服の男が何人も襲ってきて!ジャックさんが、マリさんが!」
半泣きで訴える私の言葉に、サディくんと一緒にいた人たちはすぐに事態を理解して駆け出し、店の中にいた人たちも飛び出してきて、辺りに怪しい者がいないかと探しに行った。
「とにかく店の中へ。ここならもう大丈夫だ」
なんだか身分のありそうな人が落ち着いた声で話してくれた。私を店の中に連れて行くと、料理人のアート父さんが慌てて駆け寄ってきた。
「何があったか話せるかい?」
先ほどの方が私を座らせると、水を手渡しながら言った。
「は、はい、ルルーシュ・ヨーエンギーと申します、馬車で移動中に突然襲われまして、御者のジャックの機転で下町まで逃げ込みました。馬車を西区の広場で乗り捨て、ジャックはその場に残って私と侍女のマリを逃がしてくれました。マリは私の制服を着て、西区の教会に向かいました」
その方はひとつ頷くと、周りに次々と指示を出し始めた。
「あ!もうひとつだけ!襲ってきた者は私が見たかぎり五人いて、隣国の言葉を話していました」
その方の顔色が変わった。
「確かかね?」
「間違いありません。それと、この国の服を着ていましたがチグハグな上、靴が違いました」
「靴?」
「見たことのない……、布か皮のような……」
地下足袋みたいな?と説明できないのが辛い。
「よく気がついたね。サデル、君はここでお嬢さんに付き添っていなさい。私は報告に行く」
「は、閣下」
サディくんが最敬礼している。やっぱり身分のある方だったんだ。
父さんが奮発して出してくれた、甘い果実のジュースをサディくんと一緒にちびりちびりと飲みながら待っていると、私の上着を抱きしめているマリさんが、先ほどの方に伴われてやってきた。教会で保護されたとか。
「ああ、よかった!マリさん!」
私はマリさんに駆け寄った。
「お嬢様も、ご無事で……!」
マリさんは涙ぐんでいた。いつも凛としたマリさんも、相当怖かったんだろう。私はマリさんに抱きついた。マリさんも力強く抱きしめ返してくれた。
そういえば以前にも、こうしてマリさんに抱きしめてもらったことがあったな。あの時も、おかげで泣かずに済んだんだった。
「ジャックは腕に怪我をして、治療を受けている。奴は優秀な騎士だったんだが昔、同じところに傷を受けてね。それで騎士を引退したんだ。また同じところに傷を受けるなんて学ばないやつだなと言ってやったら恐縮していたよ。今夜には戻ってくるだろう。お宅に知らせをやったから、じきに迎えがくる」
サディくんが「閣下」と呼んでいた方が、励ますように微笑んだ。私はできる限りの淑女の礼をした。
「ありがとうございます」
「馬と馬車は確保しているよ。落ち着いたら詳しい話を聞くこともあるだろうが、今夜はゆっくり休みなさい」
「なにからなにまで、お世話になりました」
その方は、鷹揚に笑った。
「なに、私たちは普段から、君には世話になっているからね。一部の団員が成長著しいので調べたら皆、この店の食事を好んで食べていた。君が店主に、料理法を伝授したと聞いている。強い体を作る料理だとか」
ああ、そういえば。団員が多く通うようになったと聞いて、前世の知識でレシピを考えたんだった。騎士団の食事は、ただ腹が満たればいい、っていうのが多いから。
「君には一度、礼を言いたいと思っていた。おお、丁度いい、迎えが来たようだ」
振り返ると、青い顔をしたオリバーくんが入ってきたところだった。
それまではマリさんたちの安否に気を取られていたが、オリバーくんの顔を見た途端に刃物の恐ろしさが甦ってきて、私はガタガタと震え出して止まらなかった。オリバーくんが駆け寄ってきて私の肩に手を置いた。
「ど、どうしたんだ一体……!」
「刃物を向けられて……!」
オリバーくんはハッとして、頭を優しく撫でてくれた。私はホッとしたのか、ワッと泣き出してしまった。
一向に泣き止まない私に、途方に暮れたように周囲に助けを求めたオリバーくんだったが、周りはサディくんや閣下を含め、だれもが生温い目を向けるだけだったという。
「君への求婚を、いったん取り下げようかと思っている」
あれから数日、私はモルズベリー様に呼び出されて、彼の邸宅にいた。襲撃犯らは、私が思った通り隣国の者だったらしい。
「君が隣国人に襲われる理由なんて、僕が原因としか考えられない。君をどうするつもりだったのかはわからないが、危険はできるだけ遠ざけるに限るからね」
私は頷く。元々、私が卒業したら取り下げてもらうはずの求婚だ。少し早くなってしまったが、事態を少しでも良くするためならそうした方がいい。
「今、どこの派がどういう意図で君を襲ったのか調べているが、どうもよくわからない。そもそも隣国の情勢はずっと流動的で、把握しづらい。君には申し訳ないが、僕の方からも手を回すので、護衛を増やしてもらいたい」
モルズベリー様は真剣で、眉間に深い皺が寄っていた。
「君は五人の男を見たと言っていたが、現在捕えているのは三人だけなんだ。少なくとも残りが捕まるまでは、クリストファーとも話して君や君の家族の安全を最優先するからね。彼の指示に従ってほしい」
「承知いたしました。よろしくお願い申し上げます」
私は淑女の礼をすると踵を返した。クリストファー・ブルックスリスト様が最優先したいのは、サラお義姉様の安全だろうけどね!
その後、本家ケンドルクロールの当主婦人、妖精おばさまその二の、マリーフォリア様が血相を変えて訪ねてきた。現在「熱愛中」の新しい恋人から、会ってみたいと言われ私を本家へ呼び出した結果、襲撃があった。その恋人が現在、行方不明だという。つまり彼は一味の仲間だったのだ。
おばさまは膝をついて謝罪した。これは土下座級の謝罪なのだ。私は慌てて立ち上がらせた。おばさまは軽率だったけど、悪意がなかったのはわかる。
おばさまは私を抱きしめると、「無事で本当に良かった」と涙を流した。しばらく謹慎するようだ。ついでに「貴族の遊び」は、もうやめてもらえると、もっといいんだけど。
ご当主様もすっ飛んできて、私に頭を下げて懇願した。ことを大きくしては輿入れ間近の長女エマ様にも悪影響が出るし、穏便に済ませたいらしい。将来当主を継ぐオリバーくんにも不利になるからと言われれば是非もない。
結局、「隣国人らしい男たち」については、たいしてわからないままだった。
ありがとうございました。また来週!




