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FBシリーズ

遺品

作者: 南雲遊火

『両親が死んだ』。ただ一つの真実を受け止めるためには、十四歳の草薙(クサナギ)大和(ヤマト)はまだ幼すぎた。

「行ってくるよ」と、そう言って家を出た両親を最後に見たのは三ケ月前。

 二日前には父親と電話で、今度……一週間後の彼らが帰国してすぐの日曜日、みんなで映画を見に行こうという約束もしていた。

 それ故に、彼らの死は信じがたいものであった。

 嘘だ……これは何かの間違いに違いない……。そう祈りながら叔母につれられ、大和はギリシャまで飛んだ。



 彼を待っていたのは、金髪の一人の大柄な男であった。

 人なつっこい笑みを浮かべ、なにやら話してきたが、大和が彼に一言も喋る事はなかった。

 ギリシャ系のフランス人の母に似た金髪に白い肌ではあるが、大和はずっと両親の海外出張にも付き合わず、父の妹である叔母と日本で暮らしてきたため、英語がほとんどわからない……と言う事も多少理由にあげられるが、今は誰とも話をしたくなかった……と言うのが大体の理由である。

 父は……草薙(クサナギ)幸海(ユキミ)は、世界的に知られる考古学者であった。

 男は、その父の同僚であり、親友であったと、通訳を通して大和に言った。



 結論的に、大和が父と母の遺体に対面する事はなかった。

 叔母がまず対面したのだが、「子どもには見せれない」と、警察に断ったのだ。

 ……それほどひどい状態であったらしい。叔母は芯の強い人であったが、この時ばかりは口に手をやり、嗚咽を堪え、涙を流していた。

 大和と叔母は、父の友人だというその男につれられ、その日はホテルに一泊する事となった。



 翌日、大和は叔母と共に、父の持ち物の後片づけにあたった。

 両親の借りていたアパートは、比較的整理されていた。

 しかし、例外的にある一角だけ、何故か異常に散らかっていた。

 両親の寝室である。

 両親は几帳面な性格だった。

 遺跡から発掘された遺物もきちんと整理されていたし、それが無くなり、皆で捜すなんて事は、今までまったく無かった。

 こんなに散らかす事など、大和の知る限りまったくない。

「ヤマトー。叔母さん、リビングの方掃除しとくから、そっち、よろしくねー」

 昨日のこともあり、いつもよりは元気がなかったが……それでも、明るい叔母の声がリビングから聞こえ、大和ははっとして、床に散らばった書類を片付けはじめた。



 どのくらいだっただろうか……。大和は散らかった書類をほぼ片付け、掃除機をかけはじめた。

 最初はスムーズに進んでいたのだが、途中、『ガコンッ』という大きな音がし、掃除機が止まってしまった。

「やっべ……」

 叔母に音を聞かれなかった事を祈りつつ……何が詰まったのだろうかと、大和は掃除機の中を開いた。

 中からホコリとともに出てきたのは、大きな飾りのついた片方だけのピアスだった。

 金属製だろうか……何の金属かはわからなかったが、どうやら新しい物ではないらしい。大和は鈍く、そして優しく光るその金属に引かれていった。

 ホコリを祓い、大和はそれを、無造作にポケットに入れた。

「叔母さん、こっちは終わったよ」

「丁度いいわね。それじゃぁ、そろそろお茶にしましょうか」

 叔母が、先ほど引っ越し用の箱に入れたばかりの白いカップとケトルを再び取り出し、まだ箱に入れていなかったお茶の葉と茶漉しをとりだした。

「お義姉さん。……使わせてもらうわね」

 独り言のように、叔母がつぶやいた。

 しばらくして、ジャスミンのよい香りがあたりを包んだ。それは母の好きなお茶で、日本でもよく買いだめしていた事を大和は思い出す。

「……母さん」

 ふと、先ほどのピアスの事を思いだした。

「叔母さん、これ、見覚えない?」

「……さぁ? 見た事無いわね」

 父も母も、ピアスの穴はあけていない。叔母ではないとすると、はたして、これは誰の物なのか……。

「ソレヲ、渡シテモラオウカ?」

 突然の声に、大和は立ち上がって振り返った。

 リビングの入り口に立っていたのは、昨日の『父の友人』と名乗る男であった。

 ただ、昨日の研究者風の出で立ちとは違い、黒いスーツを着込んでいる。

 そして、右手で構えているのは、黒光りする筒……。

「……あんた、何者なの?」

 叔母は睨んで男に聞いた。男は笑いながら答える。

「ゆきみノ同僚デ友人デスヨ。……ソウ、オ互イノ首ヲ狙ウホドノネ」

 映画の中でしか、見たことがないモノ……大和は、足がガクガクになって、再び椅子に座り込んだ。

「おれハやつニ弱味ヲ握ラレテイタンダ。……ダカラ、上ニ報告サレル前ニ、殺ッテヤッタッテわけだ」

「あ……あんた……」

 叔母の顔が真っ青になった。大和は、自分達に向けられている銃口と、父親の死が他殺であった事に、しばしボーゼンとしてしまった。

「コノ間ハヤツガ持ッテイナカッタンデ、少シ焦ッタゾ。マサカ、スデニえんなノがきノ手ニ渡ッタカト思ッテナ」

 男は不敵な笑みを浮かべた。どちらから先に狩るか……二つの獲物を目の前にした猟師は、きっとこのような顔をするに違いない。

 もっとも、その獲物と言うのが、叔母と大和自身である事は言う間でもない。

「ソノぴあすハ、おまえラガ持ッテイテモ、役ニタタンゾ。オレタチガ持ッテコソ、初メテ価値ガアルッテモンダ」

 ピアスを手渡せば後は放免……とは流石にいかないだろう。男は「自分が大和の父親を殺しました」と言っているのだ。普通、被害者の息子と妹にわざわざそんな事は言わないだろう。

