12. 噂をすれば影がさす
こんばんは。今週もどうぞよろしくお願いします。
「話は変わるけどハルちゃん、ジョシュア・モルズベリー様を知っているの?」
オリバーくんは眉間に深いシワを寄せている。やっぱりあの方はヤバい方なのかな?
「はい、以前、その一……いえその。オリオライヤおばさまに連れられて絵画鑑賞会に行った時に紹介していただきました」
「香水オバケめ、余計なことを。あの方と話をしたりは?」
「え?はい。モルズベリー様の絵について少し」
失言して大爆笑されたとは、言えないなー。
そもそも失言だったのか?あれは。
……いやスミマセン、本人のじゃない絵を先に褒めた時点で完全に失言でしたね、失態というべきか。
「そうか……。ハルちゃん、モルズベリー様についてはどの程度知ってる?」
「ほとんどなにも。高位貴族で、画家で、ブルックスリスト様と同級だということくらいです」
オリバーくんは頭を抱えてしまった。マズい。
「オリバー様、その……。ブルックスリスト様にも、気になるなら本人に聞けばいいと言われて、それもそうだなと思いまして、それで……」
「はあ、なるほど、結局ほとんど知らないままだということだな。まあ、クリストファーさんならそう言うだろうけど、あまりに知らなすぎて厄介ごとに巻き込まれたり巻き込んだりするといけないからね」
「私が巻き込むんですか!?」
「ハルちゃんは嵐を呼ぶタイプじゃないか」
どこが!?こんなにおとなしい婆なのに!
「とにかく基本的なことだけ教えておくね。つらい話だけど、よく聞いてほしい。
あの方の母君は、現在の国王陛下の妹にあたられる方だったんだ」
「……は?」
あまりの大物の登場に、私のなけなしの語彙はすっ飛んだ。
「隣国の王太子に嫁がれて、あの方が生まれた。第三王子だった。でも、隣国は東の新興国に侵略されただろ?その時、隣国は王をはじめ主だった有力者は軒並み処刑されてしまった。王族も十歳以上は全て処刑。あの方は七歳だったので助命されたらしいけど、その後、新興国が衰退するまでの数年間、隣国はそれは凄惨な状況だったらしい。
さらにその後、生き残った中堅の旧貴族たちが、弱体化した新興国の勢力を駆逐して新しく王朝を開いた時は、邪魔になるのが旧王朝の生き残りというわけで、ジョシュア様は支配していた新興国の連中からではなく、新しい王朝から追放されて我が国へ流れてきた。それがだいたい五年前。
我らが国王陛下は妹君の忘れ形見のジョシュア様を大切にされているのさ。女系だから継承権はないけど王家の血族ではあるし、あの方がくぐりぬけてこられたことを思うと、多くの貴族の面々もあの方の回復と平穏を願ってる。なにしろ、この国に来た時には、歩くことも話すこともできないほど衰弱していたらしいし、今でも心の傷を抱えておいでだと噂だからな」
サディくんが私の肩に手を置いた。
「ハル。大丈夫か?」
私がサディくんを振り仰ぐと、サディくんまで動揺し始めた。なんでだ。
「オリバー兄さん、いきなりいっぺんに教えすぎだよ」
「知らないままじゃ危険すぎる。ごめんね、ハルちゃん。でももう少し聞いてほしい。
あの方は全く外にも出られない状況からようやく今の状態にまで回復したところだ。もうすぐ二十歳なのに今ごろ学園に通っているのは、これまで通えなかったからだ。
今の状況を本人がどのように考えているのか、周囲の誰もが計りかねている。しかも、隣国の新王朝は未だ旧王家の生き残りのあの方の命を狙ってる。重い過去を持つ危険な方だ。いいか、あの方には近付かない方がいい。特にハルちゃんはね」
「……私……?」
「嵐を呼ぶ女だろ、ハルちゃんは」
「……ハル」
サディくんがハンカチを差し出したので、私は自分が泣いていることに気が付いた。
なぜ涙が出るのか、自分でもよくわからない。同情か、義憤か、恐怖か。
「……大丈夫?」
サディくんが頭を撫でてくれた。あたたかかった。
