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つまりそれは溺愛希望ってことで合ってる?  作者: 佐伯帆由


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13/35

13. どうぞ義姉にはご内密に

こんばんは、ま、間に合った!

どうぞよろしくお願いします。


「視線が背中に突き刺さる……」


 背後からじっくりと観察されている多数の視線を感じて、冷や汗がにじんできた。もちろん原因は私ではなく、現在進行形で私をエスコートしている、穏やかそうな人物のせいである。怖いよー。滑ったりコケたりしたら、どーしよ!?


「なにか刺さったのですか?」


 モルズベリー様が大真面目に聞くので、私は思わずお顔を見上げてまじまじと見てしまった。わっ、近いよ。

 でも、「視線が刺さる」っていう表現の仕方、こっちにはないんだったっけ?


「いえその、皆様がこちらをご覧になっているので、まるで背中になにかがチクチクと刺さるようだと思いまして」


 モルズベリー様は少し目を見張ると、チラッと後ろを振り返った。


「確かに、全員見てますね。ご不快ですか?少し奥へ行きましょう」


 いや、それもどうなの!


 モルズベリー様は集団から少し視線を遮られる木陰で足を止めた。私をベンチに座らせると、少し遠くを指差した。


「ここからだと、丁度庭の噴水が見えるでしょう?」


 私は頷いた。池の中央には人の背くらいの階段状のオブジェがあって、そのてっぺんから水が段々に流れ落ちるようにできていて、その周りを噴水が取り囲んで見る者を飽きさせない。噴水はせいぜい膝くらいの高さだけど。


「綺麗ですね」

「あれを見ていてくださいね?目を離さず。もう少し深く腰掛けて、顎をもう少しあげて。そう、動かないでくださいね?できるだけ」


 え?頷いてもいいの?しゃべっては?

 言われるがまま私は目礼だけ返した。モルズベリー様は少し離れたベンチに腰掛けたようだ。ようだ、というのはここから見えないんだもん。

 えっと、一体?落ち着いてきたら疑問が湧いてきた。そうしたら、どうやらモルズベリー様は私をスケッチしているようだと気付いた。もっと早く気付けよ、私!(えーーと、もう何回目だっけ……とほほ)


 いや、ちょっと待てよ。この人、風景画専門とか言ってなかったか?ってことは、私をスケッチしてるわけじゃないのか。ひゃー、婆、赤っ恥かくとこだったな、そりゃそうか。婆を描いてもな。しかし、それじゃ、私は一体ここで何を?


「お話くらいはされても大丈夫ですよ」


 モルズベリー様が言われたので、私はおずおずと尋ねた。


「ではあの、モルズベリー様、」

「……はい?」

「一体、何をなさってるのでしょうか?」


 筆記具を走らせる音が止まった。一瞬の静寂の後、モルズベリー様は大声で笑い始めたので、ついそちらを見てしまった。


「……失礼、しかしこの状況で、あなたの絵を描いているのでなければ僕は一体何をしているんでしょうね?」


 え、やっぱり私のスケッチをしていたの?なんで?


「それがさっぱりわからなかったのでお伺いしてみました」


 私の言葉にモルズベリー様はまたひとしきり笑った。


「自分の絵を描いているとは考えない、というところがルルーシュ嬢らしいですが、そうですね、許可も得ず失礼いたしました。あなたのお姿を描きたいのですが、よろしいでしょうか」


 えーとえーと。なんで?って聞いてもいいのかな?


「モルズベリー様は、風景専門とお伺いしたのですが。それに、モデル、じゃなくて、絵の題材なら、私のような子供ではなく、美しく印象的な方がよろしいのではと思いますが……」


 モルズベリー様はしばらく黙っていたけど、立ち上がって私のそばへやってきた。


「それは、許可はいただけない、ということでしょうか?」

「いえその、ただ不思議だなと思ったのです」


 モルズベリー様は穏やかに微笑むと、私の前にひざまずいた。ん?それ、婆が前世でよく孫たちにやってたやつだ。特になにか言い聞かせたい時とか、そうやって目の高さを合わせるんだ。なにかお説教かな?でもさ、確かに「子供」って言ったけど、そこまでお子様じゃないけど、私。


「それは許可と受け取らせていただきます、ありがとう、ルルーシュ嬢」


 モルズベリー様が手を差し出した。握手の習慣はこっちにはないはずなんだけど?


 ところが。


 モルズベリー様は私がおずおずと差し出した手をそっと取り、指先にキスしたのである。



 ひーーーっ、ひーーーえーーーーッッ!!


 て、手袋しててよかった、って、そうじゃない!

 マジで勘弁!

 私がポカンと見返すと、モルズベリー様はイタズラっぽく微笑んだ。


「さあ、あちらを向いて。先ほどのように手を置いて。ありがとう、動かずにね」


 私はモルズベリー様をちょっと睨んでから、再び噴水を見た。筆記具を走らせる音が再開する。

 でも私は、モルズベリー様が私を見つめる視線を感じて、すっかり落ち着かなくなってしまった。


 もう帰りたいよー。


「……どうかそんなに緊張せずに。……そうだな、僕は、あなたを風景の一部として描きたいだけなんです」


 一部?ああ、よく絵の中のはしっこの方に、ちっちゃく人が描いてあるけど、ああいうのか。

 私は頷いた。だいぶ緊張が解けた。


 柔らかい陽射しの中で噴水を見つめながら水音を聞いていると、なんだが眠くなってきた。ヤバい。ヤバいよ。上の瞼と下の瞼が仲良くなって……。ダメだ、意識が遠のく……。

 久しぶりに授業中に眠くて眠くて膝をつねったりしたあの感覚がやってきた。そしてハッと目が覚めるあの感覚も……。

 おそらく意識がなかったのはほんの一瞬だったんだろうけど、ずいぶん時間が経ったように感じた。ヤバい!え?ヨダレとか垂れてないよね?どのくらい寝てたの!?

