彼女は異世界に上るのか?
窓辺から夜明け前の明るさがわずかに差し込む。布団の中で私はスマホとにらめっこをしたまま一夜を過ごしてしまった。
おかしい。何度見ても、スマホの画面には同じ文が表示されている。それを試しても、今ここにいるということは失敗なの?
異世界の方法の中で一番楽そうで簡単なものを試してみたのに、全然世界が変わらない。やっぱり、失敗だったのか。いや、未だにあの紙の行方が分からない。方法には紙がなくなると成功だと書かれている。
異世界に行くと宣言してベッドに横になり、飽きたと書いた紙を持ったまま目を閉じた。目を開けたら紙が無くなっていたのに世界はまだ私の知るこのクソみたいな世界だ。成功なのか、失敗なのか。全然分からない。
紙がなくなっていた事に気づいた後、すぐに保健室に戻ったがあの紙は見つからなかった。成功を喜んで良いのか、失敗を嘆いた方が良いのか分からずまだスマホを見ていた。
「アユム、もう学校行くの」
気まずさから親には何も言わずに学校に向かおうと思い、こっそり玄関で靴を履いていると後ろから母の声がした。少し驚いたが昨日のことを悟られないように、目を合わせないまま頷く。
「日直、だから」
「そう。気をつけて行きなさい」
また頷いて玄関を出た。朝日が眩しく、目を細めた。ああ、まだこの世界だ。行ってきます、と告げて学校へと向かった。手を振っている母の顔が見えないのは、朝日のせいか気まずさのせいか分からなかった。
*
「お前、また授業出なかっただろ」
学校着くなり、下駄箱で担任の先生に会ってしまった。最悪も最悪。異世界に行きたいがために授業をすっぽかした事が既に担任に知られている。もう内申点とか気にしてる訳ではないが、昨日の今日で言われると心に後ろめたさがあった。
「すみません……」
「全く、もう俺は知らないからな」
不機嫌そうに言い捨てられ、目に熱いものがこみ上げてくる。まだ、泣くわけにはいかない。まだ異世界に行ってないんだ。今日こそ……そう! 今日こそ異世界に行くんだ!
そう思った私の行動は昨日のようにスマホを取り出し異世界に行く方法を探る。昨日やった方法はもう失敗だ。明らかな異世界に行かないと私は失敗と決めた。途中、名前も知らない先生から歩きスマホは禁止だぞ、と声がかかるがお構いなしに歩いていく。そして教室に着く頃には、ある一つの方法に辿り着いた。道具も自分で用意せずに行ける方法を見つけ出した。そしてその後はもうそわそわして落ち着かなかった。早く異世界に行きたくて授業なんて聞いていなかった。何回先生に注意を受けようとも、気分が浮ついていたのだ。
待ちに待った放課後、足早に学校を後にする。向かったのは家。そう、自分の家に向かっていた。今回の方法は自分の家がある十階建マンションで行う。
まずはエレベーターに乗る。この時一人じゃないとダメらしいが、私一人でいくので何の問題もない。
四階のボタンを押し、到着すると降りずに二階のボタンを押す。二階に到着すると六階のボタンを押す。方法が書かれた掲示板を表示したままのスマホを片手に、ボタンを押していた。押す手が若干震えているようにも感じたが、異世界に行く喜びのせいだと誤魔化していた。
六階に到着した。今度は二階へと下る。感覚的には上下しているだけだが、どこか儀式感があるせいで大きくなった心臓の音が耳にまで響いていた。
二階に到着すると、今度は一気に十階へと上がる。ここまで誰一人乗ってこない。普段ならば夕飯の買い出しに行くお隣さんや、何してるのか分からない、下の階に住んでいるお兄さんが乗ってくるはずだ。運がいいのか、成功してるのか分からないまま十階に到着した。
「誰も、いない」
思わず呟く。最上階の十階は屋上庭園のようになっていて、たくさんの室外機を隠すかのように様々な植物が植えられている。一階のコンビニ店員さんや大家さんが休んでいるのを良く見かけるが、今日は腰掛けるベンチや、カフェにありそうな小洒落たテーブルがただ置かれているだけだった。
その光景がやけに目につくが、ここまで誰もいないと本当に異世界に来てしまったのかとワクワクしていた。今度は五階、ここで成功か決まる。
ポン、という軽い音と共にドアが開く。目の前の光景に一瞬息が止まりそうになった。
見慣れないお姉さんがいる、しかも乗ってくる……。
五階から乗ってきたのはロングヘアの女性だった。若干薄着過ぎるのが気になったが、本当に女性が乗ってきたのだ。しかし、小さい頃からこのマンションに住んでいるがこんな人が住んでいるなんて知らない。最近引っ越してきた人? それとも住んでる人のお友達?
あの、と声をかけそうになったが、穴が開くんじゃないかと思うほど見たこの異世界に行く方法を思い出し、握っているスマホに目線を落とした。スマホには、この五階で乗ってきた女性に話しかけてはいけない。このまま一階のボタンを押すとも書いてあった。
すぐさま一番下のボタンを押した。ガコン、と動き出すエレベーター。女性は乗り込んだ後私の斜め後ろに立っていた。これは成功と言えるんじゃないか?
心臓の音が周りに聞こえるんじゃないかと思うほど大きくなっていた。が、予想と反してエレベーターはそのまま1階へと降りていった。
「あれ?」
思わず間抜けな声が溢れる。1のボタンを押して一階に降りるのは当たり前だが、今試している方法で行くと一階には降りずに十階へと向かうはずだ。呆然としたまま、エレベーターは何も変わったこともないまま一階へと到着した。
お姉さんは何も言わずに降りていった。到着したエントランスには誰もいないが、エントランスから見える幹線道路には車が走っているのが見えた。
これは……また失敗なの!?