2. まずは義姉弟から落とす
本日二話目です。どうぞよろしくお願いします!
私はまず、ヨーエンギー家の子供たち、つまり私の義姉弟から説得すべきと判断した。味方じゃなくてもせめて婆の存在を黙認してくれるように働きかけないと。人ってやつは、つらい環境にあると、身近な人間をストレスの捌け口にするもんだってのが、婆の七十ウン年での持論だ。
ところでお義姉様はサラ、義弟くんはサデルくんという。で、この二人の場合、母親が亡くなってすぐ父親が愛人と連れ子を引き入れるというストレス増し増しな状態で、身近な捌け口とは私だろう。その私を、少なくとも黙認してもらえるように働きかけないといけないとは。
……孫たちよ、ばあばは、がんばるよ。
でもため息つくくらいは、許してもらいたい。はああぁー。
お義姉様と込み入った話をすることは、なかなかできなかった。向こうはこちらをバリッバリに警戒しているらしく、交わすのはせいぜい挨拶と天気の話くらいだ。義弟のサデルくんはほとんど家に帰ってこない。姿すら見えないのに話なんて難易度高すぎる。
心くじけそうになってきたある日、珍しくサデルくんが騎士養成所から帰ってきていて、サラお義姉様の部屋で何事か話していた。私は呼ばれてないけど、二人のいる部屋へ突撃した。使用人たちが止めるが強行した。
部屋に入ると、二人とも厳しい表情で私を睨んでいる。私は二人の元に歩み寄ると、二人の前に膝立ちにひざまずいた。さすがに二人は驚いたようだ。
「本当にごめんなさい。お二人にどうしてもお願いしたいことがあって、無理を言って来てしまいました。お手伝いの皆さんは悪くないので、叱らないであげてください」
手を前で組んで頭を垂れる私に、姉弟は顔を見合わせてから、よく似た顔を向けた。
「お願いです。私を父さんのところへ返してくれませんか?」
私が言うと、二人が息を呑むのがわかった。そりゃびっくりするよね、平民に戻りたいなんて言い出す人間がいるのも驚きだろうし、この二人は私が大喜びでこの家を乗っ取ろうとしてるとでも思っていたんだろう。
「……あなたはここが嫌なのですか?」
お義姉様が冷たい声で言った。私はゆっくり首を横に振った。
「いいえ、ここはとっても素敵なところです。ご飯も美味しいし、お勉強もとても楽しい。でも私、父さんが恋しくて。それに、母さんが、……まるで、私が知ってる私の母さんじゃないみたい。あんな人じゃなかったのに、なんだか違う人になっちゃった。今の母さんを見るのがつらいんです。だから、前の家に戻れば、母さんも元の母さんに戻るかなって」
「そんな訳……」
義弟くんがちょっと馬鹿にしたみたいに言いかけた。そんな訳ないか、そうだよなー。
「サディ」
サラお義姉様が素早く止めてくれた。サディというのはサデルくんのことだろう。
「私、父さんのところに行って、頼みたいんです。また私と母さんと三人で暮らしたいって」
そう言うと、お義姉様は痛ましそうな顔をした。無理だと思っているんだろう。
いや、婆も、難しいと思ってるよ?でも、無理かどうかは、聞いてみないとわかんないから。何年か経って、父さんが「本当は帰ってきて欲しかった」とか聞かされたら後悔してもしきれない。
んな訳ない、妄想かもしれないけど、もしかしたら、って期待しちゃってるんだよね、婆は。だから、期待したまんまはよくないし、ダメならダメで、ちゃんと期待っていうか妄想?を潰して欲しい訳だ。断る父さんはつらいかもしれんが、そこんとこは許してくだされ。私が父さんと暮らしたがってることを、知っててほしい。中身は婆だけど、父さんの娘な訳だし!
「あなたのお父様は、その、あなたたち二人を手放した訳でしょう?」
サラお義姉様がそっと尋ねた。さっきより目の色があたたかい。
「てばな……?」
私は子供らしく首を傾げた。あざといぞ、婆。
「つまり、さよならをしたのでしょう?」
わたしはこっくり頷いた。
「ここにくれば、朝から晩まで働かなくてもいいし、美味しいご飯も毎日あるし、お勉強もいっぱいできるって。幸せになれって、父さんが」
「そうなんですのね……」
お義姉様はため息をつくと、目立たない服と路銀を用意してくれた。
「姉さん」
サディくんがお義姉様をとがめたが、お義姉様はそっと頭を振って渡してくれた。もしかして、平民暮らしだった私にでもわかる少額のお金だけど、お義姉様たちには貴重なお金なのかな?お義父様、なにやってんの?
「ありがとうございます、必ずお返しします」
私は深く頭を下げ、お義姉様が貸してくれたお金をギュッと握った。
結果は惨敗。
フラれるとわかってて告白に行くみたいだな、なんて、苦笑しながら考えてた。時々遊びに来てもいいか聞くだけでもいいか、なんて思っていたのに、だな。
惨敗どころか、予想だにしないことを聞かされてしまいました。
本日あと一話あります、どうぞよろしくお願いします。