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第1話 アリス

 燃え盛る王城の炎の中に仁王立ちする父の背が見える。


「嫌ぁ!!」


 父は振り返らずに指輪を投げた。それを私の腕を引く勇者が空中で受け取る。


「幼き勇者よ。アーサーを!」

「必ずや」


 私を掴む勇者の手に力が入る。


「離して! 私もお父様と一緒に――」

「ならん、我が娘よ! 王となれ。生きて、生き延びて王となれ」


 同じ5歳とは思えないほどに勇者の手は振りほどけない。どんどん父の背が遠ざかっていく。強い父も優しい母も、全てが炎に包まれる。父は振り返ってこう続けた。


「われらが先祖、覇王が始めたこの因果――」

「嫌、お父様ぁぁぁぁ!」

「お前が新たな覇王となり終わらせるのだ」


 勇者は私を王城の脱出口へ強引に引っ張る。嫌だ、離れたくない。


「来たか、転生者よ。我は騎士王なり! ただで通すとは貴様も思うまいて」


 私も父と共に戦いたい。そんな思いとは裏腹に転生者の存在感に慄然とする。姿は見えないのに、溢れる魔力は頭を引き裂くような痛みを与える。父が相対する怪物への恐怖が逃げろと言っている。


 気が付くと私は崩れかけの王城を勇者に連れられ無我夢中で走っていた。


 走って走ってどのくらい経ったろうか、汗だくになりながらも王城の脱出口の洞窟に辿り着いた。


 勇者は立ち止まる。そして私に指輪を差し出した。


「これを。貴方の金色の髪は目立ちすぎます」


 あまりの出来事に息をすることもままならない中、私は言う通り指輪を左の人差し指に着けた。すると勇者の瞳に映る私の金の髪が次第に黒く染まっていった。


「これから貴方はアリスとして生きてください」

「……お母様とお父様は?」

「分かりません。ですがあなたは、アリスは生きなければなりません」

「生きて何の意味があるのです」

「それが騎士王陛下のご命令です」


 私だけが生き残ったとてそこに意味があるのだろうか。


 私は勇者に連れられるまま城下町外れの森に出た。行き当たった旅の商人に衣服を売り、馬車を乗り継ぎ王都から辺境の町へ落ち延びた。勇者は私を教会の孤児院へ預け、それから姿を現すことはなかった。


 5歳で全てを失い絶望した私は自暴自棄になりながらも生きた。生きるしかなかった。それが父の命令だったから。


――――


 そして10年が過ぎ、15歳の誕生日を迎えた。


「ふわぁ、寝過ごしました」

「アリスお姉ちゃんはまた夜更かしですか」

「立派な仕事ですよ」


 食堂の長机に置かれたパンをほお張ろうとすると、脳天に衝撃が走った。


「いっったい!」

「噓おっしゃい、この不良少女が」


 声のする方に振り返ると鞘に入った長尺のロングソードを肩に乗せた老けたシスターがいた。彼女は孤児院の世話係で教会のシスター長だ。


「シスター長ともあろうお方が預かる孤児をぶっ叩くなんて」

「孤児院は14までだよクソガキ。今日の朝食は15の誕生日の餞別さね。さっさと食って二度と帰ってくんじゃないよ」


 シスターはロングソードを机にドンっと雑に置いた。


「ばぁばは厳しいね。うわ、おねぇちゃんこの剣、私よりおっきい!」

「リリカはせめて私よりは大きくなれるといいですね」


 剣の柄には木の札が括られていて、そこには「アリスへ」と刻まれていた。


「おねぇちゃんは栄養が全部胸にいったからバカでチビだってばぁばが言ってたよ」

「あのばばぁ」


 私はロングソードを鞘から少し引き抜きその刀身を眺めた。そこには15の割には童顔の私と、それより幼いおさげ姿のリリカが映った。


 咥えたパンを口に詰め込んで、ロングソードを小わきに抱え立ち上がるとリリカが待ったをかけた。


「おねぇちゃん! そういやシスターが教会の服は全部置いてけって。シスター服で外をうろつかれたら悪評が立つからって」

「裸で追い出す方が悪評立ちませんかね」

「ちょっと待ってて」


 リリカは「にしし」と笑いながら部屋へ小走りに帰っていった。そして大きな包みを持って帰ってきた。


「アリスおねぇちゃん! 誕生日おめでとう! これみんなでお金貯めて買ったんだよ」

「え!?」


 包みには皮鎧と半袖半ズボンの麻服のセットアップが入っていた。


「おねぇちゃんは特別チビだから特別な小ささで作ってもらったんだよ」

「チビ言うな。リリカ、その、あ、ありがとう、です。他のみんなにも」

「おねぇちゃん、お礼言えたんだ~、えらいね」

「うっさい。それじゃあ行ってきます。リリカは私みたいな不良になっちゃダメですよ」

「ならないよ! いってらっしゃい! 貴方の旅に大地の加護があらんことを」


 ロングソードにハーネスを取り付け左肩に背負う。私の背丈より少し長い剣がちょうど地面に着かないように調整されている。私は予想だにしない期待を背に冒険者ギルドへの道を歩き出した。

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