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ディル二十四歳―1



「御前試合?」


 その話がダーリャの口から齎されたのは、とある夏の日の朝だった。

 執務室内に居たのはダーリャ、ディル、それからフュンフ。早い話がいつもの人員だ。

 ダーリャは大振りの執務机に座り、その隣にディルが立つ。フュンフは専用の机が無いので、来客が無い時は来客用の応接ソファとテーブルで仕事をしている。

 開いた黒のカーテンから入る日差しは日々凶悪さを増しており、これが今季の最高気温という訳でも無いのに開け放した窓から入る風も熱い。雨でも降るかせめて曇ってくれれは少しは楽なのだが、生憎今日は雲一つ見えない空模様。


「ええ。今回は『鳥』からの提案ですね。……御前試合について、説明は必要でしょうか? ここ暫く開催されていませんから」

「毎度不定期に開催され、隊長以外の隊の代表を選出して行われる武力を競う試合――そして国王陛下も観覧なさる、名誉あるものだとは聞いています」

「流石フュンフ、粗方正解です。……正確には、競うのは武力だけではないのですが」


 貴族のフュンフでも模範解答とまでは行かなかった。それ程に、最後に開催されて時間が経っている行事だ。


「提案する隊の特色に則って、様々な題目で繰り広げられるのが騎士団の御前試合です。『鳥』は一番分かりやすく、これまでも武力を競っています。一対一の勝ち抜け戦ですね。『風』は演技力を競い、指定された演劇をそれぞれの演技者が舞台で演じ、陛下に優劣を付けていただきます。『月』は知能を競いました。士官学校で出されるよりも遥かな難問を最初に全騎士に解かせ、隊それぞれで最高得点を取った者から上位三名を選出して壇上で更なる難問を答えさせます。『花』は私も一度か二度しか経験が無く聞いた話になりますが、毎度競う内容が違っていたようです」

「……それぞれ、自隊に有利な提案ばかりですな」

「有利ですが、それで他隊の能力が底上げされるのですよ。武力も知能も騎士には欠かせないものですし、演技力は娯楽の一つとして良くも悪くも評判でしたな。……『花』が一番評価が分かれましたな。競う内容が当日にしか知らされないのです。私が経験したのは釣りと宝探し、でしたか」


 何故騎士がそんな題目で競いたがるのかは甚だ疑問だが、過去にも『花』に振り回されていた当時の騎士達の心情を思うと憐れみがフュンフの目に浮かぶ。


「……帝国との戦争が始まる前は、一年に一度季節ごとに交代であったそうです。当時は近隣国の賓客も招き、とても華々しかったと聞いています」

「今は、私も二度しか経験がありませんが……しかし両方とも武力を争うものだった気がするのですが?」

「それは、勿論。一番下準備が不要ですからね。いつまた開戦になるか分からないのですし」


 その言葉にフュンフもディルも納得した。騎士達はいつも通りの鍛錬に励んでいればいいだけなのだ。もし情勢が悪く開戦という事態になっても、騎士として鍛えていれば滞りなく迎撃できる。

 一番いいのは戦争が起こらない事だが、他国を挟む話にそうも言っていられない。


「という訳で、一か月後に御前試合です。隊長は出場禁止なので、私以外になりますな」

「『月』は副隊長は当然として……他の隊は誰が出るのか気になる所ですね」

「……」


 しれっとフュンフに出場を確定されたディルだが、本人としても不満はそこまで無い。

 後方支援を担当する『月』の中で、圧倒的な戦果を誇るのがディルだ。他の追随を許さないというのに、ディルが出なければ誰が出る、といった具合に。


「選出は関わらぬ。汝等で適当に選んでおけ」

「仰せのままに」

「ええ。御前試合ですからね、我が『月』隊が侮られないよう選りすぐりを選びますよ」


 一対一ならば、同じ隊の者に足を引っ張られる心配はない。

 それはいいとして、ディル自身も他隊の誰が出場するのかが気になっていた。

 『鳥』は腕に覚えのある歴戦の騎士揃いだ。

 『風』だって一対多の戦闘に慣れている者が多い。

 『花』は――、一番読めない。遠距離からの支援を得意としているが、それで近接が不得手とは聞かない。


「……」


 数多い剛の者を相手に出来る程強いとは思えないが、『花』の副隊長は出るのだろうか。

 ディルの疑問は本人ではなく、『花』隊長ネリッタに向けられることになる。




「あの子? 出ないわよ」


 さも当然といった様子で答えられることに、何故かディルは安堵のようなものを覚えた。

 昼過ぎに偶然廊下で擦れ違ったネリッタを引き留めて、選出される人員について聞く中で彼女の話を紛れ込ませる。

 彼女を気に掛けるディルに慣れてしまったネリッタは、丁寧に話を続ける。


「あの子、戦果それなりだけど一対一はそこまで得意じゃないのよね。おまけに御前試合は魔法禁止じゃない。あの子、一応エルフとの混ざりだから使えない事も無いのに、それが禁止されてるんじゃあね」

「……魔法が禁止とは初耳だが?」

「そう? 御前試合で競うのはあくまで『武力』。それでなくともこのアルセン騎士団で、魔法使える奴って極少数なんだから」


 種族は選り好みせずに招き入れるアルセン王国だが、他種族が騎士になる例は少ない。他国からの諜報員の可能性があるとして拒む場合もあるが、基本的に自国でなくヒューマンの国を守ろうとする考えは稀有だからである。