 モルズベリー様を見ると、声こそ立てていないものの、身をよじって爆笑していた。


 おーーうNOOOoooooo!


「申し訳ありません、私……」

「いや、退屈させてしまったようですね。なにかお話でもしましょう」


 モルズベリー様はいたく楽しそうだ。


「それにしても、人が寝落ちする瞬間など初めて見ましたが、ただひたすらに可愛らしいものですね」


 私は頬が熱くなるのを感じた。けど、寝落ちの瞬間か。確かに、よく孫娘がペットや赤ちゃんが寝落ちる動画を見てたな。しかしあれは、赤ちゃんとか仔犬なんかだから可愛いのである。


「どうか義姉(あね)にはご内密に……」


 モルズベリー様は笑って了承してくれた。


「ルルーシュ嬢は、サラ嬢と仲が良いのですね。クリストファーからもよく聞いています」


 そういえば、モルズベリー様はサラお義姉様の婚約者のクリストファー・ブルックスリスト様と「悪友」だといっていたっけ。

 よっし、チャンス。


「はい、義姉は、私の憧れなのです」

「憧れですか」

「はい。ご存知かと思いますが私は下町で育ちましたので、学問も作法も全く知らずにおりました。今でもこのような場面で居眠りをしてしまうような有様です。ですが義姉はそんな私でも根気よく導いてくださいました。そんなお義姉様のことを、ブルックスリスト様も大切にしてくださっていると思っていたのですけれど……」


 私は言い淀んだ。告げ口になるのかな?


「なにかありましたか?」

「……それが、その。先日、町で、ブルックスリスト様が年上と思われる女性の腰に手を回して歩いている場面に出くわしてしまいまして。モルズベリー様はブルックスリスト様の「悪友」でいらっしゃるとか。その女性のことをご存知ですか?」


 モルズベリー様が手を止めたので、辺りに静寂が訪れた。


「それを知ってどうなさるのです?」

「なにも。ただ、私の大切なお義姉様を悩ませているのはどんな女性かと思いまして」

「サラ嬢が悩まなければならないような方ではなさそうとは思いますが」


 モルズベリー様の言葉に私は眉をひそめた。へん、やっぱり、この人も貴族の男性だ。


「お義姉様ではない女性と「遊んでいる」時点で、私には憤慨ものです。私は庶民の間で育ちましたので、生粋の貴族の方々とは考えが異なるのかもしれませんが、そういった「遊び」は私には不誠実と感じますし、私がお義姉様だったら乗り込んで行って、浮気な男性の横面のひとつも張ってやります。でもブルックスリスト様をお見かけした時は義弟たちと一緒にいて、二人ともブルックスリスト様を問い詰めてはいけないと言うのです。二人の顔を立てて黙っていますが、納得したからではありません。できればやっつけてやろうと思ってます」

「クリストファーには、ルルーシュ嬢に会ったら警戒するように言っておきましょう」


 モルズベリー様はさらにひとしきり笑った後、告げた。


「クリストファーはいい奴ですよ。僕は、彼に友人になってくれと頼み込んだのですが、彼は複雑な立場の僕をものともせずに心から「悪友」として扱ってくれている。サラ嬢のことも大切にしていると思いますよ。だからこそ心配なのですが、彼をやっつけるとはなにをするつもりです?」

「……私、先日、学園に論文を提出しまして」

「へえ?」

「各地の郷土料理の手順書を集めるのが趣味でして。数多く集めるうち、郷土料理は地形や風土と密接な関わりがあることに気付き体系立てて論文にしました」

「……それはまた」

「そうしましたら、十四歳にもなりましたし、学園から入学許可を頂いたのです。ですから私がその気になれば途中入学して、毎日お義姉様と同じ馬車で登校するか、二人で寮にだって入れます。ブルックスリスト様はもう、登校のたびにお義姉様と馬車で二人きりにはなれなくなるでしょう。……、と、脅すつもりです。私の入学を遅らせたければ、二度と誰が見ているともわからない町中へ、「遊び」の相手を連れ歩くなどしないように取引するつもりです」

「別れろっていうんじゃなく?」

「そんなことしても無駄です、もっとタチの悪いのと遊び出したらたまりません。ただ決して私やお義姉様にわからないようにしていただきたいんです。それでも、私がお義姉様の立場なら家出しますけどね」

「クリストファーの完敗だなあ」


 モルズベリー様は柔らかく笑った。




「ずいぶんと長い時間お付き合い頂いて、ありがとう、ルルーシュ嬢。今度なにか、お礼をさせてください」


 モルズベリー様がいつものように穏やかに微笑みかける。私は手を振った。


「いえ、そのような。では、私が居眠りしたことは義姉だけではなく秘密にしていただければそれで……」

「そんなことでよろしいのでしたら。では、こちらは差し上げましょう」


 無造作に折りたたまれた紙を差し出された。そっと開けて中身を見ると、軽く口を開けて眠っている私のスケッチがそこにあった。


 ひぃーーーーっ!!

 しかも、ものすごく上手だから余計に始末に悪い。これをどうしろと!?

 描いた人を目の前に破かなかった私を褒めて欲しい。


 イタズラが成功した子供のように朗らかに笑うモルズベリー様を、出席者の方々はまるで白昼夢かと疑う視線で見守っていた。




ありがとうございました、次回は来週です。

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