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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

本が好きな私と、好きなものがないあなた。

作者: あおいつき


「あの、静かですね……」


「書店ですからね、当然です」


 それっきり、私も()()も黙ってしまった。

 私は東堂(とうどう)虎子(とらこ)。かの有名な藤堂高虎にあやかって女傑に育って欲しいという願いを込められてこんな名前を付けられたけれど、両親の期待とは裏腹に文学少女になってしまった高校一年生だ。

 休日の日課である書店巡りを今日もまた欠かさない。けれどもこの日に限っては目の前にいる女性──西園寺(さいおんじ)(のぞみ)先輩と、()()()()()をしていた。


「……」


 黙り込んで本の世界に没頭する彼女に、私は目を奪われる。

 いつもなら時間を忘れるほど夢中になって本を読めるのに、西園寺先輩が隣にいるだけで手に握っているそれはただの文字の羅列と化していた。


 西園寺先輩は私達の学校の王子様だった。

 黒髪のショートヘアもそうだけれども、女性らしさ溢れる気品もありながら凛々しく整った顔立ちはそんじょそこらの二枚目を軽々と凌駕している。

 それでいて良家の育ち故の品行方正な佇まいや言動も彼女の魅力。それは二学年下である私にも敬語を使ってくれる辺りに表れている。


「……」


 女子校である私達の学校では、そんな西園寺先輩がモテないはずがなかった。

 特に()()()()()()が強かったのもあって、西園寺先輩はモテにモテた。ファンクラブは当たり前に存在していて、毎日のように黄色い歓声を浴びては学校の生徒に囲まれる日々を西園寺先輩は送っている。

 当然、告白だってされる。

 そしてこれも当然、西園寺先輩は断る。

 だけど西園寺先輩は律儀な所もあって、自分の中でとあるルールを決めていた。

 それは''告白をしてくれた子と一度だけデートする''というものだった。


「……あの」


 一度デートをして心が揺り動かされる何かがあればお試しで付き合う、らしい。確信を持って言えないのは、デートの先に辿り着いた人が誰もいなかったから。

 もちろん、西園寺先輩に告白をする人はほぼ全校生徒。よって、デートをする権利を与えられるのは厳正なる抽選によって選ばれた生徒のみ。

 ともすると、私はラッキーだったのかもしれない。入学してから半年にして、先輩とデート出来る権利を手にしたのだから。


「あの、東堂さん?」


 中にはデートをすることが叶わず卒業していった人もいる。それを考えれば本当に運が良かったと思える。

 後はこのチャンスを活かせるかどうかは私次第、頑張らないと……!


「東堂さん」


「ひゃ、ひゃあっ!?」


「本。読み終わりましたけど……大丈夫ですか?」


「は、はいっ! すみません西園寺先輩!」


 転げ落ちた椅子を片付けつつ、西園寺先輩や書店にいる人達に平謝りする私。もちろん、こういう場で騒がしくするのは厳禁で、私の声はどんどんとか細くなっていった。


「は、早いんですね読むの」


「速読術も身につけてますので。それで、次の本はどれを読みましょうか?」


「は、はいっ。次はえっと……これとかどうでしょうか?」


「分かりました」


 私が差し出した本を手に取ると、西園寺先輩は流れるような動きで椅子に座り、繊細な指遣いで本を開いた。

 次の瞬間にはもう本を読むことに集中している。そして、ページをめくっていた。本当に読むのが早かった。

 私も読書好きとして負けないと変な対抗心が芽生えながら、それからは西園寺先輩と同じように黙って本を読み続けたのだった。




「ふぅ、美味しいですね。でも良いんですか? 奢ってもらって」


「はい。そういう約束ですし」


「確かに、そうではありますけど……」


 場所は変わって書店に併設されている喫茶コーナーにて。

 私は涼しい顔をしてブラックコーヒーを飲む先輩に、申し訳なさを感じずにはいられなかった。

 西園寺先輩とのデートで共通するルールの一つに、''デートの際の費用は全て先輩が持つ''というものがある。それによって、西園寺先輩とデートする権利を手にした人はお金をかけつつも色んなアイディアを練った最高のデートプランを考える。

 中には海外旅行に行った人とかもいるけれども、飲み代を奢られるだけで申し訳なく思う小心者の私には真似出来そうにない。海外旅行プランを考えた人には面の皮がどんだけ分厚いんだとさえ思えてしまう。

