10. この方はヤバい方かも
こんばんは!本日もどうぞよろしくお願いします。
「ルルちゃん、申し訳ないのですけれどね、わたくしたち、ちょっとあなたを送って差し上げられそうにないの。サラと一緒に帰ってもらうことはできないかしら?」
絵画を見に行ったお義姉様方の背中を見送った後、おばさま方はようやく戻ってきたかと思ったら、三人でどこかへ出かけることになったらしく、慌ただしく帰り支度を始めた。そんな時でも三人一緒なのね。うーん、お義姉様とブルックスリスト様の邪魔をするのはやぶさかでないけど。
「義姉は婚約者様とこの後、食事に行くのですが……」
私が言うと、おばさまその一のオリオライヤ様は考え込んだ。
「そう……、さすがに邪魔できないわね。では、あなたの馬車を呼び寄せて、うちの侍女と二人で帰るのはどう?」
「はい、ありがとうございます。侍女さんはお宅へお送りします」
「歩いて帰らせてもいいのに、本当にいい子ね。ごめんなさいね、なにかおねだりごとを考えておいてね、ルルちゃん」
そこへ、私たちの会話を聞いていたモルズベリー様が遠慮がちに口をはさんだ。
「あの、失礼、差し支えなければ僕がお送りしましょう」
おばさまはパッと顔を輝かせた。
「まあ、そうしていただけるのなら、お手数ですけれどお願いできますかしら、モルズベリー様」
「お任せください、そろそろ引き上げようと思っていたところですし」
モルズベリー様は穏やかに微笑まれた。
「あの、でも、お連れ様は?それにご迷惑では?」
「一人で来ておりますし、お安いご用です、ルルーシュ嬢」
私は迷った。モルズベリー様は画家で穏やかそうな方といっても、ブルックスリスト様と同じ学園に通っているなら貴族だし、貴族の男は信用できないし、いくら私が十四歳の未成年でも初対面の男と二人で馬車に乗るなんて嫌だ。
「じゃあ侍女を置いていくわね、またお誘いするわね、ルルちゃん」
おばさま方はめいめい私の頭を撫でたり手を振ったりして帰って行った。口を挟む隙もありゃしない。
仕方ない、侍女さんがいるならいいだろう。私は急いでお義姉様と我が家それぞれに事情を知らせる走り書きを届けてもらった。
おばさまの侍女さんは私も見知った人で、お化粧したり身支度したりしてもらったことがある人だった。侍女さんが隣に座り、モルズベリー様は正面。ガタガタというよりはコトコトと言っていいくらい静かな馬車に揺られている。
モルズベリー様の馬車の扉を開けてもらった途端、「うっ!」となった。外見は流行りの目立たない作りだけど、中はただ事じゃない。重厚で品があり、これは高性能で高級な馬車だと私にでもわかる。
これはヤバい。ってことは、この方もヤバい人だ。少なくとも、本家よりも財力がありそう。ということはこの人は一体?ブルックスリスト様の「悪友」ということは、ブルックスリスト様と同じように第三王子殿下の側近候補なのかな?画家なのに?殿下はサディくんと私の間くらいの年齢だから、絵画の先生とか?
……いーや、考えるのやめた!というか、関わり合いにならない方が良さそうだ。
「えーと、ヨーエンギー嬢?」
「先ほどまでのようにルルーシュとお呼びください、義姉と区別がつきませんでしょう?」
「では、ルルーシュ嬢。鑑賞会はいかがでした?」
私は少し考えた。本職の画家さんに知ったかぶり、興味のあるふりをしても、すぐにバレそうだ。ここは正直にいくべきだろう。
「あの、モルズベリー様、お気を悪くされないといいのですが、私、絵画に限らず芸術は、まだよくわからないのです」
モルズベリー様は目を見開いた。
「そうなのですね。正直な方だ。では、どの絵が印象に残っていますか?」
「そうですね、あの……。お皿に盛られた果物の絵です」
「……それは何故?」
「……みずみずしくて美味しそうだなと」
モルズベリー様はあんぐりと口を開けた後、声をあげて笑い出した。
「なるほどね、作者に伝えておきますよ、彼も喜ぶ」
しまった。ここはモルズベリー様の作品をあげる場面だった。婆の食への探究心のせいで失敗した。
「失礼しました、モルズベリー様の作品もどれもとても素敵で、特に背の高い塔が描かれた絵が好きです」
「ふふ、ありがとう、ちなみに、それはどの辺りが?」
「あ、あのですね。あのように高い塔なら、登ればずいぶん遠くまで見渡せそうだなと」
モルズベリー様は再びあんぐりだ。そして腹を抱えて笑い出した。
「はぁ、失礼。あの塔は町外れの教会の塔なのですが、本物は実はあれほど高くないのです。登ってみることもできますので、ぜひ一度ご案内させてくださいね、なんだか無理矢理ほめさせてしまったお詫びに」
「いえそんな。あの、モルズベリー様、私、不勉強で、何か失礼なことを申し上げたのだとしたら、大変申し訳ございません」
