18. 身の置き所もありませぬ
こんばんは。今週もどうぞよろしくお願いいたします。
どうやら私は目を回してぶっ倒れたようだ。私を長椅子に運んだのは、あの目つきの鋭い従者さんで、私に気つけ薬を嗅がせたらしい。鼻の奥を刺激するツーンとした強烈な匂いで私はむせ返える。
「気付いたか?ルルーシュ嬢。ほら、これを飲んで。君がそんなに繊細だとは思わなかったな」
ブルックスリスト様がなにやら液体の入ったカップを手渡してきた。鼻の奥が痛い私は、返事をする前にそれを飲み干した。
「なっ、なんですか、コレ!?」
私はかえってむせた。お酒じゃないの?これ!
「そんなに一気に飲んじゃ……。ルルーシュ嬢、大丈夫?」
モルズベリー様がハンカチを取り出した。大丈夫じゃないです!
「こ、これ、アルコールではないですか!?」
「アル……?」
「お酒ですよ、私、未成年なんですが!飲酒年齢には程遠いです!」
「飲酒年齢?」
「お酒を飲んでもいい年齢のことです、私、罰されます?でもそしたら、ブルックスリスト様だって幇助罪ですからね!」
そこにいる全員が、顔を見合わせていた。
「落ち着いて、ルルーシュ嬢。酒を飲んだからって罪に問われたりしないよ、一体どこの国の話をしてるんだい?」
モルズベリー様がハンカチを手渡しながら言った。まずい、そうだった、この世界では小さな子供ですらお酒を飲むんだ。絶対体に悪いから取り締まったほうがいいと思ったけど、生水より安心らしい。もちろん、常飲したりするのは庶民の中でも裕福な層だ。下町暮らしだった私には、贅沢品だったってことにしよう!
「庶民の常識です!私、お酒なんて飲んだことないんです!……うっ、なんだか気分が……」
庶民の常識のせいにして、盛大に気分が悪くなったフリで切り抜けるって作戦。するとあの目つきの鋭い従者さんがサッと部屋を出ていった。誰か呼びに行ったんだろう。
アレ?フリで気分が悪いことにしていたけど、なんだか本当に頭がクラクラしてきた。マズい。コレだいぶ強いお酒みたいだ。効き方も前世と違う気がする。しっかりしなきゃ、酔っ払ってヘンなことでも口走ったら身の破滅だ。
「と、とにかく、今日のところは帰りましゅっ」
か、噛んだ。恥ずかしすぎる。
「君の侍女を呼んだから、まあ待ちなさい。横になるかね?」
校長先生。このメンツを前にして、横になれるわけないでしょう。
「だ、だいじょぶでしゅ、一人で帰りましゅ、あ!」
立ち上がった途端、めまいがした。ブルックスリスト様もモルズベリー様も、校長先生まで、笑いを噛み殺している。急性アルコール中毒を侮ってるな、さては!コレがそうだかはわからないが。
だがしかし。
「あ、それは、飲み残し!飲み物でも食べ物でも、残したらバチが当たるでしゅ!お野菜も、ちゃんと食べなきゃダメでしゅ!」
……てなことを口走っていたところまでは覚えてる。これじゃ笑いも出るだろう。苦笑いかもしれないけど。
その後は、駆けつけてくれたマリさんに、なぜかやたらと謝ったとか、なぜかやたらと「オリバーくんごめんなさい」と言い続けたとか、もう下町に帰ると言い続けていたらしいとか、聞いた。詰んだ。
「……顔から火が出る……」
次の日、寮のベットの上で正気を取り戻した私は、やらかしがひどすぎて頭も上げられない。二日酔いで頭痛と吐き気がするせいかもしれないけど。今日から十日休みで本当によかった。
「火ですか?お嬢様」
私のために冷たい飲み物を用意しながら、マリさんが言った。マリさんも萎んでいた。サラお義姉様に私のことを頼まれたのに、早速こんな騒動が起こってしまった、やっぱり力不足だったと落ち込んでいるのだ。いやそれ、私のせいだし、ますます責任を感じるよ。
それに、気付け用とはいえ、度数の高いアルコールを大きなコップになみなみと注いで渡してきたブルックスリスト様も、全くの無実とはいえないと思う。ねえ!そうだよね!鼻が痛くて、水かと思ってがぶ飲みしちゃっただけだもん、私が悪くなかったとはいわんが、私だけが悪かったとも思えないんだけど!……淑女はがぶ飲みしたりしない?……ごもっとも。
「……恥ずかしすぎて思い出すだけで顔が赤くなるってこと。マリさんも、迷惑かけちゃって……」
「もういいのですよ、昨日もずいぶんと謝っておいででしたし」
「いやその……。面目次第も……」
私はさらにしおれた。
「午後からはオリバー様がおいでになるそうです。お会いになりますか?」
驚きすぎてガバリと起き上がったが、頭がぐわんぐわんしてまた倒れ込んだ。
「な、なんで?……うぅー、頭痛い」
鎮痛剤が切実に恋しい。
夕方になってだいぶ復活した私は、寮の面会室でオリバーくんと対面していた。オリバーくんは半分本気で怒っていて半分面白がっているような感じだった。