 確実に甘いはずのカフェラテが西園寺先輩の飲んでいるブラックコーヒーよりも苦いような気がする中、私は話を切り出した。


「それで、どうでしたか? 私が薦めた本」


「あまり響かなかったですね」


「うぐっ」


 有無を言わさぬ即答に、私は平らな胸が傷んだ。デートのルールの一つに''感想は嘘をつかず正直に''っていうのがあるけれども、にしても中々に痛い。耳も胸も。


「よ、よろしければその理由もお聞かせ願えるでしょうか」


「そうですね。恋愛、というものが私にはよく分からないからかもしれません」


「恋愛がよく分からない……ですか」


「はい。私、これまで誰かを好きになったことがないんですよ」


 止めていた手を動かして、再びカップのブラックコーヒーを口にする西園寺先輩。

 一切表情を崩すことがなかったその顔は、今は少し苦味を含んでいるように見えた。


「誰かを好きになったことがない……ですか。これまで、本当に一度もですか?」


「はい。一度もです」


「西園寺先輩は毎日告白されてて、デートにも何度も行ってるじゃないですか。それで、心が動いたことは?」


「ありませんでした。楽しいな、など感じることはありましたが……。何と言うべきか、表面はそうでも心の中心部には届いていない、という感じでしょうか」


「ふむ……」


 本の感想を聞くつもりが、いつの間にか西園寺先輩自身のことに聞き入ってしまっていた。

 けれども、そもそも本の世界に没頭するのも、その中に自分が共感する要素などがあってこそだ。

 今回のデートを、西園寺先輩に本を楽しんで貰うには、まずはここから深堀していかないといけない。


「西園寺先輩、例えば、例えばですよ? 西園寺先輩はどういった人や状況に心がときめきますか?」


「え?」


「私、色んな本に触れてきて、その度に心がときめいたんですよ。自分の知らない世界、それを目にするとドキドキしてワクワクしてたまらない、だから私は本が好きなんですよ」


「自分の知らない世界……」


「はいっ。今回私がオススメさせて頂いたように、恋愛小説が特に好きなんですよ。誰かと誰かが出会い、心惹かれあい、様々な紆余曲折を経て結ばれる。でも、その始まりはそもそもどちらもお互いを知らない状態、お互いがどんな人とか世界を持っているのか知らない所から始まるんです」


 西園寺先輩は言葉少なに聞いてくれていた。私も、不器用なりに私の考えをひたすら言葉にした。


「どんな世界をその人が持っているのか、それは本を読み始めたばかりじゃ全然分かりません。本を一度読み終えても、きっとちゃんと理解は出来ないのかもしれません。だからこそ、私は何度も何度も読み返すんです。好きだから読み返すんじゃなくて、読み返して読み返して好きを深めていって……そうして、心の中心部に好きが届いていく……みたいな感じです」


「……」


「えっと、すみません。意味分からないですよね。こんな話されても……あはは」


 再び訪れた沈黙は、本を読んでいる時よりも重苦しく感じた。時間潰しに最適なカフェラテは、熱意を伝えようとする際に全て飲み干してしまった。

 先輩の表情から気持ちが読めない。まっさらなページのように、全く分からない。

 ……けれども。


「ありがとうございます」


 その瞬間は突然に訪れた。

 西園寺先輩がお礼を言って、微笑みを浮かべてくれたのは。


「えっ? ど、どうしたんですか?」


「私の愚かさを教えて頂けたからです。あなたのような心得が、私には足りなかったのですね」


「へっ……へっ……?」


 西園寺先輩の言ってることに、私はまだ追いつけなかった。

 きっと、先程沈黙している間に頭の中で、いや心の中で様々なことを考えたのだろう。だからこそ表情が固まっていたのだろうけれども、一体何をどう考えたら自分の愚かさに気づけたのだろうか。

 私の疑問に、西園寺先輩は笑顔のまま答え合わせをしてくれた。


「私はこれまで沢山の方から告白を受けて、そしてデートをさせて頂いていました。その理由は、自分の心が動くかどうか……ということもあったのですが、もう一つ別の理由がありました」


「別の理由?」


「それは、''一度だけデートしたのなら、相手のことも十分分かる''という傲りでした。私を好きになってくれた人、デートをしたいと思っている人、その人達の気持ちを裏切る訳にはいかない……そういう思いからでした」


「そうだったんですか……」


「ですが、東堂さんのお言葉を聞いて考えを改めました。一度目で好きにならなければ、心が動かされなければ、それが本当の好きじゃないと……そう決めつけてしまっていました。情けないことです。あなたに諭されなければ気づけなかっただなんて」


 申し訳ない、そういう言葉を使っていながらも、西園寺先輩はどこか楽しげに見えた。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「東堂さん」


「はっ、はいっ!?」


 呼び掛けと共に、両手が何かに包み込まれる。

 温かく、スラリと伸びた指。綺麗で繊細できめ細やかな指。西園寺先輩の指が、私の手を包んでいた。


「私と……付き合ってください。東堂さんの好きな本だけじゃなく、東堂さんの色んな好きなもの、東堂さんの世界を……私に教えてください」



 そして──西園寺先輩は染み入るような声で、私の心の中のページに鮮烈な文字を書き込んでくれたのだった。

 


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― 新着の感想 ―
[一言] 短編という短い物語の中で、二人の女の子の始まりを描く。 この先二人はどうなっていくんだろうと、つい妄想を始めてしまう絶妙な終わり方をする、とても綺麗な百合小説だと感じました。 ラストの幕…
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