「ごめんなさい、びっくりしたのと、……ちょっと、怖くて」
オリバーくんは未だ眉間に深いシワを寄せていたけど、どこか満足そうだった。
「それでいい、いくらハルちゃんでも、怖けりゃ少しは自分の身を守ってくれるだろうからね」
私はそこまで無謀じゃないし、モルズベリー様に対して怖いのではないのだけれど。
「怖がらせて悪かったけど、ハルちゃん、君、もう少し自分の影響力を自覚した方がいい。好むと好まざるに関わらず、君は波乱を呼ぶんだよ、わかる?」
……わかりません。
その後、すっかりおとなしくなってしまった私を、二人して交互に謝ったりなぐさめたりしていたが、家に戻って温かい紅茶をもらって一息ついて、ようやく私に微笑みが戻ると、二人は帰って行った。
一人になって、私はオリバーくんの話をひとつずつ思い返した。
ブルックスリスト様の「遊び相手」のこと、婚約者であるお義姉様が黙認していること、おばさまそのニの長年の浮気について、そして、モルズベリー様のこと。
私はそっと立って図書室へ行き、国際情勢の解説書を引っ張り出した。
隣国について習ってはいたけど、さほど詳しく知らない。解説書には、東の新興国は一時期、強大な指導者の元で一大帝国を築き、隣国をも蹂躙したとか、我が国も小競り合いを繰り返したけど、本格的な侵略が始まる前に新興国の指導者が亡くなったとか、指導者をなくすと帝国全体があっという間に衰退したなどと記述してあった。
私は解説書を閉じてモルズベリー様の穏やかそうなお顔や、楽しそうに笑う顔を思い出していた。つまりあの方は亡国の王子で、ここでは継承権も後ろ盾も影響力もないけど、現国王陛下が特に目をかけている王族という立場なんだな。立場が中途半端だから、周りの反応も対応も、遠巻きというか腫れ物に触る風というか、そんな感じだったわけだ。妖精その一オリオライヤおばさま、すごいな。ものともせずに関わってた。
婆の前世七十年を超える間を含めても、モルズベリー様の想像を絶する苦難のような経験はない。どうかあの方が、この地でああやって穏やかに笑える日々が続きますように。私はお祈りすることしかできないけど、目を閉じ手を組んで真摯に祈った。
オリバーくんとサディくんに、十年経ったら貰ってくださいなどと言ったことを思い出したのは、しばらく経ってからだった。
婆の、バカーーッ!
噂をすれば影がさすっていうんだっけ?名前を呼ぶとその人が現れるだっけ?とにかく、私はそれから程なくしてモルズベリー様に再会した。庭園でのお茶会に招かれた時だ。
「ルルーシュ嬢、久しぶりですね。展覧会にはおいでいただけなかったので寂しく思っていましたよ」
モルズベリー様は相変わらず穏やかに微笑んでいる。教えてもらった過去を思い出してちょっとだけ眩しく思ったけど、私は貴族スマイルを浮かべておとなしく頷いた。
「はい、あの、申し訳ございませんでした。私……、やはり勉強不足で、もっと色々と身につけてからでないと、また素っ頓狂なことを申し上げてご不快にさせてしまうかもと思いまして……」
「素っ頓狂?」
しまった、またやったか?淑女が使う言葉じゃなかったかな?
でもモルズベリー様は楽しそうに笑い声を立てた。周囲がざわっと湧き立ったけど、モルズベリー様は軽やかに立ち上がって、私に手を差し出した。
「よければ庭を案内しましょう、花について『一般的な回答』をお教えしますよ」
こうまで言われてしまえば断れない。私は笑顔をひきつらせながら、「お手数でなければお願いいたします」と答えた。エスコートされながらゆっくりと庭へ向かう私たちを、全員がじっと見守っているのがわかった。
怖ーーーっ!マジかーーーー!
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ありがとうございました。
今回の【お婆用語?解説】〜
素っ頓狂
見当はずれで間の抜けた言動。
次回も来週末です。
どうぞよろしくお願いします。