 その中で決められた規則はディルとしても反対ではない。


「だからあの子には医療部隊の手伝いに入って貰う事になってるの。演武場の真ん前だから、手を振ればあの子も喜ぶかもよ」

「何故手を振る必要がある?」

「……アンタって……本当……もう……」


 ネリッタにとっての可愛い副隊長の好意が通じていない様に、涙が浮かびそうになる。

 ディルもディルで自分の感情を理解していないので、雄々しい大男の表情の変化に無表情のままだった。

 けれどネリッタにとって、重要な事はもうひとつある。


「……ねーぇ、ディル。御前試合の優勝特典って知ってる?」

「特典? ダーリャは何も言っていなかったが」

「そぉ、特典。御前試合ですもの、折角なら優勝者にも価値があるようにしたいじゃない。誰が好き好んで血を流してともすれば後に引くような怪我を、……まぁその話は良いわ。とにかく、ね。優勝者には陛下が叶えられる望みであれば最大限叶えてくれるのよ」

「最大限、とは……また曖昧な話だ」

「『陛下より大きな権力を持ちたい』とか、『国内中の富を手にしたい』とか、どーしよーもない欲に凝り固まった願いは勿論不可よ。王国騎士らしく、節度を守った私欲しか叶えられないわぁ。……恋人と結婚したいから華やかな式を挙げたい、とか、片恋の相手を伴侶に欲しいとかね。まぁ後者は相手の事情も鑑みられるのだけど」

「………」

「アンタはもし優勝した時、何を願うのかしらねぇ?」


 ネリッタが意図的にその話題を出したことには気付かないが、その時のディルは視点が一か所から動かなかった。まるで何かを考えているように。 

 結婚すら叶えられるかも知れない優勝特典。願いや望みなどは叶わない事が大部分だと諦観したディルだが、叶う望みとなると考える時間も長くなる。


「……特に、望みは無い」

「あぁらそう? の割には暫く何か考えてたわよね? 何もない事ぁ無いでしょうよ、今のうちにアタシに教えちゃいなさいよ。ん?」

「下らぬ」

「ま、オツムはともかく武力には一歩劣る後方部隊には優勝なんて縁の遠い話よねぇ。今のうちに出場する奴等の顔を拝んで、当日にあるだろう賭けに備える事にしますか」

「賭け?」

「娯楽の少ない騎士団でしょ。たまーにこういう事で非公式に賭けがあんのよ。何処の隊の奴が勝つか、とか、誰が勝つか、とかで一口買うの。アンタもやる?」

「……下らぬ」


 世俗に塗れたネリッタの言葉には呆れるばかりだが、けらけらと笑う彼の表情はとても明るい。

 まるでお気に入りの玩具でも目の前にしている子供のようだとディルは思うが、その玩具とやらが自分であることは考えていない。


「娯楽覚えとかないと、将来後悔するわよぉ。騎士ってヨボヨボになるまで出来る仕事でもないんだから、騎士辞めた時暇になるわよ」

「金銭に必要以上の興味は無い」

「我欲に塗れた私生活も楽しいものよ? アタシ今度の俸給で奥さんに新しい服を買ってあげるんだからぁ」


 くねくねとその場で喜びを体で表し始めたネリッタは見ていて騒々しい。季節も相俟って暑苦しく、無言のまま僅かに目を逸らした。

 ディルも、暫く関わりを持ってから彼が妻帯者の愛妻家だという事を知った。妻はこんな男とよく連れ合いになったな、というのがディルの感想。

 けれど、さっぱりとした性格は嫌いじゃない。怒る時も後に引かず、接していて楽だ。こういう所を『花』副隊長も好んでいるのかも知れない。


「でも、隊長格が御前試合に出られないってのは不満しか無いわぁ。アタシも優勝してお願い聞いて欲しい」

「……隊長の地位に就いた者でも陛下に願わなければ叶わない程の欲があるのかえ」

「あるわよ、そりゃ。んー、そうねぇ。ディルにはまだ早い話かもね?」


 曖昧な言葉で濁されたディルの問い掛けは、ネリッタの笑顔の前に二度目を許されなかった。

 答えるつもりのないネリッタは、手を振りながら目的の方向へと歩を進める。


「『月』からはディルが出るって話、覚えたわ。ちゃんと優勝目指しなさいよ、アンタには可愛い応援者もいることですしねぇ?」


 誰、とは言わなかった。ディルも、その応援者とやらには心当たりが無い。

 それが『花』の副隊長を務める、鈍い銀の髪を持つ混ざり子だということにも気づかない。

 ネリッタに再び問い返してもまたはぐらかされるだろうと分かっている。だから、ディルは背中を程々に見送って、自分も歩き出すだけだ。


 一ヶ月後だと言われた筈の御前試合の日は、ディルが体感していたこれまでの時間より早く来た。

 選抜された各隊五名ずつの騎士が、その武力を競うために国王の御許に参集する。そして競う者達は、多少の怪我は覚悟の上だ。


 そうして集まる中には近い未来、他の騎士隊の隊長として名を連ねる他の者の名も入っていた。

 


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