26.婚約解消
こんばんは、間に合った!かな?
どうぞよろしくお願いします。
「ルルーシュ・ヨーエンギーさん、ですね。少々、お話ししたいことがあるの。ここでは、なんですし、ほんの少しですから、一緒にいらしてもらえないかしら。もちろん、侍女も一緒でいいわ。どこに?」
「廊下で控えておりますが、その」
「丁度いいわ、庭に出ましょう」
「ですが、その、エスコートしていただいた方に許可を取らないとその、」
「ちゃんと知らせをやります。行きましょう」
「……はい」
バーバラ様は私の異議をあっさりスルーした。いきなり初対面の方を疑ってスマンけど、ホントにモルズベリー様に知らせてくれるんだろうか。でも私に拒否権などないだろう。仕方なく、私は距離をとりながら少女の後に続いた。
「先日は、その……」
庭に出るとバーバラ様はたどたどしく話し出した。遠くに人影はある。いざとなったら大声を出してやろう。それにしても、この人もどうやら、私のことを怯えているみたいだ。なんでや。
「わたくしの妹が、迷惑をかけたわね。あの子、反省しているようだから……、許してやってほしいの」
はい?
「あの子はただ、わたくしを心から心配してくれているのです。変わった子だけど、心の優しい子なの」
それは…、そんな気はしていた。私に食堂でいきなり話しかけてきた時だって、「善意での忠告」だと言っていた。彼女に悪意はないらしい。礼儀もなかったが。
「許すだなんてそんな。私は、ただ戸惑っているだけなのです」
バーバラ様は、私の話をほとんど聞いていないようだった。手や唇が震えていて、顔色は真っ青だ。そ、そんなに怖いかな、私。噛みついたりしませんよ?多分。
「これから第三王子殿下がこちらにおいでになります。ルルーシュさんと、密会するのでしょう?」
み っ か い !?
「……え?」
「いいのです、わかっています。わたくしは、あなた方を応援しているのです。邪魔をする気も、あなたに危害を加える気もありません。婚約もできるだけ早く辞退して、学園にも、あなたや殿下が卒業されてから通います。だから、わたくしに、なにも遠慮しなくていいのですよ?」
……なにを言っているんだろう、この方は。
この姉妹はどちらも、全く意味がわからない。
「申し訳ありません、おっしゃる意味がよく……」
「なにをしている」
……だよねー。こうなったらヤダなと思うことほど、実現するのはなぜだろう。
姿を現したのは第三王子殿下とローレリー・ノーストップ様だった。
「殿下。ここでルルーシュさんと密会されるということは、やはりずいぶんとルルーシュさんを気に入っておいでなのですね。わかっております、わたくしは身を引きますので、どうぞ彼女とお幸せに」
バーバラ様が美しい礼をすると、殿下もローレリー様もショックを受けたようだった。自分の姉がいきなり意味不明なことを言い出したんだもの、そりゃそうでしょう。他人の私でも混乱の真っ只中だもの。
「な……にを、言ってるの?姉さま。普通に考えたら、身を引くのはこの子でしょ!」
その通りですが、指をさすのはやめてください。
「この子、殿下のルートは取ってないみたいだし、大丈夫なのよ姉さま!」
「もうやめて!」
バーバラ様は叫んだ。
「もういいの!ローレリー、あなたが私のためを思って言ってくれているのはわかってるわ。でも、もうたくさん。ずっと、ずっと怖くて怖くて怯えてたわ。わたくし、もう、ヒーローとやらにも、ヒロインとやらにも、関わりたくないの。怯えないで暮らしたいのよ。私は、どこか遠いところで幸せになります。だからもう、そっとしておいて!」
「ね、姉さま……」
「そういうことか……」
第三王子殿下は悲痛な顔で呟いた。
「君が私の婚約者を辞退したがっているのは、薄々感じていた。その後釜にルルーシュ嬢を推していたことも。彼女を研究会に入れるように手配したのは君だね?……そんなに私と添うのは嫌なのかな」
「殿下が嫌なのでは決してありません。でも妹の言う運命とやらが恐ろしくてならないのです。
殿下はぎゅっとこぶしを握った。
「……やはり、そうか……。わかった」
殿下の言葉に、バーバラ様は心底安堵したように小さく微笑んだ。その笑顔に、殿下とローレリー嬢は等しくショックを受けたようだった。
「姉さまは、殿下をお慕いしていたんじゃ……」
「恋心が育つゆとりなんてなかったわ!ただただ恐ろしかった!あなたの予言はいつも当たるし、このままじゃ、本当に断罪とか処刑とか、考えるのも恐ろしいことが起こってしまう!もう嫌。わたくしを解放して欲しいのよ、ローレリー」
「そんな……、なんで……。どこで間違えたの……?」
ローレリー嬢はガックリと膝をついた。
「姉さまにも殿下にも幸せになってほしくて……!私、このために転生したんだと思って!幼い頃から努力してきたのに……。ヒロインだって悪い子じゃなさそうだし、さすがに断罪されるのは気の毒だと思って忠告もしたのに……。なんでこんなことに……!?強制力なの?それともやっぱり、ゲーム版のほうだったの!?」
ローレリー嬢は涙を流し始めた。
「ちょっと待ってください。将来処刑されると、幼い頃からずっと聞かされてきたということですか!?」
