20.イタズラを思いついた子供みたいに
こんばんは。どうぞよろしくお願いします。
ブルックスリスト様は淡々と言葉を続けたが、どこか楽しんでるような雰囲気があるのは私の穿ちすぎかな?いや、気のせいじゃないぞ、みんなが驚きすぎて硬直してるのを、まるでサプライズが成功したパーティ主催者みたいに楽しんでるとみた。
「私はね、ルルーシュ嬢。あの方から「悪友」と呼んでいただいて、あの方を「あいつ」と呼ばせていただくことに喜びと誇りを感じている。「あいつ」は普段からあまり人に頼ったり願ったりしないんだが、今回は是非にと頼まれた。私もできるだけ力になりたいと考えてているんだ。
知っていると思うが彼は継承権こそないものの陛下が目をかけている王族だし、境遇を考えても彼の意思は尊重されるだろう。『ルルーシュ嬢には身分と年齢差を理由に頑なに断り続けられている』と宣伝して、口説いている最中なので他の誰も手出し無用、と周知しようと申し出てくれたんだ」
……えーーーっと??
「つ、つまり?」
「つまりもなにも、ルルーシュ嬢。あの方ももうすぐ二十歳でそろそろ縁談をほのめかされているが、あの方の立場は複雑だろう?本人は画家としての人生を希望しているが、なんといっても我が国と隣国の旧王家の両方の血脈なんだ。どこの貴族令嬢を娶っても政治的に問題が出る。そこで君の存在だ」
「私……」
「君は庶民の出ということになっている。けれど現在は貴族令嬢だし、エルドレッド第三王子殿下の学友に推挙されるほどの実力の持ち主だ。実に都合がいい」
「都合」
「あの方が、君には誰も手出し無用、と宣言すれば、君が態度を決めるまで他の貴族は婚約も交際も申し込めないだろう。双方にとっていい話じゃないか」
「手出し……」
「あの方の「悪友」として申し添えておくが、一番大きな理由はあいつが君を気に入っていることだ、ルルーシュ嬢」
「悪友……」
「さっきから語彙はどこ行った?一言ずつ返すだけの木霊か?」
ブルックスリスト様の嫌味にも、私は黙り込むしかない。
ブルックスリスト様は、困惑しきる私を片眉を上げて見ていたが、返事を強いたりはしなかった。彼は苦笑して顔を上げると、私以上に困惑顔の大人たちに振り返った。
「お二人はこの話、どう思われますか」
声をかけられたご当主様とお義父様は、それぞれの表情で口を開け閉めした。
「唐突に言われても……」
「それもそうですね、ルルーシュ嬢も未だ絶句している様子だし、とにかく事情がわからなければ返事もできないでしょう。と、いうわけで、詳しい説明を聞きに、今からモルズベリーへ行ってきます。ルルーシュ嬢は来てほしい。オリバーくん、君にも来てほしいと思っているんだがどうする?」
オリバーくんは即座に強く頷いた。
ブルックスリスト様とは別の馬車に乗り込むと、先にオリバーくんがいた。私に続いて乗ろうとするマリさんに、オリバーくんはなにやらメモを渡した。
「マリ、これを御者に渡してくれ」
マリさんは「かしこまりました」と離れていった。その途端。
「前世でハルさんの旦那さんって、ご存命だった?」
オリバーくんが小声で、しかも早口で突然、聞いてきた。
「は?爺さんですか?はあ、たしかあの朝、出かける前にはピンピンしていたような記憶はありますが、それがどうか?」
「……ってことは少なくとも、僕らより年上にはいないはずだな……。モルズベリー様がハルちゃんに興味津々な様子だったから、もしかしてと思ったんだけど……、違うのか」
「え?まさかそんな。あり得ません」
「僕たちがいるんだ、他にもあっちの知り合いがいる可能性はあると思う……」
足音がしてマリさんが戻ってきたので、オリバー様は口を閉じた。
は?爺さんかもしれないって思ったってこと?モルズベリー様が!?いや、ないないないない。そもそも全然性格も違うし。少しも似たところがない。
それから、他にも前世の記憶がある人がいる可能性ってのもなに!?そりゃ、考えてみればそうだけど……。
さらにさらに、モルズベリー様が私に興味津々ってのは、一体なに!?オリバーくんの話はいつも衝撃が大きすぎるよ。どういうことか、説明して!
