11. 貴族の風習、滅びろー!
こんばんは。どうぞよろしくお願いします。
お義父様は、母さんを社交界には出さないけど、割と外には連れ歩く。旅行に行ったり町中へ出たりしているようだ。
本日、二人は弟のルーカスくんを連れて出かけている。お義姉様も学園だし、これは今日も、下町へ降りる絶好のチャンスなのでは?
あれから私、父さんに会った。なんと、サディくんがついてきてくれたのだ。あの時の私の大泣きを見ているから仕方ないと言ってくれた。その時も家にいたのは使用人だけだったけど、私一人で下町へ行こうとしたら猛反対されたり泣いたりされそうだったから、サディくんが来てくれてよかった。サディくんは騎士団訓練所の寮にいるから、城下にもよく行くらしく慣れていて、町中もすいすいと歩いていた。父さんと、お互い神妙な顔で挨拶していたのがおかしかった。
それから幾度か隙をみて、じゃなくて機会をみて父さんに会った。父さんは、私も知っている近所の女性で私がよく懐いていた人と近々結婚する予定だ。どうみたってお似合いなのに、歳が違うし自分だけ再婚だしとウダウダ言っていた父さんのお尻を叩いたのは私だ。花束を買って、これ持って求婚してこい!と調理場を追い出した。二人の結婚式には何がなんでも出席するつもりだ。
よし、今日もお出かけだ。いそいそと支度していたら、サディくんが来ると先触が来た。また一緒に行ってくれるだろうか?
「なんだ、ハル、出かけるのか?」
「うん、そうしようかなと思ってた。父さんのところに。でもオリバー様もいらっしゃるなら、またの機会にしようかな?」
ほどなくやってきたサディくんは一人じゃなかった。なんと、オリバーくんも一緒だったのだ。
「いや、俺もハルちゃんの親父さんに会ってみたいから行こうよ。着替えたりしたほうがいいのか?」
オリバーくんは自分の服装を見下ろしながらその場で回ってみせた。
「少々着替えたくらいでは変わらないでしょう。どうぞそのままで。サッと行ってすぐ帰りましょう」
オリバーくんは、にかっと笑った。
「ありがとうございます、オリバー様。父さんのことだから、結婚の準備なんてできないだろうと思ってたけど案の定でした。ミラさんに丸投げじゃ、いくらなんでも気の毒ですからね」
ミラさんというのが父さんのお嫁さんになる人だ。明るくて元気で世話焼きで、きっととてもいい下町の料理屋のおかみさんになってくれると思う。
父さんの家にはまだ母さんと私の部屋が残っていて、家具なんかも布がかけてあるだけで埃をかぶっている。父さんの家と続きの料理屋は庶民にしては大きいが、母さんと結婚する時にお義父様の家から用意されたものらしい。事情は推して知るべし。
とっとと処分しなよ!昔の奥さんの部屋なんて!私はお小遣いで模様替えを手配して帰ってきた。私のだった部屋も将来、二人の子供の部屋になるだろうから、ついでに模様替えだ。
「いやー、食った食った。美味かったよ、親父さんの料理。いい腕だね」
オリバーくんがお腹をさすりながら言った。なにより嬉しい言葉だ。私がつい笑顔になってお礼を言うと、オリバーくんとサディくんは二人ともよく似た顔で私を照れくさそうに眺めた。
「サディくんも、ありがとう、また一緒に行ってくれて。それに、父さんが最近、騎士団の人たちのお客さんが増えたって言ってたよ。宣伝してくれてんだね」
「……別にハルのためじゃない、本当に美味い店だから、仲間にも食わせたかっただけだ。オリバー兄さんにもね」
「うんうん、はいはい、わかってるわかってる」
「……なんだかものすごく腹が立つのは気のせいか?」
サディくんはまたチッと舌打ちをした。
さて、いかにも貴公子然としたオリバーくんをあまりウロウロさせたくない。早めに引き上げよう。私たちは御者のジャックさんが操る馬車に飛び乗った。
帰り道、馬車の窓からぼんやりと町中を眺めていた時のことだった。
「……あれ?」
見慣れた背格好の男性を見つけて、私は息が止まった。自分の見たものを信じたくなかったのだ。
サラお義姉様の婚約者のクリストファー・ブルックスリスト様だ。
しかも、一人じゃない。妖艶な感じの年上の美女を連れている。いかにも親しげで、ブルックスリスト様は女性の腰に腕を回していた。
絶句している私に気付いたサディくんが窓を覗き込む。
「ああ、クリストファーさんだ」
「サ、サディくん……。ブルックスリスト様の隣にいる方は?」
ご家族という可能性だってあるぞ!