私は黙っていられなくなって口を挟んだ。不敬でも構うもんか。巻き込まれた身としてはこのくらいはさせてほしい。
「つまり、予言の力があるローレリー嬢が、殿下とバーバラ様に対して、『いずれヒロインが現れて殿下はは籠絡され、バーバラ様に冤罪をかけて婚約破棄しようとするけど、看過され逆に断罪されますよ』って、ずっと吹き込まれてたってわけですね。
幼い子供たちに、ずっと」
なんだか私は、猛烈に腹が立った。
「ローレリー様……。小さい頃からそんなことをずっと聞かされて育ったと考えてみてください。それはもう、洗脳なのでは?」
「……洗脳!?」
「そうではありませんか?お二人は、あなたの言葉は実現すると信じているのですよ。そんなあなたが、恐ろしい未来を語ったら、幼い子供にとってどれほどの恐怖か。心が痛みます」
「だって、だってそうしないと断罪が!」
「先日あなたは食堂で、ここは現実だとおっしゃいましたが、先ほどからルートだとか強制力だとか、ここが物語の中と考えているのは、大変不躾ながらローレリー様ではないでしょうか」
言い過ぎかもしれないけど、相手は前世の記憶もあるようだし、ちゃんと言っておきたかった。
「あなた様にどのような未来が見えているのか私にはわかりません。けれど、それを回避させるために与える恐怖が大きすぎるのです。下町で暮らしていた頃、小さい子に外は馬車が危ないと教えましたが、外は恐ろしい所だと教えるのは違うと思いませんか?バーバラ様はまさに、怖くて外に一歩も出られないような状態ではないですか」
ローレリー嬢はバーバラ様をじっと見ていたが、唇をわななかせると、またポロポロと涙を流した。
「そんなつもりじゃ……。姉さまごめんなさい。私……。姉さまを救いたくて必死で!」
バーバラ様は無言でローレリー様に歩み寄ると、彼女を立ち上がらせて抱きしめた。
「わかってるわ、ルル」
バーバラ様が、ローレリー様の髪を撫でながら言った。え?
「ルル……?」
私のつぶやきに、ローレリー嬢が顔を上げた。
「私のあだ名。だから、私は小説にもゲームにも出てこなかったし、もしかして私がヒロインになっちゃったのかと思って、私が断罪されるのも嫌だし、姉さまが断罪されるのなんてもっと嫌だった!「ルルーシュ・ヨーエンギー」がいるってわかった時は、ああよかった、私じゃなかったんだと思って……、姉さまにも殿下にも、絶対近付いてほしくなくって……。ごめんなさい」
それで、二人に「ヒロインに近付くと悲劇が起こる」って、半ば脅すように言い続けていたわけか。
でも、バーバラ嬢は妹の「予言」を信じて考えたわけだ。そんな恐ろしいことに関わりたくない。どうせ殿下はヒロインに籠絡される。自分が無関係になれば、断罪だって起こらない。大団円だ。みんなが幸せ。ならばさっさと殿下とヒロインをくっつけてしまえ。
私は深い疲労を感じた。姉妹は手を取り合って殿下を見ている。殿下は深いため息をついた。
「あなたとの婚約を解消するよ、バーバラ」
「……承りました、殿下」
バーバラ様はむしろ晴れ晴れとした表情で礼をすると、妹を連れて退出していった。足取りが軽く見えるのは気のせいだろうか。
そんな背中を見送っていた殿下だったが、再び深くため息をつくと私に向き直った。
「ルルーシュ嬢、申し訳なかった。関係のない君を巻き込んだ」
私は何も言わず、ただ深く淑女の礼を返した。
おそらく殿下はバーバラ様に対して、幼いながらもなんらかの淡い気持ちがあったんだろう。そうでなければ、彼女の行動を薄々と知っていながらも見逃していた意味がわからない。だがそれ故に、彼女を手放したのだろう。彼の恋が敗れたことは確かなようだ。
元気出せよ、少年。
私は心の中でエールを送って、会場に戻った。
さて、これで「小説」とやらのストーリーは完結したということだろうか?主人公だか悪役だかは知らないが、登場人物としての私の役割は、もうこれで終わったということだろうか。
うっすらと覚えているゲームの展開は、もっと厳しい世界だったと思う。でも、実際には、ありえないほどの悪意も、ありえないほどの非常識もなかった。ただ良かれと思った盛大な空回りに追い詰められた子供たちがいただけだった。
これが私の「現実」の出来事だ。
「ここは現実」という言葉を私はゆっくりと反芻した。私にとって現実というのは、毎食の準備とか、洗い物とか、明日の食材の確保とか、家族の安全や健康とか、今週末までの手続きとか、そんなものでできていると思う。知識も技術も努力しないと身につかないし、人望や信頼は数字で確認できたりしない。だから、物語の世界に憧れるんだけど。
ローレリー様もルートだとか運命だとか、「将来必ずこうなってしまう」という思いに振り回されて過ごしてきただなんて。「外」の知識があるが故に外に出られなかった子供だったんだろう。
なんとも腑に落ちないし、やり切れない気分もあるけれど、少なくともこれよりずっと悪い状況を回避できたことは確かだ。そう考えて私はやっと安堵した。
もちろん、世の中そんな甘くなかった。
ありがとうございました。
また来週!




