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魔法の契約は少し時間をください

作者: みなした

お喋りをしながらの楽しい下校時間はあっという間に終わってしまう。

「じゃあね紗季、また明日!」

「うん、またね!」


紗季と呼ばれたまだあどけない少女は一人閑静な住宅街を歩いていく。

今日学校で起こったなんでもないことを思い出しながら家に向かって歩を進める。

そのゆっくりとしたリズムに合わせてお気に入りの小さな髪飾り、そして母と一緒に選んだ可愛らしい防犯ブザーがぴょこぴょこと揺れる。


明日のお昼は何して遊ぼうかな?朝会ったとき最初に何を話そうかな?

そんな他愛もないことを考えながら歩いていると、不意に白い影が視線に割り込んできた。


それはどこか犬とも猫とも兎とも言えるような、しかしその全てでないような不思議な生き物だった。


首輪もついていない動物がこんなところに?というかそもそもこんな動物見たことがないんだけど・・・

目の前の事態に戸惑っているとそれ以上の衝撃が待っていた。


「お願いなの!助けてほしいなの!」


喋った!?

悪戯か何か?でも本当にこの子が喋ってるようにしか見えないし・・・

非常に混乱した頭のままではあるが導かれるように次の言葉は口から出ていた。


「あの、助けるって・・・どういうこと?」


話を聞いてもらえそうなことに若干安堵した様子でその生き物は語り始めた。

「僕はミゼ、この世界とは少し別の魔法の世界からきたの。僕たちの世界は復活した魔王によって危機に陥っているの。」

まさに物語のような、しかしとても真剣な眼差しで話は続く。

「みんな頑張って抵抗しているけどとても厳しい状況なの。そんな中、百年前に書かれた予言の書にある救世主を見つける役目に僕が選ばれたなの。」

使命への思いか、その言葉に段々と熱がこもっていく。

「そして僕は予言の書に従って君を見つけることに成功したの!だから僕と一緒に来て僕たちの世界を救ってほしいなの!」


まさか魔法があるなんて、私にこんな事が起こるなんて。

強い驚きと同時に助けなきゃという使命感と、自分が選ばれたことに対する興奮のようなものを感じていた。


「わかった!私がんばるよ!」

そんな決意が口からこぼれそうになる寸前、母と買った防犯ブザーが目に入った。

「いい?簡単に知らない人を信じちゃダメ。落ち着いてちゃんと考えるの。」

ブザーを渡しながらしっかりと目を見て話してくれた母の言葉を思い出す。


大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出すとミゼを鋭い眼差しでとらえる。

キッという音がするかのようなその目はまるで別人のようだ。

そして静かに、しかし力強く言葉を発した。


「あなたたちの世界を救うことによって私にとって何かメリットはあるんですか?」

「えっ!?」

なんだこれは?面接でも始まったのか!?

予想外の質問にしばらくミゼの言葉が詰まる。


「言えない、ということは特にないと捉えていいんでしょうか?」

「いや!でも魔法を使えるんだよ!キミも憧れるだろう?」

焦ったように言葉を紡ぐミゼに対して紗季は冷ややかな視線と言葉を送る。

「やりがいのみが報酬だなんてブラック企業も真っ青ですね?」

「そうじゃないんだ!きっと王様に相談すれば褒賞もでるはずだ!」

冷や汗をかきながらなんとか言葉をつなぐ。


「・・・まぁいいでしょう。次にですが、百年前に書かれた予言の書と言いましたね?」

「う、うん。そこには魔王が復活して侵略を開始すること、そしてそれを防ぐ事が出来るのは救世主であるキミしかいない事が記されていたんだ。だから協力してほしい。」


紗季はその言葉に対し、少し間を開けて問いかける。

「なぜ百年も前からわかっていたことに対して事態が起こってから行動するという事になるのでしょうか?あまりにも危機管理意識が薄いのでは?」


返す言葉もない。そしてこれは面接じゃない、この空気は圧迫面接だ・・・!