「全く、いくらハルちゃんでも、登校初日から呼び出しくらうほどとは思わなかったよ。一体なにしてくれてんの?」
オリバーくんはジト目でこちらを見た。
「よ、呼び出し?オリバー様をですか?」
「誰かさんが酔っ払って、俺の名前を連呼したらしいじゃないか。悪い気はしないけど、校長やらクリストファーさんやらに、一体なぜだと不審がられたよ。心当たりはないって誤魔化したけどね、昨日一日登校しただけで、どんだけ嵐を巻き起こしてんの。全くハルちゃん、さすがだよ」
「ふ、不可抗力です!気付酒を飲ませたのはブルックスリスト様です!」
オリバーくんは口を閉じると、ちらっと扉の方を見やり声を落とした。
「頼むからもう少し慎重に行動して。こっちには馴染みのない、飲酒年齢とかアルコールとかいう言葉を使ったって?完全に目をつけられてるぞ。平穏無事に暮らしたかったら、言動にはもう少し注意しないと」
正論すぎて一言もない。私が涙目で下を向いていると、オリバーくんは大きなため息をついて私の前に座った。
「ハルちゃん。第三王子殿下に共同研究者に指名されたって?」
私は顔を上げると、コックリと頷いた。
「あのね。君の意思は関係なく、指名されたなら拒否権なんてないだろう。そしてね、」
オリバーくんはちょっと口を閉じた。
「女性が殿下と頻繁に接するなら、既婚者か婚約してないといけないんだ。殿下自身にもちゃんと婚約者の令嬢がいるけど、仲睦まじいとは言い難いらしくってさ。ハルちゃん、誰か貴族と婚約しなきゃいけなくなるぞ」
「えええっ!!」
「校長先生あたりに相手を用意されてしまったら、断れない。だから提案なんだけど」
オリバーくんは眉根を寄せたまま咳払いをした。耳が赤い。なんだなんだ?
「とりあえず、婚約者は俺にしときなよ。そのまま本当に結婚してもいいし、そうじゃなくても俺なら対応できるし」
「でもそれじゃ……」
オリバーくんなサトーさんの罪悪感を利用することになる。それは嫌だ。
「もう、恋愛できないとか考えられないとか言ってる場合じゃないぞ、殿下の「ご学友」として体裁を整えるために、貴族と婚約待ったなしだ。
俺はもちろん、ハルさんに償いができる千載一遇のチャンスだと思って、ハルちゃんの窮状につけ込んでるわけだから、それを利用してくれて構わない。頼むよハルちゃん」
オリバーくんは真っ直ぐに私を見つめてくる。私はゆっくりと目を閉じ、ゆっくり開くと首を横に振った。
オリバーくんは私の肩をつかむと、なにか叫びかけたが、ぐっと奥歯を噛んだ。
「……そんなに嫌かな、ハルちゃん。そんなに、ダメ?」
私はもう一度、首を横に振った。今度は、はっきりと。
「そうじゃないんですが、そうじゃないんです。オリバー様が償いがしたいというなら、どうか他のことでお願いしたいです。婚約だなんて人生の大事を贖罪のためにするなんて、私には重すぎます。それに「信義にもとる」って、私の中の婆さんが許してくれない」
オリバーくんはしばらく私を凝視してたけど、天を仰いで大きなため息をつくと、長椅子のところまで歩いていってドサリと身を投げた。
「……信義ね……。頑固だなあ、ハルちゃん」
「それは、まあ」
自分でもそう思うけど、自分でもなかなかに手強いのだ。
だって、婚約だよ、婚約!「はいそうですか、渡りに船です」ってできるようなことじゃないよ。
なんてったって、まだ十四歳だしね。
そんなようなことを懸命に伝えると、オリバーくんは下を向いていたけれど、やがて深いため息をついて私を見上げた。
「でもそれならどうするの?このままでいいわけないでしょ」
「……そうですね、せっかく入学した上にまだ一日目だけど、休学します。こんな醜態をさらして、私にはまだ学園は早かったってことで、しばらく謹慎して屋敷に籠るつもりです。それでご学友の大役も辞退すれば、無理矢理婚約もしなくていいし……」
私とオリバーくんが顔を見合わせた時。
「それは無理とは言わないまでも、相当難しい話だな」
ブルックスリスト様が入ってきた。びっくりした!いくらお義姉様の婚約者だからって、面会中に断りもなく入ってくるってどうなの?しかも盗み聞き?ヤバいこと喋ってないよね?
「クリストファーさん。いくらなんでも……」
オリバーくんの抗議を手を挙げて制して、ブルックスリスト様はせかせかと入ってきた。
「わかってる。緊急だ。いつもこれをルルーシュ嬢にやられてるんでね、一度くらいはお返しだ」
私の突撃の真似でしたか!ぎゃふんです。
「とにかく、一緒に本家へ行くぞ。家族会議だ」
か? 家族会議ぃ?
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