【落語】ちくわの穴
いろいろガバガバです。ベタです
熊さんが昼間っから家でごろ寝を決めていますと女房のお小言がはじまりまして。
「あんた昼間っからごろごろしていて邪魔なんだよ。仕事はどうしたのさ」
「仕方ねえだろ、仕事がねえんだから。それより腹減ったな、めし用意してくれよ、めし」
「ご飯なんかあるわけないだろ、すかんぴんなんだから」
「なに、めしを買う金もねえのか」
「あたりまえだろ、仕事行ってないんだからお金なんかないよ。どうすんのさ」
「この前の給金はどうした」
「ばか言ってんじゃないよ。あんたが博打でぜんぶすっちまっただろ」
「もう残ってないのか、参ったなあ。腹が減ってこのままじゃ死んじまうぞ」
「参ったはこっちの台詞だよ、しょうがないねえ。じゃあ、あたしはお千代さんの所にいってお米を借りてくるから、あんたはこれでおかずを買ってきな」
そう言って懐から一銭を取りだしますと熊さんに渡します。
「なんだよ、あるんじゃねえか」
「言っとくけどそれが最後のお金だからね。もうないんだからね。ちゃんとおかずを買って来ておくれよ。寄り道するんじゃないよ」
と言いますと、そそくさと鍋を持って出かけます。
「うるせえなあ、子どもじゃねえってんだ。しかしあれだねえ、うちのかみさんはえらいねえ。しっかりもんだよ。ちゃんとへそくりを残しているもんな。おかげで飯にありつける」
などと言いながら熊さんものろのろと買い物に。
鼻歌交じりで熊さんが歩いていますと通りの角を曲がったところでばったりと八つぁんに会いまして。
「おう熊公、散歩か」
「ばかやろう、おめえほど暇人じゃねえよ。こちとら買い物よ」
「なんだ買い物か。ところで熊よ、おめえちょっと賭けをしないか」
「勝負したいのはやまやまなんだけどよ、元手がねえんだよ」
「買い物に行くって言ってたじゃねえか」
「うん、めしのおかずを買いに行くんだけど、ぎりぎりしか持ってねえんだ」
「しけた話だな。だが熊よ、ここで勝負に勝てば倍の量のおかずが買えるぞ。しかもおめえ、最近賭場で負け続きだろう、そろそろ運が向いてくるころじゃねえか」
「それもそうだな。うん、わかった勝負に乗ってやろう。で、どんな賭けだ」
「そうこなくっちゃ。そうだな、あそこに犬がいるだろ」
「犬、あああれか赤犬がいるな。それがどうした」
「あれが雄か雌かを賭けるってのはどうだ」
「雄か雌か、か。いいぞ。乗った」
「じゃあ俺から決めるぞ。ええと、決めた。雄だ、俺は雄に賭ける」
「よし、じゃあ俺は雌だな」
ふたりで犬の所に行きますってえと、八つぁんがよしよしと犬の首根っこを押さえている間に熊さんがまたぐらを覗き込みます。
「ありゃあ、ぶらりと立派なのがついていやがる。雄だな畜生め」
「へへ、俺の勝ちだな。わりいな」
八つぁんは熊さんのなけなしの一銭をもぎ取るととっとと立ち去ってしまいます。
「あーあ、持っていきやがった。しかしついてねえなあ」
熊さんが悔しがっていると常磐津のお師匠が通りかかります。
「おや熊さん、どうしたんだい、こんなところでぶつくさ言って」
「あ、これはお師匠。どうもこうもないんですよ」
熊さんは賭けの顛末を聞かせます。話を聞いたお師匠さん、笑いだして。
「馬鹿だねえ。騙されたんだよ」
「騙された。といいますと」
「あの犬だろ。最近八五郎さんの長屋に居座ってるんだよ。だから雄か雌かなんてはなから知ってたに違いないよ」
「ほんとですかい、畜生あの野郎はめやがったな」
「これに懲りたらもう賭けもほどほどにしておきなさいよ」
「へい、面目ねえ」
「それにしても弱ったなあ。なけなしの金を賭けですったなんて言ったらかかあに殺されちまうし」
途方に暮れてぶらぶらと歩いていますと、練り物屋の前に着きました。
「おう、おやじ」
「へいらっしゃい。何を包みましょう」
「このちくわ幾らだ」
「まいどあり。一皿三本で一銭でございます」
「ならちくわの穴は幾らだ」
「へっ。なんですか」
「ちくわの穴だよ。幾らなんだ」
「弱ったなあ、変な客が来ちゃったよ。ちくわの穴ですか」
「そうだ、穴だ」
「でしたらただでいいですよ」
「本当か、ただでいいのか。よし買った。一皿三本分包んでくれ」
練り物屋の店主は怪訝な顔でちくわの穴を紙で包むと熊さんに渡します。熊さん、それを受けとるといそいそと家に帰りまして。
「ただいま」
「遅かったね、道草食ってたんじゃないだろうね」
「ちょっとおかずを選ぶのに手間取っちまってな。ほれ買ってきたぞ」
「お疲れ様。で、何買って来たんだい。やけに軽いね。あれ、中身入って無いじゃないか。どうしたのさ」
「入ってるぞ、しっかり見ろよ」
「見ろよって言ったって、空なもんは空だよ。どうしたの、落としてきちゃったの」
「そこにはちくわの穴が入ってる」
「なに」
「ちくわの穴。一皿三本で一銭きっかり」
「なるほど、そういうことね。じゃあすぐにご飯の支度をするから」
てっきり怒られると思っていたのがあっさり受け入れられて拍子抜けの熊さん。どうしたんだろうと頭を捻っていると。ご飯が炊けたよと女房の声。だけどかみさんの膳には炊き立てのご飯と沢庵があるものの、熊さんの膳には空のお皿がひとつだけ。
「なんだよ、俺の飯はねえのか」
「あんたにはちくわの穴を煮つけてあげたよ。あたしの分もあげるから、存分にお食べなさいな」