14. GO GO中途入学
どうぞよろしくお願いします。
波乱は突然くるもので、それは先日お義父様に呼び出されたことからはじまった。
「ブルックスリスト様が、面会?私にですか?お義姉様ではなく?」
「正確にはフェルワース殿という王宮の文官がお前に会いたいらしい。ブルックスリスト殿は紹介人だ。学園の入学許可に関する話ということだが、心当たりは?」
「入学許可……?いえ、特には。お義父様は?」
「わからん、だがブルックスリスト殿も一緒となればお会いした方ががいいだろう。おそらく中途入学を断った件だと思うが」
「はい、あの……。お義父様もご同席いただけますか?」
「もちろん、そのつもりだ」
フェルワース様?全く知らない。私は不安と疑問でドキドキしながら、来客を待った。
「単刀直入にお願いしますが、ルルーシュ嬢、学園に中途入学していただきたい」
「えっ」
やってきたフェルワース様は立派な口髭をたくわえたたくましい男性だった。紹介もそこそこに飛び出したお髭のおじさまの言葉に、驚きの声をあげたのはお義父様だった。
「その件に関しては、正規の入学時期になるまで待たせてもらうことで話がついているはずですが」
「ヨーエンギー殿。ルルーシュ嬢が翻訳した外国料理の指南本がご婦人方の間でたいへん評判になっておりまして」
「えっ」
今度は私がつい、驚きの声をあげてしまった。
「知らなかったのか?」
「知りませんでした……」
私とお義父様の会話を、フェルワース様とブルックスリスト様がじっと観察していた。うーん、居心地悪すぎて頭が回らないよ。
しかも、指南本というよりただのレシピだし、翻訳というほどのこともない。レシピで使う単語がそもそも少ないでしょ?混ぜるとか煮るとか。ただ、重さや量の単位が違う国もあったから、この国に合わせて計算はした。そもそも材料の分量がわからないものもあったので、実際に使ってみておよその分量を断りと共に載せた。それだけだ。わざわざ文官の方が来て、学園にスカウトされるようなことはなにも……。
「早期に語学などを学んでいただき、翻訳の能力があるか学園で試していただきたい。あなたの将来を決めるものではなく、あくまでも能力があるならば早くから伸ばしてもらいたいということなのです。その後の選択権は保護者殿とご本人にある」
「……」
お義父様もキツネにつままれたような顔だ。
「今すぐにとは言わないが、できるだけ早く決断いただけるとありがたい。とりあえず、学費補助金等の条件についてお知らせしておきたいと思うのですがよろしいか?」
お義父様は私をちらっと見た。お金の話を子供の前でしたくないらしい。うん、まあ、そういうものなのかな?私のことなのに私に教えてもらえないのは、ちょっともやっとするけど。
お義父様がフェルワース様を連れて執務室へ行ってしまったので、ブルックスリスト様と、見たことのない従者の方が残された。
「どういうことでしょうか、ブルックスリスト様」
「わからん、一体今度はなにをしたんだ、ルルーシュ嬢」
「なにもしていませんし、これまでだってしてません!」
まるで次々にやらかしてるみたいに言うのはやめてくれ!
だがブルックスリスト様は私を半目でジト見した。
「……まあいい、とにかくこの件、前向きに考えてほしい。私が君の説得係になっている」
うわ、それ、お義姉様のためにも断れないヤツだ。私は口をとがらせた。
「……よく考えます」
ブルックスリスト様は鷹揚に頷いたが、見たことない従者の方は鋭い目で私を観察していた。
この件、絶対なにか裏があるでしょ!
まずはそれを調べなきゃ。それから、ゴネにゴネて、ブルックスリスト様に色々約束させなきゃな。
婆、がんばるよ。
しかしだな。
ことが起こるのは立て続けなものだ。
入学うんぬんの騒ぎではなくなる事態がおきたのはそれから数日後だった。
学園から戻るブルックスリスト様の馬車を自室の窓から見つけると、私は全速力で駆け出した。
「お義姉様!」
ブルックスリスト様にエスコートされて優雅に馬車を降りるお義姉様に向かって大声で呼びかけた。お義姉様もブルックスリスト様も驚いて振り向いた。
「まあ、どうしたのですか、走ったりして……」
「お義姉様、大変です。騎士団から連絡がありまして、サディくんが倒れたと……」
お義姉様はハッと息をのんだ。だがブルックスリスト様は、さらにまくしたてようとする私を制した。
「待て、とにかく中へ。ヨーエンギー殿はどうされた?」
「義父は本日は母と外出して、迎えをやりましたがまだ戻りません」
「……そうか」
玄関ホールにたどり着くと、ブルックスリスト様は私を振り返った。
「ルルーシュ嬢、他に誰かに知らせたか?」
「は、はい、本家のオリバー様へ知らせをやりました」
御者の『イケおじ』ジャックさんに大急ぎで行ってもらったんだ。
「そうか、その上、外出の準備まで万端というわけだな、相変わらず無駄に行動力があるな」
無駄にってなんだ。
「私が見てきて様子を知らせる。二人はここで待っていなさい」
「でも……」
「なにかわかったら必ず知らせる。サラ、ルルーシュ嬢を見張っててくれよ」
「は、はい……」
お義姉様が私の手を取る。これじゃ振り払えない。
「ここで連絡役をしましょう、ハル。大丈夫よ」
「ルルーシュ嬢、これで貸しが一つできた。例の件、考えてくれ」
私は奥歯をかみしめた。ブルックスリスト様は返事をしない私をほんのわずか見ていたが、サラお義姉様の頬にキスすると身を翻して足早に出て行った。
私はサディくんが心配で座っていられなくて、つい立ってはウロウロ、座ってモジモジを繰り返した。しばらくしてお義父様が帰ってきたけど、すぐに出かけて行った。行き先すらわからない。
誰か、どうなってるのか教えて!
