19.壮大なる兄弟喧嘩
こんばんは。どうぞよろしくお願いします。
「オリバーくん、ルルーシュ嬢に婚約を申し込んだって?本家は大荒れだぞ」
「えっ!?」
ブルックスリスト様の言葉に、オリバーくんでさえ絶句している。オリバーくんたら、私に言う前に、本家の皆様に話を通したってこと?それで本家が大荒れとは……。確かに私は、本家のご当主様には、妙に嫌われてる気はするけど。ご息女のエマ様にもイビリスレスレのレベルで嫌われてるしね。オリバーくんの立場を、ますます難しくしてしまったんじゃないだろうか。ますます、仮面でも婚約を受け入れるわけにはいかなくなってきた。
とりあえず大急ぎで制服に着替えた。本家に行くためのドレスなんか持ってきてない。学生服ってどの世界でも便利だ。
焦るような気持ちのまま本家の応接室に通されると、そこには以前少しだけ見かけた本家のご当主様と、お義父様、そしてなぜか妖精おばさまその一のオリオライヤおばさまもいて、誰もが重苦しく押し黙っていた。おばさまは、嫁にいったとはいえケンドルクロール当主の実の姉だし、婚家は格上だから強い影響力を持っているのだ。私のことを気に入ってくれているので、駆けつけてくれたのかもしれない。
私たち三人が入っていくと、ご当主様は盛大に顔をしかめた。そういや以前も、露骨に無視されたっけ。私たちに椅子をすすめることもせず、怒鳴り始めた。
「オリバーおまえは、私の血を分けた息子だ。コイツの娘との婚約など認めない!」
コイツと呼ばれたお義父様は何か言いかけたが、ご当主様はさらに怒鳴った。
「コイツは無理矢理、私からカレンを奪っておいて、自分は愛する者とこんな娘まで作りおって、卑怯者!カレンを返せ!」
カレンとはお義父様の亡くなった前妻だ。ご当主様の言葉にはお義父様も黙っていられなくなったようだ。さらに言い募ろうとするご当主様をさえぎって怒鳴った。
「なにを言っているんだ、無理矢理ってどういうことだ、ルネと別れさせられてカレンと結婚したのは父上の差金だ!それにあの女とはただの契約婚だった!しかも、カレンが持ちかけてきたんだぞ! あいつは、兄上に拒絶されたが近くにいたい、私がルネと一緒になるのを反対されたのは知っている、どうやら避けられそうにないし、お互い愛する者のために表面上結婚しよう、と言ってきたんだ!」
「なっ……!嘘だ、私はカレンを拒絶などしていない!」
「嘘などついてどうする、兄上は昔から私の言葉を信じなかったな!あの嘘つき女の言葉ばかり信じて!」
「し、しかし、彼女は私が触れた時、すでに乙女ではなかったのだぞ、おまえでなければ一体誰が……!」
「知るか、断じて私ではない、私たちは白い結婚だった。あの女に触れたことはない、ただの一度もだ!」
一瞬沈黙が落ちたところで、疲れた様子のオリオライヤおばさまがようやく私たちに椅子をすすめてくれた。
一族を巻き込む壮大なる兄弟喧嘩をまとめるとだな。
ご当主(ルーベン様)とお義父様の前の奥様(カレン様)は恋仲だった。でも、カレン様はケンドルクロール家の当主の妻となるには身分が足りなかった。一方、三男だったお義父様も私の母と恋仲だったが母さんは髪結でこちらも身分が足りない。先代のご当主は三人の息子のうち二人もが身分の足りない女性と婚姻を望んだことにカンカン。二組とも決して認めない。
お義父様たち三兄弟は、決して仲が良い方ではなかったが、憎み合うほどではなかった。だが、恋人同士のご当主様とカレン様を引き裂いておいて、こともあろうに引き裂かれた恋人の弟であるお義父様がカレン様と結婚し、怒髪衝天のご当主様がマリーフォリアおばさまとの婚姻を命じられてしまった。さらにお義父様と恋仲の母さんが料理屋の父さんと結婚して下町に行ってしまったことで、兄弟は顔も合わせない、口も聞かない仲になってしまった、ということだった。
それにしてもさあ。
前のご当主様、つまりお義祖父様は、なんでまた長男の想い人を三男と結婚させようと思ったのかな。三男が相手ならカレン様でも身分が足りるとでも考えたのかな?それとも、さらなる「よろめきドラマ」でも繰り広げられたのかな?カレン様も前のご当主様も亡くなっている今となっては真相は闇の中だけど。
さて、ここで生じるのが大きな疑問です。なぜお義父様と現在のご当主様、つまり義伯父様の誤解の上に、さらに確執が生まれることになったのでしょう?
そう、カレン様が義伯父様とお義父様、兄と弟の両方に嘘をついたから。
カレン様が現ご当主様に拒絶されたのは嘘だった。
お義父様がカレン様に無理矢理結婚を迫ったというのも嘘だった。
おそらく未婚の身で乙女でないことを誤魔化すための言い訳だったのだろう。お義父様との結婚は強制されたものだったんだろうけど、ご当主様にはお義父様に奪われたと言い、お義父様とは白い結婚なのでバレないと考えたんだろう。
貴族は「遊ぶ」ものとはいえ、女性は婚姻後のことだ。だから、カレン様は、誤魔化そうとした。こんなにも深い傷を残すとは思いもせず。
カレン様が自分の体面のためについた嘘のせいで、私たち子供世代まで巻き込む大波乱となったわけだ。
お会いしたこともないカレン様。もう亡くなった方だし、葛藤も苦しみもあっただろうとは思う。でもさ。
おーい、カレン様。何してくれちゃってんの!
