表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
239/325

ディル二十四歳―2


 『鳥』提案の御前試合は昼前から開会の儀が執り行われる。

 その日一日、見物したい者と仕事に回される者で騎士は二分した。仕事、とは言っても城敷地内で行われる行事なので余程の事が無い限り城内にいる騎士は見学に来る。

 飾り付けなどといった物はなく、無骨な男共が集まるのは広場だ。猫の額のような中庭とは比べ物にならない程に広く、戦争といった折にはここに出陣する全軍が集結する。

 広場の隅には元から用意されている東屋と水路があり、そこには騎士団の四隊長の内三人が揃っていた。

 今回の御前試合用に用意された参加者待機用の小天幕がふたつに医療部隊用の大天幕の骨組がある。大天幕は屋根だけ布を張っているが、下部分は通気が良くなるように柱が剥き出しだ。

 そして大小の天幕は、ある一定の感覚で距離を取って三角形に置かれている。天幕で囲まれた広い範囲が、今回の御前試合の舞台となる。


「……」


 季節は真夏。南の国と比べれば格段に過ごしやすいアルセンの夏だが、この国で生まれ育った者はこれ以上の暑さを殆ど感じず生きて来た。よって、今現在の気候が騎士の国内での限界だ。

 じりじりと頭や肌を焼く炎天下に、日避けの中に入る事も許されなければ騎士といえど平気な訳では無く。


「……暑い……ですね」

「……」


 ディルよりも先に、フュンフが先に根を上げた。神経質な内面をよく表している目元が今日ばかりは苦しそうに細められ、袖ぐりが大きく腕を出せる形の神父服であるにも関わらず肌を晒していないので顔中に汗が浮かんでいる。対するディルはいつもと変わらない神父服をきっちり着込んで、無言で手巾で顔を拭っている。涼し気な表情もいつもと同じ。

 試合の開催宣言が終わるまで、ディルも整列したままだ。他の騎士も口にしないが皆フュンフと同じような表情を浮かべている。 


「……はー」


 東屋では紫煙が一筋舞っていた。

 ダーリャもネリッタも煙草を吸わない。他の者達が列を乱す事を許されない中一人涼しい場所で座り足を組んで煙草を燻らす男は、緋色の髪を肩口で切り揃えた見た目をしている。着ている服は、普通の士官が着る隊服とは少し形が違うが緑色を基調としていた。

 やがてその男が煙草の火を消して、立ち上がる。


「……おいネリッタ、陛下の御準備どうなってる。このままじゃ試合より先に全員倒れるぞ」

「あー? ……そうねぇ、終わってるんじゃない? あ、ほら。幕掛かったわよ」

「お、丁度良いな。んじゃ、そろそろ始めっか」


 ネリッタが指差したのは、広場の上にある城自体。上階はテラスになっており、そこに濃紺の幕が垂れ下がった。

 それを合図に、緋色の髪の男が日光の下に出て行く。テラスの方向に一礼をした後、整列する騎士達の正面に歩を進めた。


「――総員、敬礼!!」


 先程まで煙草の煙を吸っていた唇が、残り香混ざる吐息で号令を出す。

 整列する騎士達が敬礼の姿勢を一斉に取ってから、ダーリャとネリッタも緋色の髪の男を挟むように左右に付いた。

 緋色の髪を持つ男の名はサジナイル・ウルワード。現『風』隊の隊長だ。


「お前らの希望が叶ってか、アルセン神から今日という日を快晴にしていただいた。良かったな、白昼堂々味方に向かって武器を振り回せるんだよ。『鳥』発案御前試合武術演習の開催宣言を、我等が貴き国王陛下より賜れるんだから各々ちゃんと傾注しろよ」