私はオリバーくんをちらっと見たが、マリさんがいるので何も言えなかった。オリバーくんは窓の外を眺めたまま、こちらを振り返ることはなかった。
私たちが案内されたのは離宮としてはこぢんまりとした、それでも十分に壮麗な館だった。
「呼び立ててしまって申し訳ない」
モルズベリー様は相変わらずの穏やかな笑みで出迎えてくれた。
「君がオリバー・ケンドルクロール殿だね。ジョシュア・モルズベリーだ」
モルズベリー様がオリバーくんに話しかけると、オリバーくんは優雅に礼を取った。
「はじめまして、お……、私は、ルルーシュ嬢と同い年。まだ幼い年齢ですので、どうぞオリバーと」
オリバーくん、それは私も幼いって言ってるのかな!?
私が憮然としていると、モルズベリー様は短く笑った。
「そうだな、では、オリバーくんと呼ばせてもらうよ」
「……それでは私は、殿下と呼ばせていただきます」
「僕は殿下の称号は持っていないんだ、普通に名前で呼んでもらえれば十分だ」
「いえそんな、恐れ多い。私やこのルルーシュとは、住む世界が違う雲上人でいらっしゃいますし」
モルズベリー様は苦笑した。
「そんなに威嚇しなくても、君にも彼女にも悪いようにはしないつもりだよ、オリバーくん」
私は思わずオリバーくんを見た。威嚇?してたか?どこらへんが?としてもなんでまた?
「まさか、そのようなこと。ではモルズベリー様と」
オリバーくんが涼しい顔で返した。
席について飲み物や茶菓子が用意されて物腰優雅な使用人の方たちが退出すると、壁際にはマリさんと騎士の方、そして例の目つきの鋭い従者さんが残った。この人は校長先生の従者かと思ってたけど、モルズベリー様のだったんだ。へぇー。
「ハルちゃん、大丈夫?」
オリバーくんが妙に甘い声で私を気遣う。
「あ、はい、多分」
「多分?」
モルズベリー様がおかしそうに笑った。
そこへ、従者の方が入ってくる。
「クリストファー・ブルックスリスト様がお見えです」
「通してくれ」
遅かったな、ブルックスリスト様。
ブルックスリスト様は一人じゃなかった。
「やあ、サデルくん、よく来てくれたね。クリストファーも、すまなかったね、使い走りをさせて」
ブルックスリスト様の後を、伏し目がちに入ってきたのはサディくんだった。私は、思わず飛んでいって無事を確かめようと腰を浮かしかけたが、ハッとして座り直した。いかんいかん、淑女のすることじゃない。
使用人の方々が音もなく近付き私たちの椅子を引いてくれたので、私たちは立ち上がることができた。そしてオリバーくんの後を静々とついていく。ッかー、めんどくさい。
「すまないが少し外すよ、ご家族で話もあるだろうし。クリストファー、ちょっと」
モルズベリー様とブルックスリスト様は廊下へと出て行き、例の従者さんが後に続いた。
「サディくん!」
もういいだろう、私はサディくんに駆け寄った。
「ハル」
サディくんがようやく顔を上げた。
「ハル、それ制服か。泥棒が逃げるな」
泥棒が逃げるとは、「騎士服を着ていれば、ほんとうは騎士でなくとも泥棒が逃げていく」という意味のこちらのことわざで、服のおかげで立派に見えるってこと。「馬子にも衣装」みたいなことだ。つまりサディくんは私の制服姿をからかっているのである。ふんだ。
「似合ってるでしょ?」
私はくるりとターンしてから、淑女の礼をしてやった。オリバーサディの兄弟は、よく似た顔で二人とも視線をそらした。なんでやねん。
「それよりサディくん、大丈夫なの?どこか痛いとか、気分が悪いとかはない?ちゃんと寝てちゃんと食べてる?今日は何を食べたの?」
サディくんはちょっと不満そうな顔をすると、また視線を落としてしまった。なにか気に触ることを言ってしまったかな?それとも、調子が悪いんだろうか。
「……ちゃんと食ってるよ、でもハルのメシが食いたい」
「いつでも作るよ!」
嬉しいお願いだった。
「ところでどうしてサディくんがここに?」
「それはね、僕が連れてきて欲しいって頼んだから。サデルくんは僕の軍師なんだ」
言いながらモルズベリー様たちが入ってきた。ちょ、ちょっと。元々扉は大きく開け放したままとはいえ、モルズベリー様まで突撃してこないで!お行儀の悪い行動が流行ってるな、誰だ元凶は!……私でした。
……ん?軍師?ってなんだ?サディくんがモルズベリー様の?