苦虫をかみつぶしたような表情でミゼは答える。

「予言の書は信憑性に問題があるという意見があって、本当に正しいかも解らない予言なんかを基準に国防費を増やし続けるのはおかしいという世論に負けたんだ・・・」

「なるほど。そして本当に復活が起こってしまってから慌てて捜索にのりだした、と。」

どこもそういうものなのか、紗季は納得と呆れを混ぜ込んだ溜息を吐き出した。

「状況は解りました。しかし救世主と言われても私に自覚はありませんし、どのようにして世界を救えと言うのですか?」


これまでと違う前向きな発言にミゼは圧し潰されかけていた心を立て直す。

「大丈夫、君には信じられないほど魔法の素質があるんだ。ともすれば願い、唱えるだけで全てが叶うほどにとてつもない素質がね。」

その言葉を聞いた後、紗季は少し何かを考えている様子だった。


その様子を見てミゼは決意を固める。

ここが重要だ。待っているみんなの為にもここで心を掴まなければ。


しかし無情にも紗季の口から出た言葉はミゼの覚悟を置き去りにしていく。

「なの、という語尾があなたに当初あったと思いますがすぐになくなりましたね。あれは何だったんですか?」


一番のダメージだった。自覚もあったとはいえ指摘されるのはこれほどの痛みなのか。

既に泣きそうなミゼは少し震える声で語り始めた。

「その、様式美と言いますかそういうキャラ付けをしていた方が親近感が湧くかな、成功率が上がるかな、と思いました。本当は年齢的にも辛い部分もありましたし、とても恥ずかしかったのですが少しでも可能性があるならやるべきだと思ったんです・・・」


これまでと違う少し優しい顔をした紗季は諭すように話す。

「その思いは大事なことかと思います。しかし慣れていない薄いキャラ付けゆえに咄嗟の反応からボロボロになってしまいましたし、何より伝えるという一番大事なことが疎かになっては元も子もありません。」


「はい。」

ミゼは俯き、顔は見えないものの沈痛な返事がその表情を代弁する。


「さらにこうしてそれが露呈した場合心証がより悪化する可能性があります。あなた方、と纏めては失礼かもしれませんが少々目先のことに囚われるきらいがあるように思えます。」


「はい。」

もはや消え入りそうな返事である。


「しかしその思いは本物だと感じます。協力しようと思うのでやり方を教えてもらえますか?」

予想外の答えにミゼは顔を上げ紗季を見る。

「本当!?」

「はい。信用できるかは解りませんが信じたいとは思いましたので。」

先ほどまで容赦ない一撃を加えてきた紗季がまるで女神に見える。

「それに語尾を変えてまでというのは非常に痛々しくてこれ以上見ていられなかったので。」

とても辛い。

ミゼの心は再び傷に塗れるがそれでも好転したことに間違いはない。

「それじゃあ魔力の開放を始めるよ!」

全力の空元気を見せるミゼに紗季は頷く。

ミゼが正面に座り、何か呪文のようなものを唱えると紗季の体が淡く光る。

そしてそれらは数秒でふっと散っていった。


「これで開放は完了した。さぁ一緒に僕たちの世界に来てみんなを救ってほしい!」

力強い宣言に対し紗季は冷静な声で返す。

「少し待ってください。」

そう言うと少々思案した後、小声で何かを言っていたが何を言ったのかミゼには聞きとれなかった。


「あ、あの、なるべく早くみんなを助けたいからもういいかな?」

そう言い終わる前にミゼの頭に魔法による通信が入る。

どうやら本国からの緊急回線のようだ。

「待ってて!今ちょうどそっちに―」

その言葉を歓喜に満ちた声が遮る。

「たった今魔王が突然封印されて魔王軍が全部居なくなったんだ!奇跡だ!」

あまりのことに思考が追い付かない。意味が解らない。

呆然としているミゼに紗季は笑顔で優しく語り掛ける。

「都合よくうまくいきますようにって唱えてみたんだけど本当に解決したみたいですね、良かったです。」


本当にすごい素質だった。本当に唱えただけで叶ってしまうなんて・・・


「それでは私はもういいですね?宿題があるんで帰りますね。」

微笑んで軽く手を振り去っていく紗季の背中を、未だ整理のつかないミゼは呆然と見送る。


全て解決したのは本当に嬉しいがあまりにもあっさりとしすぎていた。

背負っていた使命感、仲間の想い、今までの努力。それらがこんなにも淡白に実現されるとまるで否定されたかのようにすら感じてしまう。


喜ぶ事なのだ。喜ぶべき事なのだ。


「なのって言った事、魔法で無かった事にしてもらえば良かったかな・・・」

誰に対するでもない強がりが、涙とともに空しく零れた。

ファンタジーを書いてみようとスタート切ったはずがゴールはこんな場所になってしまいました。

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