モルズベリー様は頬を緩ませたまま私を見た。
「正直なご令嬢に正直を言いますと、確かに一般的な返答ではありませんでしたが、失礼だとは思いませんでしたよ。むしろ、構図だの配色だの、絵が象徴する意味だのばかりを考えていた自分に気付かされました。素直に鑑賞されたルルーシュ嬢は、絵画の本質を理解されていると思います」
「まさかそんな。私はその一般的な回答の方を身につけなくてはなりませんのに。申し訳ありません」
「?……僕はなにか、謝罪していただくようなことを申しましたか?」
「私も、無理矢理ほめていただきましたから」
モルズベリー様はまたあんぐりとしてから、無理矢理じゃありません、と朗らかに笑った。
「大変楽しい時間でした、ルルーシュ嬢。来月、僕はまた絵画展に出展しますので、ぜひおいでください。鑑賞のコツや一般的な回答の仕方をお教えしましょう」
別れ際、モルズベリー様は私を馬車からエスコートしてくれながら言った。社交辞令と取った私はただ微笑み、送ってくれたお礼を言った。こういった場合、家人は玄関ホールで客人を出迎えなければならないが、お義父様が不在の今、取り仕切るべき母さんは顔を出してもいなかった。モルズベリー様はなにも言わなかったけど、おばさまの侍女さんは眉をひそめていた。ごめんよ、侍女さん。
モルズベリー様がお帰りになった後で、この侍女さんとは、「ウチの馬車で送らせる」と「いいえ歩いて帰ります」とで懐かしの押し問答をした。友達とランチに出かけて誰が払うかレジ前でよくやったアレみたいだ。が、送っていく途中で寄り道して、私が好きそうな侍女さんおすすめのお菓子を買って御者に預けてもらう事で落着した。よっし、お菓子だー!
「ジョシュに、ジョシュア・モルズベリーに、ここまで送ってもらったらしいな、ルルーシュ嬢。彼はなんと?」
夕方になってからやっとサラお義姉様を連れて帰ってきたブルックスリスト様は、玄関ホールで出迎えた私に声をかけた。
「なんと、といいますと?なにか、まずいことでもバラされなかったかということですか?ブルックスリスト様。「悪友」でいらっしゃるそうですものね?」
ブルックスリスト様は苦笑し、目をすがめてこちらを見た。
「彼自身のことは、なにか?」
「え?いえ、作品のこと以外は特に。私も、お尋ねしませんでしたし」
ブルックスリスト様はやれやれと頭を振った。
「相変わらず年寄りじみているな、どうせ『危ないことは怪我のうち』とかいうんだろう?」
「……。そうですね。『君子危に近寄らず』です、庶民の知恵です」
「君子?なんだ?」
「つまり、危険とか面倒ごとは、できるだけ距離を取ることが肝要なんです。巻き込まれたら最後、どんなに理不尽でもペッシャンコにされるのか庶民です」
全国の九割を占める庶民仲間のみんな、これで貴族の皆様が、庶民は全員年寄りじみてると思ったらごめん。
「モルズベリー様はどうやら高位貴族のようですし、高位貴族は厄介ごとの代名詞ですから」
ブルックスリスト様は呆れたようにため息をついたがそれ以上追求しなかった。
「ジョシュの様子はどんなだった?元気だったか?」
「どこかお悪いのですか?始終、お元気そうで、楽しそうに笑っておいででしたけど……」
ブルックスリスト様が驚かれたので、私まで驚いてしまった。
「あいつが、笑ってた?微笑んでたってことか?」
「いえ?声をあげて笑っておいででしたけど」
「……ルルーシュ嬢。君、彼になにを言ったんだ?」
私は一生懸命考えた。別に、変なことは言ってない、はずだ。
「特にこれといって……。一番印象に残った絵を聞かれたので、果物の絵が美味しそうでしたと答えましたが……」
ブルックスリスト様はガックリと脱力した。
そ、そんなにまずいこと言ったのか!?ヤラカシたのに、なにをヤラカシたのかわからないって、めっちゃ怖いんですが!?
「……よくわかった。そういうことか」
ブルックスリスト様は、まるで初めてみるかのように私をしげしげと、そしてたっぷりと眺めた後に言った。
「ど、どういうことなのです?教えてくださいませ、ブルックスリスト様!」
「いや、気にしなくていいよ。要は、あの方は複雑な立場にいるけど、私を含めたあの方の「悪友」たちは、彼に楽しく平穏に過ごしてもらえたらいいと思っているんだ。君が彼を笑わせてくれたのなら感謝するよ、ルルーシュ嬢。ジョシュの事情が本当に気になるなら、本人に聞くといい」
「いえその、お会いすることはもうないと思うのですが?」
「そのうち、顔を合わすこともあるだろうからな」
そういうものなのだろうか?もし本当にお会いできたら尋問、違った、お尋ねしてみよう。
ーーーーーーー
ありがとうございました。
次回は来週末に更新の予定です。
それではまた来週!