「で、サラは、どなたの娘なんです?」
それまで沈黙を貫いていたブルックスリスト様が口を開いた。ああ、それを確かめたかったから、この場に残っていたのだな、とわかった。お義姉様とこの方の仲は良好だけど、この答いかんではそれにヒビが入りかねない。私は思わず、両手をギュッと握りしめた。
「サラとオリバーは私の子だ。サデルに関してはわからん。その後死産してしまった子供達は、私ではない」
ご当主様が片手で半分、顔を隠しながら呟いた。
じゃあ、誰?
「よろめき」くらいじゃ済まない修羅場があったことが感じられて、私はうんざりと頭を振った。
「やれやれ、サラを連れてこなくて本当によかった。とてもじゃないが、こんな場面を彼女にはみせられん」
ブルックスリスト様がぼやいた。全面的に賛成だ。だがその言葉は私になら別にいいだろうって意味にもなるので、ちょっと横目で睨んでおいたけど。私だって繊細なんだぞー!?異論は認める。
ブルックスリスト様の言葉に、当主様とお義父様は顔を見合わせたが、お互いにふっと目を逸らした。
「誤解だったとはいえ、すぐに全てを水に流し和解するなどできない。長年の思いをすぐには消せん」
痛いほどの沈黙の後、ご当主様がつぶやいた。
お義父様も、ギュッと手を握りしめた。
「……それにオリバーとルルーシュが結ばれるには、私たちの確執からなにから、全てを白日の元に晒さなければならなくなる。それはオリバー、おまえが家を継いだ時、大きな荷物となることは間違いない。
私と弟は、時間をかければ和解することもできるだろうが、ルルーシュ嬢は明日にでも婚約者が必要なのだろう。ここで時間を浪費するより、他を当たったほうがいいのではないか。なに、ルルーシュ嬢はしっかりとした淑女に育ったようだし、姉や妻らも気に入っている。誰かすぐに見つかるだろう。私から手を回しても良い。ただ、オリバーは勘弁してくれ。少なくとも今は。私には少し時間が必要なんだ」
ご当主様ははじめて私の目をしっかりと見て話してくれた。
オリバーくんを振り返ると、彼は一瞬、眉をひそめて私を見たが、そのまま視線を下に投げた。
「……私は部外者で若輩者ですが」
ブルックスリスト様が眉間に皺を寄せて発言した。
「こういったことは第三者の方がよく見えるとよく言いますので、巻き込まれた身として言わせていただきます。このような事態に至ったのはご兄弟間でのやり取りが決定的に不足していたからに他ならないと推察します。仲良くしろとまでは申しませんが、家族間で重要な事柄に関しては必ず共有するべきかと……。生意気を申し上げましたこと、お詫び申し上げます」
ご当主様は力なく首を振った。
「……いや、クリストファー殿の言う通りだ。サラの実父として君を頼もしく思うよ。君たちの婚約をまとめてくれた姉上も、ありがとう。貴女の人を見る目は確かだ」
ご当主様は、おばさまその一のオリオライヤ様へ目礼した。おばさまは疲れ切ったように背を椅子の背もたれにあずけたまま、小さく頷いた。
「不躾ついでに、もう一つ。皆様にはこの場にいないご兄弟がおいでですね?」
ブルックスリスト様が言っているのは、おばさまやご当主様のもう一人の弟の、次男様のことだ。
「……わかっている、あいつにも連絡しよう」
ご当主様は、一度眼を閉じ、じっと何かに耐えていたが、言った。
「それで、肝心のルルーシュ嬢は、どうしたいんだ?」
ブルックスリスト様が私に尋ねた。ようやく、私の意思を確認してくれる人がいた。だって、私の婚約だよ?最初に私に聞いてよ、まったく。淑女教育がなければ最初から怒鳴ってたよ。プッツンきそうだよ、マジで。
「私は、生粋の貴族の生まれではありませんし、令嬢としてもまだまだです。このまま第三王子殿下のご学友という大役を引き受ければ、何をしでかしてしまうかわかりません。恥をかいて家に迷惑をかける前に、お役目は辞退したいと考えています。それに、私のような未熟者には婚約者も早過ぎます」
「……いや、前も言ったけどルルーシュ嬢、それは難しいと思う。第三王子殿下のたってのご希望でわざわざのご指名とあれば、お断りはできないと考えてくれ。
それでだね、君が婚約者を決めるまでの時間稼ぎに協力してやろうと言ってくれている人がいるんだが、どうかな。
ジョシュア・モルズベリー、君も知っている私の友人の画家で王家の一員でもある彼が、『ルルーシュ嬢は自分の想い人だから誰も手を出すな』と宣言してやろうと言っている」
「…………は?」
その場の全員が、硬直した。
ありがとうございました。
また来週も、どうぞよろしくお願いします!