 緋色の髪の男は城の方角へと振り返り、その場に膝を付いた。

 一拍遅らせてネリッタとダーリャが。後はその場にいた騎士全員が同じ姿勢を取る。


「騎士隊『風』隊長サジナイル・ウルワード、陛下寄りの御言葉を賜りたく存じます。アルセンの剣である我々への言葉を以て、開催宣言とさせていただきたい」


 騎士が頭を垂れる先の、テラスの上。

 国王陛下であるガレイス・R・アルセンが見下ろしている。

 その数歩後ろには、金の髪を持つ『鳥』隊長のカザラフ・フレオービーが控えていた。

 そして騎士として叙勲しつつも、上階から見物する事を許された第一王子であるアールヴァリンの姿もある。


「――良かろう」


 国王は一歩前に出る。

 テラスの手摺りに手を掛けて、国の象徴である姿を騎士の前に現した。

 しかし誰も顔を上げない。その姿を許可なく見る事すら不敬に当たるから。


「顔を上げよ。此の暑さ、武具を交えるより先に倒れては叶わぬからな。こうして久方振りの開催になる、皆くれぐれも敗北以外で地に横たわらぬようにな」


 国王の言葉は騎士を心配しているようで、その実自分も暑さにやられかけているのだ。

 言い出しっぺであるカザラフは無言のまま、国王の言葉に耳を傾けている。


「今日は武力に関しては無礼講である。各々地位を持っていようが、この日に限っては武力有る者が勝者だ。存分に戦え。存分に地を舐めろ。ともすれば騎士内の序列さえ変えかねないこの日に、お前達が勝利に吼える姿を見させてもらうことにしよう。サジナイル、始めよ」

「――最敬礼!!」


 号令が出た瞬間に、騎士は再び全員頭を垂れた。

 一糸乱れぬその動きに、ガレイスは肩を揺らし満足そうに笑い、一言付け加える。


「皆の者がこうして時間を割いている。無いとは信じておるが、王国騎士として無様な姿を晒すでないぞ」

「はっ!!」


 騎士達の声が空へと響き渡り、国王はその場から背を向けた。

 先に立ち上がるのは三隊長。騎士達に振り返ると、ダーリャがまず口を開く。


「それでは今一度、会場で観覧する皆様にも説明いたします。それぞれ使う武器は最初に申請してあれば自由です。刃を潰してありますが、素材はそれぞれ本物と同じです。使用武器は事前申請と違わぬ物であるか最初に確認して頂きます。四肢損壊、死亡に到るまでの追撃は厳禁。相手の戦意喪失の意思表示、或いは審判側からの制止命令で試合を終了してください。それを越えての追撃も失格です」

「さて、今からが本番だ。気合入れて行けよ!!」


 サジナイルの号令がかかり、全員が立ち上がるとそれぞれが指定の位置まで移動する。

 ディルは出場者控えの天幕、フュンフはディルの雄姿を見たいがために医療部隊への手伝いを申し出た。そこには『花』副隊長もいて、二人は顔を合わせるなり毒吐き合っている。


「おーおー、お前さんも折角なら出場すれば良かったろうになぁ。くれぐれも邪魔するんじゃねぇぞ、隅で綿球でも作ってろ」

「そちらこそ『花』副隊長ともあろうお方が何故医療部隊の手伝い等されているのですかな? 隊の符号の通り華々しい活躍を期待していたのですが。失礼、貴女には縁の無い話だからこちらに居るのでしたか」

