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第4話 ジャイアントゴブリン

 私はどうなった? 地面に突っ伏している。口の中がじゃりじゃりする。体が重い。ゴブリンの笑い声が聞こえる。そうだ、助けないと。立ち上がろうと頭を上げる。だがゴブリンに踏みつけられて額を強打する。


 馬鹿にしやがって。私は体に力を込め一気に立ち上がろうとしたところで、顔に何かが投げつけられ、口にそれを押し込まれる。


「うおぇぇええええええ」

「キャヒャヒャヒャヒャ」


 強烈な苦みと臭いで朦朧とする。ゴブリンの糞尿を食わされた。薄れゆく意識の中で身ぐるみを剥がそうと体中をひっかくゴブリンの爪の感触だけが鮮明に刻まれていく。


「くそっ。やめろよっ」


 突如、閃光が空間を裂き、轟音が耳をつんざく。足音が近づいてくる。そしてたちまち体が軽くなって、聞き覚えのある声がした。


「だだだだ大丈夫?」

「ミーナぁぁぁぁ。むーっ、遅いですよぉぉぉぉ」


 私は深い安堵と共に、涙が込み上げてきた。上体を反らせて身の回りの状況を再確認する――。後の3人を助けないと。だが、体中がヒリヒリと痛み、立ち上がれない。


「私は他の人を探しに行きます。アリスちゃんは先に逃げてください」

「この巣は何か変です。私も一緒に行きます」


 そうは言ったものの体は動かない。ミーナの姿が昔の父に重なりフラッシュバックする。置いて行かれるのはもう嫌なのに……。


 その時ふとタバコ屋に貰った噛みタバコを思い出した。勇猛果敢(ブレイブハート)の噛みタバコだ。


 私はそれを嚙みちぎった。薬草のピリリと痺れる刺激が意識をはっきりさせる。私はもう弱く幼い守られるだけの子供ではない。


 私は立ち上がり、打ち捨てられたロングソードを拾った。武闘家の女が回復薬を剣士の男に飲ませている。ミーナはそれを心配そうに見る。


「あああああの、動けますか」

「――っ。……がぁぁぁあああ! ジョゼ! ハンナ!」

「あああ、一応みなさん助けました。剣士さんは動けない神官さんを連れて外に逃げられますか」


 剣士を打倒した巨大な(ジャイアント)ゴブリンはミーナが発生させた閃光と轟音で気絶しているようだった。


「あんたのことを弱っちい引率だと言って悪かった」

「あ、謝れて偉い、です」

「馬鹿にしてんのか。いや、悪い。ありがとう」


 剣士が武闘家に肩を貸し、神官を背負おうとしている。私はパーティーが裏を取られた状況をミーナに説明しようと話しかけた。


「ミーナさん、さっきはゴブリンがどこからともなく現れて――」

「元凶、見つけました。行きます」


 ミーナはそう小声で言い残し、気絶したジャイアントゴブリンの横を猛スピードで駆けた。本当に自由な人ですね。私は彼女が見えなくなる前に光源を生成する。


「《火よ、その灯りを以て、我が道しるべとなれ。燭光(キャンドルライト)》」


 私が呪文を唱えると洞窟の壁面にぽつぽつと小さな明かりが灯り、ミーナの姿がぼんやりと確認できた。そう遠くはない場所で何かと戦っている。


 刹那、その敵から真っ赤に燃える槍が飛び出す。ミーナはそれを走りながら地面すれすれまでしゃがんで躱す。炎の槍はそのまま壁を穿ち、洞窟内が一瞬昼のように明るくなった。


 ミーナの戦いに見惚れていると後ろでドスン、と大きな音がした。


 ジャイアントゴブリンが戦闘の衝撃で目を覚まし、こちらに走ってくる。一挙手一投足が地面を揺らす。


「アリスちゃん!」


 ミーナが心配そうな声を上げる。


「大丈夫です。私に任せてください!」


 なんの根拠もない。多分大丈夫ではない。《ブレイブハート》の噛みタバコのせいで勝算もないのに戦って死ぬかもしれない。だがしかし、ミーナを一人にして逃げるより戦って死んだほうがマシだ。


 アリスはジャイアントゴブリンに負けじと、ロングソードを縦に構え正面衝突の覚悟で走り出す。迫る両者。


 先に立ち止まったのはゴブリンだった。大岩ほどある拳を大きく振りかぶって殴りかかる。アリスは拳が当たるほんの少し前を見計らい、魔力強化全開で前に踏み込んだ。


 振り下ろされた拳はアリスの黒髪を擦り地面を割る。飛び散った破片がゴブリンの足元に入り込んだアリスに刺さる。だが彼女はそれごときではひるまない。アリスの低い身長を補って余りあるロングソードの切っ先でゴブリンの右内腿を引き裂く。崩れ落ちるゴブリンの股の下をスライディングしその背後を取る。


 アリスはバックスタブで決めにかかる。しかし、ゴブリンはぎぎぎと上体をねじりアリスに裏拳を振りぬく。アリスは剣を盾にしてそれを受け止める。が、勢い余って後ろに吹っ飛ばされ、水切りの石のように地面をバウンドする。


 危うく受け身も取れず顔から地面に突っ込みそうになったところを、駆けつけたミーナに優しくキャッチされた。


「ミーナ?!」

「ち、血だらけ、だよ? だだ、大丈夫?」

「返り血ですから」


 ミーナはアリスの無事を確認するとその場から姿を消すように駆け出した。もう一体の敵へ閃光のように駆け、音より速く剣を振るう。ミーナの片手剣がその敵を捕らえたと思った刹那、敵は姿を消した。


 あまりにレベルの高い戦闘に呆然としていたアリスの後ろで、カラカラと軽い音がした。


 アリスは振り返る。魔術師だ。ローブから覗く髑髏の眼底に魔石がギラリと光る。リッチだ。先ほどからミーナが戦っているのは、ワープを駆使して相手を翻弄するアンデッドモンスターだ。

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