「あれは、たしか、クリストファーさんが時々遊んでる女の人だ」
「あ、遊んでる!?遊んでるとは!?」
「おいおい、ハルちゃん、サディにそんなこと聞くのか?遊んでるといえばひとつでしょ」
あまりのことに口をパクパクさせていると、オリバーくんは苦笑した。
「クリストファーさんだって貴族だ。遊ぶのは普通だし、全く遊ばない人はむしろ変わり者なんだよ、ハルちゃん」
変わり者……。浮気をしないことが?
ショックだ。お義姉様だけを大切にしてくれているのかと思っていたのに。
「お義姉様は、お義姉様はご存知なのですか?」
「まあね。「あの方ならしっかりした方ですし、私にわからないように遊んでくださるなら黙認しますが、でも私をないがしろにしたり、あの方を優先したりしたら、ハルに言いつけますよ」だってさ」
ツッコミ所が多すぎる。しっかりした方とは!?ハルに言いつけるってなに!?
あまりにも凝視しすぎて視線を感じたのか、ブルックスリスト様がふとこちらを振り返り私と目が合った。さらに硬直する私を隠すように、オリバーくんが窓のカーテンを閉め、私とブルックスリスト様の間の視線を覆い隠した。
「驚いた?ハルちゃん」
私は無言でこっくりと頷いた。
「ハルちゃんは、さ。特定の一人以外とは恋人関係にはならない、一対一の間柄が当たり前だと思ってるだろ」
オリバーくんの言葉に、私は再びこっくりと頷いた。
「……庶民にはそもそも、そういった「遊び」をするような余裕はありませんし、浮気をする人も中にはいますけど、それは不誠実なことと思われていて、複数人と同時進行で恋人関係になることなんて、そうはありません。一つの関係を終わらせてから次の関係が始まるものです。結婚していればなおのこと、奥さんが子供となけなしの資産を抱えて出ていくか、浮気な旦那さんを追い出すような事態になりますね」
婆の固くて古い頭には、そういう庶民の考えの方が合ってたんだけどな。
「……やっぱり君は……」
「オリバー様?」
「いや。……残念ながら貴族はそうは考えない。それに、「遊び」をするのは男性だけじゃない、女性だって大っぴらに遊んでる。現に俺の養母だって遊んでるぞ」
「ええええっ!」
妖精おばさまその二のマリーフォリアおばさまが!?本家のご当主の嫁でエマ様のお母様が!?いつも優しいおばさまが!?
