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歌舞伎 藤大樹  作者: 八雲之阿国/吉良リクア
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第一幕 出会い


 ピンスポットが一旦消え、花道に当たる。

 いつの間にか役者がひとり。

 走る、というスローモーション。

 ドン、ドン、と太鼓の音。

 一般人役の役者は実際に前に進んでいるが、通常より尚遅い。

 ドン、ドン、ドン、ドン。

 鼓動と足音の速さをあらわしている、太鼓。

 ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドンドンドンドンドンドンドンドン。

 役者が一枚上着を脱ぐと、同じ色の着物が出てくる。

 背中にななめに赤い柄。

 転びそうになる役者。

 そのまま走り出す。

 太鼓もそれに合わせて早くなる。

 役者は正面から左の舞台脇に退場。


 その役者と入れ替わり、二人の人物が登場。


 三叉路橋を正面から右よりまでに来た所で立ち止まる。

 一方は長身。

 茶色の短髪。

 抹茶色の狩衣、紺色の袴、鮮やかなオレンジ色の紗布をかぶっている。

 袖くくりもオレンジ色だ。

 紗布を少し上げると、緑色の隈取りが見える。


藤美禰ふじみねさま、これが噂の藤大樹ふじたいじゅだそうで」


 一方は少年。

 白い髪。

 白水干には菊綴、赤い筆化粧(ふでげしょう)がされている狐の面をかぶっている。

 面を取ると、赤いアイシャドーをした少年の顔が見える。

 藤を見上げ、少年は口を開く。


「ほう、これか・・・美しいのぅ・・・」


 花道。

 五人の化け狸が足並みを揃えて舞台にやって来る。

 踊っているかのように見える。

 黒と茶色を基調とした着物だ。

 腰のうしろについた、尻尾を模した珠綴りが揺れている。

 下駄をはいていて、小気味良いリズムを出している。

 舞台に到着。

 藤美禰と従者を見つける。

 はないちもんめ、を思わせる動き。


「狐じゃ、狐じゃ」

「どうしてくれよう?」

「どうしてくれよう?」

「『かりき』ではなく、よかったなぁ」

 藤美禰が聞き返す。

「かりき?」

「藤についとる化け物じゃ~」


 藤美禰は袖に隠していた扇をおもむろに取り出し、ひとあおり。

 風が起こったかのように、狸たちは倒れる。

 慌てて逃げ出し、右往左往。

 互いにぶつかって転げたりしながら、三叉路橋を別々に退場。


 藤美禰と従者は至って冷静。

 藤美禰はチラつく藤色の紙吹雪に、手をかざしてみる。


「帰るか・・・山茶花彦やさかひこ

「もうよいので?」

「明日もまた」

「仰せの通りに」

「ああ。しかし、少し休んでいこう。枝が欲しい」


 二人は優雅に正面から右に、用意された木の根を表した階段に座る。


 正面から左。

 黒い衣冠を着た人物が登場。

 頭に椿の花が飾られている。


 舞台の左側で立ち止まる。


 橋の欄干の裏に隠れている黒子が、差し金で蝶を数匹、周りに飛ばす。

 紗布でできた、透明に近い蝶だ。

 戯れている。


 藤美禰は立ち上がる。

 階段の死角に隠しておいたパワーストーンでできた藤の枝を持っている。

 少し遅れて山茶花彦も立ち上がる。

 約束していた相手が来たかのように。


 移動。

 

「良い夜ですなぁ」

「ええ、まったく」

「そなたは陰陽師?」

「こなたは・・・」

よわい千年、白狐しらぎつね、藤美禰と申す」

「そうか」

「退治せなんだか?」

「せぬ」

「なぜに?」

「いらぬ殺生せっしょうこのまぬ」

「なぜにそのような姿をなされている?」

「双子の兄のかわり・・・ここであやかしに殺められたとか。毎晩のよう、供養に来るのです」

「それはそれは。失礼を」

「いいえ。事情を知らなかったのですから」 

「女の陰陽師とは」

「普段は隠しているのです」

「それにしては、色香のにおい・・・名前を聞いてもよろしいですか」

椿輝つばきと申しまする」

「つばき。誠、良い名じゃ」

「恐悦至極」

「明日も来られますか」

「ええ」

「では、また明日にお会いできますか?」

「ええ、えにしがあれば」

「縁・・・」


 椿輝に見とれていた藤美禰は持っていた藤の枝を思い出す。

 それを椿輝に渡す。

 合言葉。

 いつものように。


「わたしはあなたを歓迎します」


 椿輝は微笑う。


「ほんに、おおきに。ではまた、明日に」

「ええ、明日に」

「明日に」


 藤美禰はきびすを返し、正面から右に、山茶花彦を連れて。

 椿輝は反対側に向かって歩きだす。

 はける。

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