私が「軍師」という言葉に、こちら独特の意味があったかなどと考えつつ席に着くと、モルズベリー様が全員を見回した。
「さてと、面倒な前置きは抜きにして、まずはサデルくんの問題から片付けてしまおう。
ルルーシュ嬢の暗躍で、サデルくんの境遇が決まったようだが」
待て待てまてーーい!暗躍ってひどくないか。私は単に校長先生に「弟が心配で入学できない」って「相談」しただけで……。
「サデルくん自身は思うところがあるらしくってね。サデルくん?」
サディくんは少しの間、じっとなにかを考えていたが、やがて話し出した。
「オリバー兄さん、ハル。オレ、騎士団にいてもうすぐ六年になる。これだけ長くいたら当然、正式な騎士になりたいと思ってたけど、どうやら無理らしい。覚悟してたけどやっぱり悔しい。それで、騎士になれないんなら、他はなんでもいいと思って、本家に行く話も受け入れたんだけど」
なるほど、そうだったのか。「皆様のよろしいように」と言っていたというのはそういうことだったのか……。
「騎士団は、七年以上所属していれば任務中や訓練中に体を壊したら優先的に騎士団関連の職業につかせてもらえる。だから、あと一年なんとか頑張りたいんだ。医者には相談したし、上官にも許可はもらった」
私は息を呑んだ。サディくんが騎士団に残りたいのなら、私はずいぶんと見当違いなことをしてしまったことになる。
「サディくん、ごめんなさい、私……」
「いやいいんだ、ハル。オレ自身が騎士団はもう無理なんだと決めつけていたしな。退団するなら、ハルが手配してくれた本家の養子が、一番いいのはわかってる。今ごろになって、やっぱり騎士団に残りたいって言い出すオレが悪いんだ。医者からも、残れるかどうかは体調次第と言われているし、また倒れるようなことがあったら有無を言わさず退団だと言われてる。でも、おかげで、たとえ退団しても本家に行けるとわかっていれば、今までみたいに怖くないしな」
……今までは怖かったんだ、サディくん……。ヨーエンギーに戻るのが。そうか……。
体の弱いサディくんは、騎士団でも居心地が良かったとは言い難いだろう。それでも、ヨーエンギーに戻るのが怖かったって、よっぽどだな。居場所がないとか立場がないとか思っていたんだろうか。
「そういうわけなんで、サデルくんはもう少し、騎士団で頑張ることになったよ。諸々の手続きはこれからだが、二人には承知してもらいたくてね」
サディくんがいいなら、もちろん、文句なんかない。できるだけ早く、ご飯を食べてもらう機会を作んなきゃね。
「サディくん、よかったね」
私の言葉に、サディくんはようやく微笑みを見せてくれた。
「それで、だ。サデルくんの件はこれでよしとして。次は、ルルーシュ嬢の件だ」
「は、はい……」
私は一気に緊張した。
「第三王子殿下が君に無理を言ったようだね。親族として謝罪したい。彼はこの件に関してずいぶんと熱心で、反対者に強固な姿勢を取っているようだ。
だが君の方でも辞退を望んでいるらしいと聞いてね。それなら是非とも手助けしたいと思ったんだ。ルルーシュ嬢は、貴族の悪いところに染まっていない、伸び伸びしているのが良いと思っているんだが、それがこの先、意に染まない婚約で、貴族色に塗りつぶされるとしたら気の毒だし勿体無い。それに、婚約者になった人物がその辺に理解のないお相手だったりしたら、その人物も苦労することになると思ったんだ」
モルズベリー様は私に穏やかに微笑みかけた。私はなにを言えばいいのか迷い、一度開いた口をそのまま閉じた。
「僕はね、ルルーシュ嬢。君といると楽しい。困っているなら手を差し伸べたいと思う程度にはルルーシュ嬢を大切に思っているんだよ」
「知人として?」
オリバーくんが鋭く追求する。
「せめて友人くらいには格上げしてほしいなあ、これから僕の『想い人』になってもらうんだからね」
モルズベリー様は、オリバーくんの不躾な態度にも、寛容に微笑んだ。
「僕は君が少なくとも学園を卒業するまでは、君に求婚し続けるつもりだ。そうすればその間は、他の男が君と縁を結ぼうとすることはまずないはずだ。
僕としても、君が卒業するまでは他の縁談も来なくなるだろうし、君に断られたら、傷心と言ってしばらくは避けられる。
ただし、ここが肝要なんだが、これが通用するのはせいぜい君が卒業するまでくらいだ。だからこれは君の将来についての根本的な解決ではなく、ただの時間稼ぎに過ぎない。君は、卒業後どうするのかを、その間に解決しなければならない。それでも、君にとって悪い話ではないはずだよ。もちろんオリバーくん、君にとっても」
モルズベリー様は、片頬を上げてイタズラを思いついた子供のように笑った。
「ただし、ひとつだけ交換条件があるんだけどね?」
……ほらきた。
ありがとうございました。
最近は軽くスランプでしたが抜け出しつつあるようです。今後ともどうぞお見捨てなく。次回も来週、お会いしましょう。