「遊び歴も長いぞ。今の相手は若手の画家だ」
「若手の画家……?モルズベリー様ですか!?」
「モルズベリー?ジョシュア・モルズベリー様のことか?いや、まさか。養母の相手は、名前は知らないが、静物画ばかり描く画家だ」
「せいぶつ……?」
「花とか果物とか楽器とか食器とかが描かれた絵画のことだよ、ハルちゃん。最近の我が国での流行はね、静物画に恋人への愛を込めて、相手にだけわかる合図を隠すんだ。それがなにかを推測するのが流行に敏感な文化人としての嗜みなんだ」
なんだそりゃ。私は頭を抱えた。二重三重にやらかしてる。私、モルズベリー様に、果物の絵がおいしそうだったなどと言わなかったか?合図の存在すら知らないことがバレバレだ。どうせ意味を知っていたとしても、どこら辺に愛のメッセージを隠していたのかなんてさっぱりだっただろうけど。
「オリバー様。オリバー様のお話はいつも衝撃が大きすぎます」
オリバーくんとサディくんは顔を見合わせた。
「あのね、色々言いたいことはあるけど、まずはハルちゃん、」
オリバーくんが改まった様子で私をひたと見据えた。
「クリストファーさんを問い詰めたり責めたりするなよ、悪いことをしているとは思っていないだろうし、遊び相手はサラ姉さんも認めた人なのにハルちゃんが口出しするのはおかしいからね」
私は口を尖らせた。どうやってとっちめてやろうかと考えていたところだったのだ。
「それとね。ハルちゃんは、将来どうするつもりなの?このままいくと、ヨーエンギー家のための政略結婚をすることになるだろ?そろそろ縁談だってあるはずだし。ハルちゃん、貴族に嫁いで大丈夫なの?」
私は深くため息をついた。
「それなんですよね……。料理人になりたいと泣いたのは、貴族に嫁に行きたくないのも多分にあったからです。なかなか幼い頃からの考えは変えることができなくて。特に結婚相手に関しては、浮気者はもう生理的に無理というか……。変人でも野暮天でもいいから浮気しない方か、同じ感覚を持った庶民の方に嫁がせてもらえないですかね?」
オリバーくんは苦笑した。
「浮気もせずに脇目をふらず相手に一筋か。そりゃ、相当に溺愛してないとなぁ。そういう貴族もいるにはいるが、男女ともに珍しい。つまりハルちゃんは溺愛希望ってことで合ってる?」
なんだそりゃ。上等じゃないか、溺愛。浮気よりずっとましじゃないか。
「浮気をしないことが溺愛するってことなら、そういうことになりますね。私も浮気は無理ですから、お相手を溺愛しますよ」
「ハルちゃん。そんなやつを探して待っていたら、嫁き遅れる可能性大だ。けど、もしそうなったら、俺かサディが貰ってやるから安心していい」
え?
私は口を開けてオリバーくんとサディくんをかわりばんこに見つめた。冗談?本気?タチが悪いな?義姉弟だぞ?でもそうか、本当はイトコらしいし、世間的には私は料理屋の父さんの子だから、結婚できなくもないのか。考えたこともなかったな。じゃあ本気?本気ならこんな風に軽く冗談みたいなノリで大切な約束をしたりするか?
私は二人をもう一度見つめた。
オリバーくんは平然としているように見えるけど耳が赤いし、サディくんなんて首まで真っ赤だ。私はため息をついた。こういう探り合いみたいなのは苦手だ。さっぱりわからないし、こと恋愛が絡んだ話はお手上げだ。
「わかりました、じゃあ十年経って私がまだ縁付いていなくて、お二人も独身ならどちらかが貰ってください」
私も冗談か本気かわからないような無難な回答をしておいた。十年以内になんとかしないといけないな。
「それはいいな。花束と指輪を持って片膝ついて衆人環視の中でプロポーズするよ」
「なんですかそれは。またおかしな恋愛本を読んでるんですか?以前もでしたが、オリバー様の読書傾向はちょっとどうかと思います」
オリバーくんは探るようにこちらを観察していたが、無視、無視。
「ところで、オリバー様、お義姉様の言う、「遊び」の上でのしっかりした人とは、どんな人のことです?私の考えでは、しっかりした人なら、そもそも婚約者のいる人と遊んだりしないものですが」
「いや違う。本命に成り代わろうとしたり、本命の尊厳を傷つけたりしない、一定期間が過ぎたらきれいに別れる、遊びのルールがわかってる人のことだ」
……なんだよ遊びのルールって。最ッ底だと思う。
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タイトル回収〜!?
【本日のお婆用語?】
野暮天
ものすごく野暮なこと。風流に疎くて洗練されていないこと。
次回は来週末を予定しています。
またどうぞよろしくお願いします。