私は座ってゆっくり考えた。考えることはできる。
とにかく、考えよう。サディくんにとって、どうするのが一番いいか。
私は一生懸命考え続けた。急に静かになった私を、お義姉様が心配そうに見ていた。
その日、オリバーくんから知らせが来たのはもう夜も更けてからだった。「サディは十日ほど医師のもとで静養も心配無用。明日朝、詳細報告のため本家に来られたし」とあったので、とにかく明日の朝一番で出かけることにした。
次の日、お義姉様は詳細はブルックスリスト様に聞くからと登校した。私は一人、本家に行くと、オリバーくんは庭で待っているとのことだった。
「ごめんね、屋敷は大人たちが出入りして落ち着かないから、こっちに来てもらったんだ」
確かに、屋敷の中がばたばたしているようだ。使用人たちがひっきりなしに行き来しているのが窓越しに見えた。
「サディは元々体が丈夫なほうじゃないから、これまでも訓練についていけてなかったみたいなんだけど、どうやら年齢が上がってくると内容もキツくなってきて、昨日は走ってる間に倒れて意識がなくなったらしいんだ。運ばれてすぐ気がついたらしいけどね」
オリバーくんは腕を組んで眉根を寄せている。私は言葉もなかった。サディくん……。ずいぶん無理をしたんじゃなかろうか。私は奥歯をかみしめた。
「医者がいうには、今後は日常生活なら支障はなにもないけど、騎士団なんかの訓練を毎日するのは厳しいらしいんだ。それで、大人たちはあいつの今後を話し合ってるみたいだ」
「サディくん本人はなんと言っているのですか?」
「皆様のよろしいように、だってさ。まったく誰の影響かな、やたらと年寄りくさいことを言ってたぞ」
へぇー、誰なんでしょうねぇ。
「私、考えたんですけど……」
「ハルちゃんの「私考えた」は、いつも嵐を呼ぶから怖いな。で、なに?」
「……。私、考えたんですけど。以前、私とオリバー様たちは、本当は私とはイトコとおっしゃっていましたよね?」
「……どう考えてもやっぱり嵐を呼びそうだけど。それが、どうかしたの?」
「知りたくありませんが、オリバー様とサディくんのお父さんは、同じ方ですよね?」
「……さてね」
「その方が、オリバー様が本家で「気味が悪いほどの好待遇」を受けている理由ですよね?」
「……ノーコメント」
「ところで本家なのですから、後継のスペアが要るのではないですか?」
「……え?」
「サディくんは日常生活ならなんの問題もないのでしょう?なのに騎士団にいては大切なスペアが壊れてしまうかもしれません……」
私がゆうべ、ウンウンうなりながら考えて思いついた中で一番あり得そうな説だ。サラお義姉様たち三人の父親は、お義父様の兄である本家の当主様で、ヨーエンギーの長男のオリバーくんを引き取って本家の後継にしたのは、当主の実の息子だからだろう、そしてお義父様が三人に冷たく見えるのも、三人はお義父様の子ではく、お義父様にとっては自分の兄の子だからなんだろう。胸焼けするけど。
なにがどうなってそんな事態になったのか、知らないし知りたくもないけれど、三人の生母はお義父様の前の奥様で間違いない。だからつまり、本家の当主様は自分の弟(お義父様)のヨメさん(お義父様の前の奥様)と、そういうことになっちゃった(しかも三人も!)わけで、きっとさぞかし、よろめきドラマみたいな、どろっどろしたアレだの、ただれて乱れたコレだのがあったんだろう。ほんっと知りたくない。
今のサディくんがそんなヨーエンギー家に戻ってくるのは、よろしくない。でも、サディくんが学園に通うには年齢が足りない。となれば、あとは本家しかない。結論。サディくんもオリバーくんと同じように、本家に養子に行くべし。
「本家はサディくんにとって、ヨーエンギーに戻るよりいい環境だと思うのですが、いかがでしょう?」
オリバーくんはため息をついた。
「やっぱり、嵐を呼んでるし、俺はまんまと巻き込まれてる。で?確かにこっちの方がサディにはいいだろう。でも俺が「大人たちの話し合い」に参加してない時点でまだ発言権なんかないのはわかってると思うけど、そんな話を聞かせて俺にどうしろと?」
私はにっこりと笑った。嵐だろうがなんだろうが、呼び込んでやろうじゃないの!婆の四分の三世紀に届く処世術を発揮する時は今ッ!
