ネームド
今日も「太陽」が勝手に登ってくる。それからは私は逃れることが出来ない。私は、上司の「ジェイムズ」さんに従って働かなくてはならないのだ。今日は「C区画」の電力供給が少ないみたいだから、多分その区域用発電機での修理作業だろう。当たり前だが、それは私の役割だ。でも最近はこうも考えてしまう。
なんだか…別なことをしてみたいな…と。
発電をする仕事に不満がある訳では無い。ただ、「ジェイムズ」さんの仕事をしてみたいと最近考えるようになったのだ。「ジェイムズ」さんの仕事は私たちと違う。それに少しだけ興味をもってしまうのだ。こんなこと考えることはこれまでなかったのに何故だか、ずっと考えてしまう。そんな事を考えても、それは「ジェイムズ」さんの仕事で、私の仕事ではないからやる必要がない。だから、考えているのだ。
「何故こんなふうに私は考えるのだろう?」と。それが分からないから仕事の時も。問いが頭にしつこく張り付くのが邪魔くさくて、集中すらできないのだ。「C区画発電機」を修理していても分からなかった。クソっ、私たちの頭も修理できないのだろうか。答えを出せないコンピューターが故障と判断されるのならば、私も故障しているのだろうに。惜しいことに私は私の技師に産まれてはいないから、壊れた私を修理できないし、それ以前に私の技師を見たこともない。
ああ、私の修理担当はどこにいるんだろうか?私は「ジェイムズ」さんに問うべきかと考える。答えはすぐに導かれた。それは私達の相談係の仕事なのだ。必要のないことを考える必要はないだろう。私は、必要な技師として働けばいいのだ。あまりにも簡単で疑いようのない答えを導きだしてもなお、脳を這う問いはそう簡単に消えるものではなかった。
次の日も「C区画」の発電機の修理だった。最近はよくここの調子が悪くなる気がする。中心にある「A区画」と違ったものが見れるのは面白いのだが、同じようなことが連なればさらにあのことを考えてしまう。「ジェイムズ」さんは今、どのような仕事をしているのだろうか。名前もつけることの出来ないこの思考を巡らせても、バグまみれの答えが出るだけだった。そのノイズに呼応するように、喧しい幻聴が曇って耳に届く。この思考はおそらく私に巣食った1種のウイルスのようなものなのだろう。鉄を引っ掻くような異音が脳に木霊していく。そしてウイルスは作業を蝕む…。これのせいで、もはや静かに感じるのは「ジェイムズ」さんの居る「A区画」だけだった。
それから数ヶ月経った頃だ。私達の中の1人として私が「ジェイムズ」さんのオフィスに呼ばれたのは。
「君達に頼みたいことがある」
「はい。今回は私たちになんの御用でしょうか。」
「ジェイムズ」さんの表情はにこやかだった。何度か私たちは見たことがある。新しい仕事が来る。その時と全く同じ顔をしている。私は仕事に変化が現れるようなことに少しだけ期待していた。だが、実際はもっと不思議なものだった。
会話が続く中、パンッという乾いた音が何処か遠くから聞こえた。その音に気づいた頃には、「ジェイムズ」さんは仰向けに倒れ、赤い液体を流している。なんだ。今日の「ジェイムズ」さんの仕事は死ぬことだったのか。それにしてはおかしい。「ジェイムズ」さんの机の上には資料が大量に置いてある。「ジェイムズ」さんの仕事は誰が終わらせると言うのだろうか。私は、「ジェイムズ」さんが作業を再開するのを待つ中、何かキラキラと輝いて見えるものを見つけた。近くで見れば、「パドナ-ジェイムズ」と銀の板に掘られたようなものだった。私はその瞬間に全てを察した。私は、銀の板を拾い上げ、ジェイムズさんと同じように首につけた。私は、私の作業を始めることにした。今の私の仕事は、目の前で死んだ作業員の報告をすること。私の電話で通報すると、あっという間に同じような服をきた人々が来て、部下の遺体が運び出された。その後、私は沢山のメディアに取材されることになった。私は部下を失くしたショックで会話がおかしくなってしまったとニュースで報道されていた。数ヶ月の入院の後、私は仕事に戻った。あの時のことは、暗殺グループによる犯行で、私を狙ったものだったが尊い犠牲がでたものの、失敗した。と報道されている。後に捕まった「犯人」も、「殺す事が出来なかった」と自白したらしい。今日も、朝が来た。今日、私は彼らに新しい指示を出し、事務作業を続けなければならない。