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異世界に行く方法。  作者: うらら
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彼女は異世界の夢を見るか?


 こんな世界は嫌だ。

 そう思い始めたのは二時間前に担任の先生から呼び出された時からだった。


「きみ、来年もこの学校に通いたいならもう少し勉強しなさい」


 差し出されたのは赤く記された教科がたくさん書かれた紙。赤く記されているのは先日行われた期末テストで赤点を取った教科だ。

 担任は紙を一瞥してからまた私を見る。


「提出も駄目、態度も駄目、テストの点も駄目。これじゃあもう留年しかないよ」


 さも面白そうに笑う担任に口元だけ笑って見せる。それは私の強がりだった。

 塵ほど面白くなんかない。赤文字だらけの紙から視線を下へと向ける。そうしないと涙が流れそう。


「ま、今度の三者面談で詳しく親御さんに話すからね」


 それは勘弁願いたい。親なんかにこんなこと知られたら家にすら入れてもらえないだろう。そうなるともうお金が尽きるまでネカフェ生活だろう。……あの時はお金尽きる前に親に許してもらえて良かったが。

 呼び出された生徒指導室から出て、一息ついたがまだ心臓の音が落ち着いていない。心臓の音が耳に響いていて予鈴のチャイムなど聞こえてない。

 ああ、もうこんな世界は嫌だ!

 


 気づけば鞄を持って校門へと歩いていた。まだ授業があるというのに何をしているんだ私は。

 ははは、と乾いた笑いを出しながら踵を返した。そこで、私はとんでもないことを思いついたのだ。


 そうだ、異世界へ行こう。


 そんな京都へ行こうみたいなノリで現実逃避を始めたのである。

 異世界、本の中での作り話じゃないかと思うがこの前見た掲示板で異世界へ行った人の体験談が書かれていて、寝ぼけていた私はそれを信じ込んでしまっていた。信じたなら話は早い。即座にブレザーのポケットからスマホを取り出し、しっかりとブックマークしていたその掲示板へと指を進めた。

 リンクからリンクへと飛び、ようやく異世界へと行く方法へと辿り着いた。


『紙に六芒星を描き、真ん中に飽きたという文字を書く。その紙を持って寝ると異世界へと行ける』


 ……こんな簡単な方法でいいのだろうか。玄関の前の階段に座り、スマホを一旦太ももの上へと置く。紙とペンを求め鞄を開く。私は学生だというのに鞄の中にノートや教科書すら入れてない。鞄の中には休み時間に食べようと思ったお菓子、モバイルバッテリー、サボってる時に読もうと思っていた漫画数冊、イヤホンのついた音楽プレイヤー。

 異世界へと行くのにこんな荷物で大丈夫なのだろうか、と思ったが視界に白い何かがちらつく。何だろうと引っ張ると、さっき貰った赤点だらけのテスト結果の用紙。カーッとお腹の底から恥ずかしさや怒り、そして焦りが混ざった感情がこみ上げてきた。

 こなくそ、と裏返しにしたその紙にボールペンで六芒星を描く。ざかざかと描いたために少し歪だ。そして真ん中に飽きたという文字。


 完璧だ。もうこれは異世界に行くしかない。行ける行ける。もうこんな世界からおさらばだ!


 飽きたと書かれた紙を持って早足で保健室へと向かった。寝るといえば保健室。サボるといえば保健室。そう、私は保健室の常連だ。サボりの天才とも言われた私は、学校のありとあらゆるサボりスポットを知っている。その中の一つ、保健室。


「……なんだ、君か」


 勢いよくドアを開けると、呆れたような声が返ってきた。保健室の先生、北川先生だ。


「異世界に行くので休ませてください」

「サボるならもっと良い言い訳をしろ」

「異世界に行きたいんです! 良いですよね! ベッドお借りします!」

「ついに本物の馬鹿になってしまったか……」


 北川先生はもう勝手にしろという感じで何も突っ込んでこなかった。慣れているのか、分からないが異世界に行く私にはもうどうでも良い話だ。

 窓側のベッドのカーテンを開き、鞄を放り投げ、勢いよくそのベッドに倒れる。手には異世界へのパスポート。ああ、もうこれは行ける気しかしない!

 瞼を閉じるとすぐに眠気が襲ってきた。やけに早い気もしたが、異世界へが自分を誘っているような気がしてその眠気を受け入れた。



**



 ……チャイムの音が聞こえる。ゆっくりと瞼を開ける。視界には見慣れた白の天井と白いカーテン。遠くには女子の騒ぎ声が聞こえる。


「……あれ」


 なんてことだ。まだ保健室にいる。掲示板によれば目覚めたら世界が変わっているはずなのに。何かにすがるように周りを見ても放り投げたはずの鞄がきちんと足元に置かれている以外は何も変わらない景色だった。


「お、馬鹿が起きたか」

「馬鹿じゃないですぅ……」


 カーテンが開き、北川先生が顔を出した。失敗だったのが段々と理解してきて、消え入りそうな声で返した。窓からはオレンジ色の陽が差し込み、時間はもう放課後くらいだと分かってきた。


「もう授業終わったぞ。異世界に行く夢は見れたか?」


 その言葉に、またあの感情が渦巻く。耳が熱くなるのを感じて勢いつけて掛け布団をはけ退ける。先生と目を合わさないように立ち上がった。


「さよなら、先生」

「……帰り道、気をつけろよ」


 視界の端で先生の体が小さく揺れているのが分かり、恥ずかしさも合わさって無我夢中で保健室を出た。

 ああ、恥ずかしい恥ずかしい……! 声高らかに異世界に行く宣言をした自分を叱りたい! 馬鹿だと言われて凄く恥ずかしいとは。

 無我夢中でも鞄は持っていたらしく、スマホを開こうと取り出そうとした。そこで、私はあることに気づいた。


 紙、持ってない……?



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