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異世界に行く方法。  作者: うらら
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彼女は異世界に恐怖するか?


 学校が終わり、いつものように赤いラインの入った電車に乗り込む。掲示板に書かれていた路線とは全然違うが、自分の行動範囲にはこの路線しかないため、この電車で確かめるしかない。車両には十人ほどの人がまばらに座っていた。なるべく離れるように、優先席に座らないようにと、あとはすぐ降りられるようにドアの近くに座った。

 確か、このまま乗っていればいいんだよね?

 少し不安になってスマホを開く。掲示板には相変わらず同じ文が載っていた。更新されない情報にやきもきしながら、しばらく情報を漁っていた。


 きさらぎ駅。ネット上で都市伝説とも云われるお話。とある女性が電車に乗っていたらいつの間にか知らない場所にたどり着いていたという。彼女がネットの掲示板にて実況形式で進められる話は、リアリティがあり突如更新が途切れた今でも様々な憶測が飛び交っている。もちろん、嘘だと言う説も見た。それでも何故か惹かれてしまう。それは異世界、とつくからだろうか。

 次は〜と続くアナウンスを背景に、景色が過ぎていった。夕日がマンションを照らしている。家に帰れなくてもいい、もう異世界に行って帰って来ないんだから。

 とある駅に着くと続々と人が乗り込んできた。スーツを着た人や学生服を着た人など、あっという間に帰る人でごった返していた。車体の揺れに身を任せながら、ひたすらその時を待っていた。

 次の駅に着くたび、駅名を確認しようと顔を上げる。ドアの上のモニターには見知った駅名が映し出されていた。まだ着かないか……いつ着くのかな?


 揺られているまま、いつの間にか眠りに落ちてしまった。ガコン、と電車が動く音で目が覚めると、周りは乗った時のように人がまばらに座っていた。慌てて外を見る。真っ暗だ。真っ暗だから何処に向かっているのか、全然わからない。

 これは、成功? 本当にきさらぎ駅に行けたの?

 様子を伺っていると、軽快なチャイムが鳴り響く。知らない音だ。私が乗っていた電車はこんなチャイムなど鳴らない。心臓の音が跳ね上がるように早くなる。手に汗を感じる。知らないチャイム、と言うことは本当にきさらぎ駅に向かっているの?


『ご乗車ありがとうございます、次はキサク、キサクです』


 きさ、と来てついに? とは思ったがキサク、と言う駅名は自分の家の最寄駅だった。ん? 最寄駅?

 緩やかに電車が減速していく。見知ったホームに電車が滑り込んでいった。看板には木作、と書かれている。

 これは、私が帰るときによくやらかすうっかり寝過ごして終点まで行き、折り返して自分の最寄駅に到着する技。倍以上の時間がかかってしまう。……そしてこれをするともれなく親の小言が待っている。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ! 担任の先生の小言なんて聞き飽きるほど聞いてもう平気なのに、親の小言だけは全然慣れない! 怖い!

 フラフラとした足取りでホームに降りる。他の車両から何人か降りて、出口へと向かっていった。だけど私はそのまま吸い込まれるようにベンチへと腰を下ろしてしまった。

 帰らなきゃいけないけど、帰りたくない。本当は今頃きさらぎ駅に着いて異世界の空気を堪能しているというのに。座ったまま呆然としていると、またホームに電車が滑り込んできた。


「アユム、どうしてここにいるの?」


 聞き慣れた声が聞こえ、顔を上げる。そこには母が不審そうな顔をして立っていた。


「あ、いや、その、ぐ、具合悪くて」


 思いも寄らない人物の登場に、少しどもって答える。母はいつものように冷めた眼差しで私を眺めていた。


「そう。早く帰るわよ」


 そう言うや否や、母は足早に去っていく。何も心配しない。その事実に、今更でも心が痛んだ。

 私の母親は兄と私を一人で育てている。父親は私が生まれる前に他の女と不倫して家を出て行ったらしい。らしいと言うのは、兄に聞いた話で母親からは何も聞けなかった。聞くとさっきまで上機嫌に鼻歌なんて歌ってたのに途端に不機嫌になり口を利かなくなるからだ。

 母は何を急いでいるのか、改札を乱暴に出る。肩に当たった人にも謝らずに出口だけを目指して早足で向かっていく。

 今日の母は何か不機嫌だ。機嫌良くても私に対する態度や振る舞いは変わらないが。

 そうこうしてるうちに駅を出て家へと向かう……はずだったが、母は何故か家とは逆方向に向かっていく。


「お母さん、何か用事でもあるの?」

「あら、着いてきたの。先に家に帰ってなさい」

「でも、」

「あ、そういえばテストの結果はどうだったの? まさか、赤点なんて取ってないでしょうね?」


 早足で歩いたまま振り返らずに母親は答える。しかし突然何かを思い出したかのように振り向き、鋭い目で私を捉えた。結果を担任の先生に聞かれたのかと一瞬ドキッとした。


「と、取ってないよ」

「本当? ま、前にも言ってあるけど今回もテストの結果が悪ければ家に入れさせないから」


 これだけ聞くと他の家庭にもよく聞く脅しにもあるが、私の母は本気だ。小学生の頃も、中学生の頃も、テストの結果が母の思う以上に良くなければ、一週間近く家に入れさせてもらえない。夜中にこっそりと入ろうとしても、母親が玄関に寝ていて、物音に気づいた母親に鼻血が出るまでビンタされた。その時は本当に辛かった……。

 その事もあり、私にとっての母は恐怖の対象でしかない。


「分かってるよ」

「あ、そう」


 恐怖に震えている声で答えても、母は素っ気ない返事を返す。踵を返し、何処かへと向かう。その後をついて行く気がせず、しばらくその場に立ちすくんでいた。

 こんな親は嫌だ。嫌と言う言葉で片付けられない。嫌いという言葉だけで母親を否定しても、否定しきれない。否定したいと望むほど、その恐怖の対象が無い異世界への憧れが強くなってきていた。

 どうしても異世界に行かなきゃ。三者面談は一週間後。このままだと冗談抜きでめくるめくホームレス生活になってしまう!

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