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「っち、数が多い!!」


 正門ではカンザネスが孤軍奮闘していた。突然他方から謎の有色光が発せられたかと思えば、それを合図にしたかのように爆発が起きた。崩れたのは正門ではなく、その隣の外壁だった。そこから現れたのは、その爆発を引き起こしたと思わしき集団で。

 統率もまともに取れていない烏合の衆だというのに、多勢に無勢でカンザネスをすり抜けて施設内に入ってしまった者もいる。

 報告を受けていたのは二十人だ。しかし今はそれ以上の数が居た。

 カンザネスが振るっているのは自前の片刃刀。緩い曲線を描くように反っている細身の刀身は、今は血に塗れて赤色に染まっている。地上に降り注ぐ雨が洗い流しても、また新しい赤が銀色を上塗りしていった。

 施設内の入口は一つではない。けれど正門から入口に至るまでの道はひとつだ。ここにさえ立ち塞がっていれば、侵入者はカンザネスを相手にするしかない。侵入を最小限にしさえすれば、仲間が来てくれるはず。

 早く、来い。

 早く救援に来い。

 祈るような思いで、カンザネスは尚も敷地内に入り込もうとする不埒者達を切り捨てていた。けれど武器はひとつ、カンザネスも一人。やがて切り捨てる数よりも彼をすり抜けて侵入する外敵の方が増えてきて。

 その外敵が十を数えた時、カンザネスの背後から何かしらの殴打音が聞こえて来た。


「っらあああああああ!!」


 それは女性の声であった。淑やかさの欠片も無い、この施設には似つかわしくないようながなり声。

 侵入者たちが足を止める。そして、カンザネスの背後にいる何かを見ていた。

 何かが背後から投げ捨てられる。その影は彼の視界の端、侵入者側へと放り出されている。人の形をしていると気づくのは、一拍遅れて。


「すみません、遅れました」


 隣に誰かが立った。


「……遅くなった」


 逆隣にも、誰かが立つ。

 それは裏門の制圧に行ったジナードとミュゼだと気付いたカンザネスが笑みを深める。

 救援だ。一人では侵攻を防ぎきれなかったが、二人以上なら守れるかも知れない。ジナードの腕を知ってはいるが、ミュゼも腕に覚えがない訳ではないらしい。


「ジナード、施設内に侵入された。数は恐らく五」

「もう? カンザネス、腕訛ってない?」

「仕方ないだろう、こっちは一人だったんだ。お前が来たなら安心して任せられる。お前が中の侵入者を片付けてくれ」

「……」


 騎士の二人はミュゼを置いて話をしていたが、ジナードはカンザネスの指示に従わず彼の前に立った。


「交代。カンザネスが中に入って」

「……おい!」

「ミュゼさん、彼を宜しく。ここは、僕が」


 ミュゼは頷くだけだ。この場で団子になって戦うよりも、侵入者の排除が先決。それを分かっているから、カンザネスも渋々その場を離れた。


「気ィ抜くなよ」

「分かってる」


 騎士二人の散開の言葉はそれで終わる。走り出したカンザネスの背から離れぬよう、ミュゼも雨に打たれながら走った。


「……僕は、個人的に恨みがあるから……。悪いけど、ここは通してやれない」


 雨を弾くジナードのメイスが、対峙する者達へ向いた。


「僕はジナード・ベルフック。お前達みたいなのと、少し因縁がある男だよ」




 カンザネスとミュゼは施設内に入った直後二手に分かれた。最終合流地点は『反省部屋』の前。

 短い期間ながら、子供達と一緒に暮らした施設内をミュゼは把握している。見通しのいい範囲を任せられたのだが、そのせいもあって侵入者の内二人を締め上げる事が出来た。相手はミュゼを見るなり女だと油断して、決着はものの数十秒でつく。武器さえあれば、ミュゼに勝てる男はそうそう居ないのだ。

 息は荒いものの、無傷で施設内を走るミュゼ。やがて合流地点まで走り抜けると、暫くした後にカンザネスが抜身の刀身に血をつけたまま走ってきた。途中で雨具を脱ぎ捨てたのか、聖職服だけの身軽な格好だ。


「……遅かった、です、ね」

「こっちだって、必死だ、ったん、だ。……良かった、無事みたいだな」


 それはミュゼにも、子供達の避難先にも言った事だ。

 二人とも肩で息をしている状態。ミュゼは雨に濡れた服が体に張り付いていて、見ただけで満身創痍だと分かる。戦えるとしても、元が女なのだ。息を整え始めたカンザネスとは体の作りが違う。


「こっち、ふた、り。たおしまし、たよ」

「無理して喋るな。……こっちも見つけられたのは二人だけだ、まだ他にどこかうろついているようだな」


 施設内にまだ敵がいる。ミュゼの表情が一際険しくなった。


「……こんな時に、あのエルフがいないなんてな。本当、あいつは何しに此処へ来たんだ」


 カンザネスが、今この場にいない者への悪態をつき始めた。それはミュゼだって思っていたけれど、口にしないでおこうと思っていた事。

 アクエリアが居ない。彼に限って何処かへ逃げたなんてあり得ない話だが、火急の事態に余所で油を売られても困る。


「……あいつ、は。……理由なく、どっか、いくような、やつじゃ、ない、です。……ああ、くそ、つかれた……」


 避難先の外側に敵が居ない事に緊張の糸が切れかけ、疲労も相俟ってミュゼがその場に腰を下ろす。げほ、げほ、と何度か咳をして、漸く息が整い始める。

 吸う息に血の味が混ざっている気がした。子供達を育てるには良い環境かも知れないが、敵襲があった時にここまで広いと走り回らなければならないので喉が切れる思いをする。そんなミュゼを見ながら、カンザネスが困ったような溜息を漏らした。