 自分は死ぬのか……そう思った時、叔母が動いた。

「逃げなさい。ヤマト! それを誰にも渡しちゃダメ!」

 テーブルの上のカップがひっくり返った。叔母は体重をかけ、男を押し倒す。

「はやく!」

 大和は男がいる反対側……先ほどまでいた両親の寝室に駆け込むと、そのまま窓を蹴破った。

 部屋は二階であったが、大和はなんとか着地に成功した。しかし、着地と同時に、パンッと、乾いた音が響いた。

 しかし、大和は見知らぬ街を駆けた。着地の衝撃で足が痺れていたが、それでも、大和は走るのをやめなかった。



 どのくらい走っただろうか……。大和はずぶぬれで知らない道を歩いていた。

 数十分前にぽつぽつとしはじめた雨は土砂降りとなり、地面に大きな水たまりをいくつも作ってゆく。

 突然、大和は肩をつかまれた。振り返ると、一人の大柄な男が立っていた。

 先ほどの男とは違う男であったが、それでもダブって見え、大和は思わず顔を引きつらせた。

 何か話しかけてくるが、英語ではないようで、まったくわからなかった。

 突然、男は大和の腕をひっぱり、どこかへつれていこうとした。大和は思わず抵抗したが、それが逆に、男に不信感を与えたようであった。

「ゴメン、待ったー?」

 ふいに、大和の目に赤い傘が目に入った。言葉も完全にわかる。日本語だ。

 傘の主人は、自分と同じ年頃の少女であった。くりくりとした大きな目が印象的だ。

 少女が男と数度会話すると、男は大和の腕を放し、どこかへ去っていった。

「今のは地元の警官よ。あんたがずぶぬれだったんで、心配して温かいコーヒーでもあげようかと思ったんですって。……まったく。その国の言葉、または英語を話したり、少なくとも言われた事を理解するくらいはできるようになっておく。……これが海外生活のエチケットよ。クサナギ ヤマト君」

 見知らぬ少女に自分の名を言われ、思わず大和は身構えた。

「あら……何警戒してるのよ。……まぁ、あんな事があったんじゃ、しょうがないかもしれないけど」

「……誰だ?」

「失礼な物言いね。小さい頃、一緒に遊んだ幼なじみのピンチに、わざわざアメリカからかけつけてあげたってのに」

 少女は頬を膨らませ、大和を睨んだ。

「……もしかして、本当に忘れちゃってる? ……んもう、しょうがないなぁ、ヤマトは。……タチバナ サホよ。あんたの親父さんの幼なじみ、タチバナ タツヒコの娘! ……どう? 思い出した?」

 あ……。思わず口をあんぐりあげた。

 竜彦(タツヒコ)おじさんは、たびたび父に会いに、大和の家にきていた。

 実際会った事は覚えてはいないものの、娘の事もよく聞いている。

「それじゃぁ……サホちゃん……なの?」

「……だからサホだって言ってるじゃない。まったく。……二日前に突然あんたの親父さんから手紙がきて、ウチの親父宛に『遺跡から面白いものが出てきた』って書いてあったから、慌てて飛んできたのに……」

「……殺されたんだ。父さん」

 大和が目をふせる。佐保(サホ)も、静かにうなずいた。

「うん。……さっき、あんたの親父さんちにいってきた。……叔母さんが死んでたわ」

 今度は大和がうなずいた。

「……銃声聞いた時に、覚悟はしてた。……やっぱりね」

「今、ウチの親父が第一発見者として取り調べ受けてると思うわ。……なんとか落ち合って、飛行機のチケット取り次第、はやくこの国を出よう! ……ね」

 そう言って、佐保は背負っていた大和のバッグを手渡した。

「コレは……」

「まったく、出かける時は、パスポートと保険証と財布&カードは必ず所持する事。これ、常識よ!」



 それから十二時間たたないうちに、大和は(タチバナ)父娘につれられ、アメリカ行きの飛行機の中にいた。

 しばらく……ほとぼりがさめるまで、日本には近づかないようにしろ。……それが、竜彦おじの、出した答えであった。

「……あら。なかなか良いピアスね。片方しかないの?」

「うん」

 ……本当の事をいいかけ、大和は躊躇した。

 どんな秘密があるのかはわからないが、このせいで……父や叔母が死んだ。

「それを誰にも渡しちゃダメ!」……叔母の最後の言葉が、頭の中でくり返される。

 一呼吸置いて、大和は口を開いた。

「父さんの……形見なんだ」



 両親を除いた唯一の肉親が死んだという事で、大和はこうして橘家に引き取られる事となった。

 彼が再び、日本の土を踏むのは、それから約一年半後の冬の事である。

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