「いえ特に。サディくんがこの家に来ることになった時、オリバー様が味方になってくださればそれで」
なんてったってこの家には、ヨーエンギーを嫌うエマ様がいるのだ。もうすぐ嫁に行くけど。
「ハルちゃん、なにする気?」
オリバーくんは真剣な顔だ。私は笑いかけてやった。
「ひどいな、なにもしませんよ」
「……ハルちゃん。サディのために動いてくれるのは嬉しいけど、自分を犠牲にしたりはしないでよね」
オリバーくんは私の肩に手を置いて、顔を覗き込んだ。自分を犠牲……?にしているつもりはない。
「大丈夫ですよ、オリバー様」
「ひとつも安心できない。ハルちゃんなら、自分が大切にしている人のためなら刃物の前にも身を投げ出しそうだ」
私は目を見張った。
「そんな風に思ってらしたんですか?」
「うん。違う?ハルちゃんにとって嫌なことや危ないことをしてほしくないんだ」
オリバーくんはあくまでも真剣だ。私はため息をついて目を逸らした。
「今回の件でそんな状況になるとも思えませんが、気をつけます」
「今回の件だけじゃなく、ずっと気をつけて」
「……わかりました、これからは、ずっと気をつけますから」
オリバーくんはようやく私の肩から手を下ろしてくれた。
「で、具体的にはなにをするつもりなの?」
「大したことはなにも。元々、しようかと思っていたことですよ」
かくして、私の中途入学は決まった。
さらなる出来事は、この後に起こった。
オリバーくんと私は、本家の庭をゆっくりと散歩した。だが、ある地点で私の足はピッタリと動かなくなってしまった。
本家の庭師さんらしき人が数人、作業をしていた。その中に、若い女性がなにか銀色に光るものを握って作業している。
それだけの光景だ。不思議はなにもない。
それなのに、私は怖くて怖くてたまらない。
足が動かない。身体が震える。視界が狭く、暗転していく。
「ハルちゃん!?」
オリバーくんが慌てて駆け寄ってくるのが見える。自分でも怖がるなんておかしいとわかっているのに、一歩が出ない。懸命に深呼吸を繰り返し自分を叱咤するが、頭に血がのぼり、ドクドクと脈打つのがわかる。
足元から駆け抜ける悪寒。私は、ついにその場にうずくまってしまった。オリバーくんが支えて、近くのベンチに座らせてくれた。
「どうしたんだ、気分でも!?」
私は必死に首を横に振った。震える指で、庭師の女性を指差す。
オリバーくんはハッとしたように振り返り、女性に近寄って銀色のシャベルを持ってきた。
「ただの移植ゴテだよ……。これが怖いの?」
「は……、はい……。ほ、包丁かと思って……」
「……包丁?包丁が怖いの?でもハルちゃんは料理をするでしょ?」
私は頷いた。
「台所にある包丁は、平気なの?けど、これは怖いって、どうして?」
「じ、自分でも、よくわからないんです」
私は移植ゴテを見た。刃物じゃない、もう怖くない。けど、ドキドキと震えはまだ止まらなかった。
オリバーくんは無言で移植ゴテを庭師さんに返すと、私の隣に座った。私は庭師さんたちが作業しながら移動していくのをぼんやりと眺めながら、深呼吸を繰り返した。
「……すみませんでした。台所や金物屋にあるような刃物ならなんともないんですが、自分でもなにでスイッチが入るのか、よくわからないんです」
さっきオリバーくんと、刃物の前に身を投げ出すとかいう話をしたことも、今回のスイッチの一つになっていると思う。懸命に震えを抑えようとする私を、オリバーくんはじっと見ていた。
「それは、昔にも同じことがあったから?」
「は、はい、ピクニックの親子連れが公園で果物をむいていて……」
「そうじゃなくて。ハルちゃん、刃物で、怖い目にあったことがあるの?」
「え?」
「女の人に、刺された?」
私は衝撃を受けて、言葉を失った。なぜなら、それがまさに前世での私の最後だったからだ。
「それは……その」
「刺されて、命を落とした?ハルさん」
オリバーくんは私の右手を取った。
「ハルちゃん。ハルちゃんはやっぱり、ハルさんだったんだね。そうじゃないかとずっと思ってた。俺、サトーです」
ありがとうございました、あと一話で前半が終了します。
後半もどうぞよろしくお願いします。
次回も来週末に投稿いたします。それでは!