「気を抜くのは後からにして貰えないかねぇ。この状況に加えて君まで守りながら戦うのはこちらとて辛いんだが」

「……私の事なら、お気になさらず。自分の身は、自分で守るよう、教育されております、ので」

「教育熱心な親御さんがいたようでなによりだ。だが、本当に君に何かがあると悲しむんじゃないか?」

「両親は、幼い時に亡くなりました」


 そう告げると、カンザネスの顔色が一瞬で変わる。話の相手がそういう表情を見せるのは初めての事ではないので、ミュゼもあまり気にしない。

 ばつの悪そうなカンザネスは、無言のまま視線を彷徨わせている。孤児の相手をしてきたような騎士でも、一人の親無しの淑女にはどう接していいか分からないらしい。


「親代わりはいましたもので。気になさらずとも結構ですよ」


 戦力に数えられても、一人の女として関わろうとしてくれる彼の態度にミュゼが表情を綻ばせる。酒場に身を寄せてからのミュゼは、男に気遣われるような体験が殆ど無かった。紳士であろうとするカンザネスの姿はミュゼの瞳には新鮮に映って、少しだけ気分も落ち着いてくる。

 この扉さえ守れば、ミュゼ達の勝利。そう思って気合を入れ直すために立ち上がる。


「しかし此処まで来ると静かですね。外の雨、あんなに酷かったのに此処じゃあんまり聞こえない」


 話を変えるために、ミュゼが出した話題は天気と場所の話だ。


「…………」


 その話題転換に、不自然な所は無かった筈だ。しかしカンザネスは何かを感じ取ったかのように黙り込んでしまった。

 ミュゼの耳はエルフの混ざりというせいもあってか聞こえはいい方だ。外の地や建物自体を叩きつけるような音が、小さくとも聞こえている。

 もしかしてカンザネスの耳にはそう聞こえていないのか。そう思ったけれど。


()()()()()な」


 ミュゼも、その一言で気が付いた。同時に血の気が引く。

 聞こえる筈の、聞こえるべき声が無い。

 子供達は浸水の為の避難という名目でこの門扉の向こうにいる。なのに、環境が変わった事で多少ははしゃいでいる声が聞こえない。敵襲があるという事は、大人の口からは聞かされていない筈だ。子供達が自主的に静かにしていなきゃいけないと思う事は、多分無い。――異常事態以外は。


「ミュゼ殿」


 カンザネスが、その時初めて名前を呼んだ。


「武器を構えよ」


 声を潜めたカンザネスは、足音も小さく鉄扉に近付いた。

 この扉さえ守り切れば勝ちだと思った。

 槍を持つミュゼの手に力が入る。どうか、気にしすぎだと誰かに言って欲しかった。


 鉄扉が開いた向こう。広い室内に、雨の湿気が籠った空気。

 子供達の姿はあった。皆一様に座り込んでいる。


「――よう」


 見慣れぬ異質な立ち姿が、同時に目に入った。


「遅かったな、待ちくたびれたぜ」


 新しい手配書にあった人相書きと一致する顔だ。

 ウバライ・ゴーン。

 その胸には一人の子供が引き寄せられている。両手に短剣を握ったそれが、子供の首元に突き付けられていた。


「……っ、オード!!」


 ミュゼは、自分の視覚も、聴覚さえも、与えて来る情報が嘘だと信じたかった。

 短剣を突き付けられているのは銀の髪を持つ子供。

 オードと呼ばれている存在だった。


「かん、ざ、ねす、せん、せ」


 オードが放つ震える声が恐怖を象る。

 他の子供達は、恐怖ですすり泣いているようだった。


「此処まで俺の手間を取らせたのはお前らぐらいだ……。しっかりその分楽しませて貰う事にしようか、なぁ?」


 そう言ってウバライは足元の何かを蹴り飛ばす。施設職員の一人らしく、床に血溜まりを作って動かない。

 他の職員は、隅に集められた子供達を守るかのように背に庇っている。年長の子供達は新生児と思わしき子供を抱きかかえて震えていた。

 ――やられた。ミュゼもカンザネスも同時に歯噛みする。


「俺達をスカイと一緒に、安全に外に出られるようにしろ。でないと、ここのガキ共全員細切れにしてやるよ」


 スカイ、の名を聞いて反射的にミュゼがその姿を探す。

 探す前に気付いた。ウバライの背後に、打ち捨てられた姿があった。黒髪で、空色をした瞳は瞼で閉ざされている。息はまだあるようで、胸元が規則的に上下していたが殴られたような痕が顔にある。


「スカイ君っ!!」


 ミュゼが呼んでも、名前の持ち主は何の反応も示さない。

 その時ミュゼの耳に、別のすすり泣く声が届く。


「……おーどぉ、おーど……」


 それはオードの双子の姉である、エデンの泣き声だった。




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