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第2話 冒険者ギルド

「よう! 不良少女、また借金のカタに怪しいタトゥーの実験台にでもなったのかよ」

「……」

「おーい! チビ助」

「……ってチビ言うな!」

「おい、緊張してんのか、アリスちゃんよ」


 私が思春期の初めの頃からお世話になっているタバコ屋の店主が露店の陳列台に身を乗り出して声を掛けてきた。


「緊張なんてしてませんよ。なんですか、私急いでるので」

「まぁそう言うなって。ほれよ、お前冒険者やるんだろ」


 店主はそう言うと、ぽいと緑色の草を固めたブロックを投げ渡した。


「騎士に捕まりますよ」

「ちげぇよ。《ブレイブハート》の効果がある魔法薬草の嚙みタバコさ」


 店主はタバコの葉をほぐす作業に戻る。


「お金持ってません」

「試供品よ。俺から借りた借金返す前に死ぬなよ」

「善処します」


 店主は「けっ」と笑いタバコの葉を丸める。緊張しないわけがない。追い出されない程度に人に迷惑を掛けながら過ごしてきたはずなのに町の人たちは私のことを気にかけていて、私もそれに応えたいと思ってしまっているのだから。

 

 市場を抜け、見慣れたレンガ造りの町を歩く。今日は天気が良かった。


「よう、悪ガキ」

「げ、もうタトゥーの実験台はこりごりですよ。痛いのやだし」


 顔全体がタトゥーで覆われた派手な痩せ男が店の戸を開け、手を振っている。この男は魔石を混ぜたインクで魔法陣を体に刻むマジックタトゥーの彫師だ。私がギャンブルで擦って作った借金を返済するために、新しい魔法陣(デザイン)の実験台になったことが3回あった。最後は先週だ。


「ちょっと右腕だせよ」


 男は私の腕を掴んで半袖を捲り、二の腕に大きく彫られたトライバル柄のタトゥーをまじまじと観察した。


「こんなに大きいって聞いてなかったんですけど。なんの魔法ですか」

「……あー、それは秘密だ。触んじゃねぇよ。左足首の《ぬかるみ生成(クリエイトマッド)》と左手首の《石つぶて(ストーンブラスト)》の調子は?」

「日々の鍛錬では無詠唱で発動出来てます」

「日々って真面目かよ、タトゥーだらけの不良少女のくせに。他のデザインも研究中なんだが、やってくか?」

「痛いのはもう十分です。まぁ、お金のこととか冒険者のアドバイスとか、その、いろいろ感謝はしてない訳じゃないんですけど」


 彼は「ひひっ」と陰湿に笑い、私の目を見て話を続けた。


「ああそうだ、冒険者がうまくいかなかったらウチに働きに来い」

「私細かい作業苦手ですよ」

「彫師は根気よ。まあ、冒険者が上手くいくことに越したことはねぇがな。お友達が待ってんだろ」

「あ、そうでした。それじゃあ!」

「ああ、転生者に気をつけろよ」


 彫師の男は自分のアトリエの戸を開けながら、もう片方の手をプラプラさせている。私はそれを横目に冒険者ギルドへと急いだ。淡い赤レンガ造りの大きな屋敷が冒険者ギルドだ。冒険者ギルドの戸は開け放たれていて、パーティーが今日こなすクエストを物色していたり、併設された食堂で出不精の冒険者が朝から酒をあおっていたりしているのが見える。


「ああああアリスちゃん」


 ギルドの受付の前で赤毛のポニーテールにモフモフの犬耳を生やした半獣半人の女性があわあわしながら私を待っていた。彼女は私より頭1つ分背が高い。


「どうしてミーナ先輩の方が緊張してるんですか」

「ああああの、ありありアリスちゃん」

「はい」

「お誕生日おめでとうございます!」


 そう言うとミーナはポケットから大粒の飴玉のようなものを取り出し地面に叩きつけた。その瞬間、冒険者ギルドは閃光に包まれた。


「うわああああ」

「おい、何だ! 何が起こった!?」


 冒険者ギルドに怒号が響く。


「ずずずずずびまぜん、間違えました」

「先輩、落ち着いてください」


 ミーナ先輩はたまに奇行に走るのが玉に瑕だ。すごく強くて綺麗なのに変人なのである。冒険者ギルド内で閃光球を爆発させるヤバイ人ではあるが、私は彼女にあこがれて冒険者になろうと思ったのだ。


 いきなりの出来事にいきり立った冒険者達は、ミーナの奇行が原因と分かると「不良コンビがよ」やら「イカれてんのか」やら好き勝手言いながら元の作業に戻っていった。ミーナは断じて不良ではない。私の友人だから誤解されているが極度のコミュ障なだけなのだ。


「先輩、今日はどうしたんですか」

「た、誕生日はサプライズがいいってリリカちゃんが言ってたので」

孤児院(うち)のリリカに責任押し付けないでくださいよ」

「うび、私はクズですごべんなさい。あの、これ受け取ってください、すみません」


 ミーナはポケットをガサガサ探り、1本の紺のリボンを取り出した。


「これは?」

「う、後ろ向いてください」


 ミーナは受け取ってくださいと言ったくせに私の手からリボンをひったくり背を向けさせた。ミーナの固くて暖かい手が首筋を伝う。ミーナは手際よく私の長い髪をリボンでまとめた。


「アリスちゃんの目の色と同じ色のリボン……です」

「ちょっとキモいですね」

「ふぇ?!」

「へへ、冗談ですよ、ありがとうございます、一生大事にしますね」


「おい! なんかあったのかよ」


 自分と同い年ぐらいの茶髪の少年がギルドの装備倉庫から剣を持ち出しながら呼びかけてきた。その後、神官姿の金髪の女と背の高い武闘家の女が続いて備品置き場から姿を現した。


「皆さん揃いましたね、こちらに集合してください」


 ギルドの深緑の制服を着た受付嬢が受付の長机をくぐってミーナの側に立った。


「本日冒険者になられる4人にはミーナさん引率のもとオリエンテーションとして薬草採集のクエストに参加していただきます」

「こんなビクビクして弱っちい引率なんていらねぇよ」


 ミーナの実力はこのガキ共の想定の10倍はあるだろうが、私がそう反論してもミーナは気まずくなってどこかに逃げてしまうだろう。私が茶髪男にガンを飛ばしていると、彼は露骨に目を逸らした。


「そ、そうだろ、ジョゼ」


 男はうろたえながらジョゼと呼ばれた神官女に話題を振る。みっともない男ですね。


「ええ、私たちは既に村に出たゴブリンを10体以上は倒していますし、薬草採集ぐらいなんでもありませんよ」

「それは当ギルドとしても頼もしい限りですが引率は規則ですので。それでは顔合わせも済んだので早速出発をお願いします、ミーナさん」

「うわわわわふぁい。そ、それでは皆さん、楽しい薬草採集に、しゅ、出発でーす?」


 ミーナは凍り付いた空気から逃げるように冒険者ギルドを後にした。ミーナの速すぎる早歩きに、皆は着いていくのに精いっぱいで、彼女がぼそぼそと口走っていた薬草の説明は聞けやしなかった。しばらく進むと道は細くなり、獣道になり、私たちは下草の生い茂る森の中を歩いていた。

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