「んだとコラ。作業場天幕の外に用意してやるから、太陽に焼かれて今のお前の発言と同じくらい香ばしくなってろ」


 二人のやり取りは、初めて聞く者にとっては剣呑なものだ。しかし周囲に居る者達は『またやってるよ』とばかりに意にも介さない。

 二人の奇怪なやり取りは騎士であれば見る羽目になる景色で、ディルもこれまで何度となく見て来た。あそこまで気安く話すフュンフの姿は、他で見る事は出来ない。


「……」


 天幕に入ったディルは、不機嫌に椅子へと腰を下ろした。その機嫌の悪さは暑さのせいだと自分では考えていた。

 『月』で支給されている神父服は黒い長袖だ。他の者は隊服をある程度改造したり袖を捲り上げる事もしているが、ディルはそうせず見た目にも重く暑苦しい姿のまま。

 それでこの御前試合を勝ち抜けると思っているのか――。口に出さずとも、大半の者が思っていた。

 遠巻きにされているディルだったが、視線を物ともせず近寄る人物がいた。


「おーい、ディル。お疲れ」

「………」


 袖を捲り上げた緑基調の隊服。無造作に撫でつけた黒髪。わざとらしく大声でディルを呼びながら近寄る男。

 黙って知らない振りを貫いている噂好きな者も、その男が来たのを見てそそくさと退散していった。

 ディルも呼ばれて顔を向けはしたが、相手が誰であるか視認して目を逸らす。


「……お前、それは無いだろ」

「ふん。汝も此れから御前試合に出場するのであろうに、敵情視察にでも来たのか」

「出場する手前あんまり言いたかないが、俺は勝てるか分からないさ。本当は出たくも無かったが、お前が出るからって何か謎の圧力掛けられてな……」

「我が何に出ようと問題は無いであろう。其れとも、汝は圧力如きに屈したのかえ、エンダ」

「……まぁ、優勝に目が眩んだのは間違いないけどな」


 苦笑を浮かべる彼こそエンダ・リーフィオット。

 『風』の現副隊長にして、諜報部隊上がりの男だ。独身だが城下に屋敷を持っていて、女性との浮名が絶えない色男。

 他の者は試合に向けて敵対心でピリピリしているというのに、彼は余裕だった。


「……しっかし、よく出来た対戦順だよな」

「………」


 今回、副隊長の参戦は二名のみだ。二十名が一対一で試合をすると、二名ほど試合回数の多いものが出て来てしまう。

 そうならないように、と副隊長は一回戦分を多く戦うような対戦順になっている。最初の小休止を挟む前に一対一を二回こなさなければならない。

 ディルにとってただの『数』だが、エンダはそうもいかないらしい。


「戦闘ってなると……俺持久力無いんだよな。そもそも『風』は瞬発力を活かした部隊じゃないか。さくっと終わらせられるなら良いけど、長引くと弱いんだよな」

「我が汝と当たる可能性も有るというに、其の様な話を持ち出して良いのかえ」

「やる時ゃ本気でやるさ。……でもなぁ、お前と当たる時って決勝戦じゃないか」


 決勝戦。

 その勝敗で優勝者が決まる。

 しかしディルもエンダも、同じ人物を頭に描いていた。


「俺、三回戦目……俺にとっては四回戦目か。で、あいつと当たるんだよ」

「……」


 あいつ、と名を口にせずとも伝わる人物。


 カリオン・コトフォール。

 黒髪の落ち着かない毛先を持ち、人当たりも良く物腰柔らかい『鳥』に所属する騎士。副隊長ではないが、戦果は今回参加した前線の者の中で桁違いに高い。

 ディルよりも前に士官学校を首席で卒業し、国に尽力する一人として数えられている。

 国王嫡子アールヴァリンは本物の王子騎士として、カリオンもまた王子のような出で立ちだった。こちらは陽光の国の王子とでも表現するべきか。


「お前とカリオンで、賭けの票二分してるみたいだぞ。サジナイル隊長、俺に向かってお前に入れたって言ってた」

「知らん」

「はーぁ、自隊の隊長にすら見放されるような俺だよ。どんどんやる気が下がってく」


 エンダのやっかみも程々に聞き流していると、やがて飽きたように離れていく。

 『鳥』とはあまり関わりが無いディルでも、カリオンの噂は聞いていた。

 ディルを戦闘狂と噂する者もいるが、ではディルよりも狩った首の多い彼は何なのだ、と思った事もある。

 今回は彼の戦闘姿を近くで見る事が出来る。滅多に人に興味を抱かないディルだったが、この時に限ってはカリオンが気になっていた。


 会場からは、サジナイルが第一戦目の出場者を呼ぶ声が聞こえた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