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誰もいない六畳一間

「ありがとうございましたー。」

今日何人目かへのお客さんへ定型文を発する。時間は3時を回ったところか・・そろそろ新聞配達のおじさんが来る頃だななんて考えながら俺はポットのお湯を変えるために動き出す。

科学技術がいくら発達しても俺みたいな夜勤をする人は減らない。それはきっと需要があるからなのだろう、バイトにしては割と高い時給を払ってもらっているし、最近はやりの?コミュ障とかいうやつらにはあまり接客が多くない夜勤はもってこいなのだろう。俺みたいに大学生で夜勤は珍しいみたいだけど・・・

交代の相沢さんがくるまではあと3時間てとこかなんて考えると気分が落ち込む。店内に流れる新商品のアナウンスが楽し気なBGMを流しているのでさらに憂鬱になる。通勤通学時間混まないといいな。


「おつかれさまでしたー、お先失礼しまーす。」

相沢さんに声をかけて店を出る。

「気をつけて帰れよー。」





いつも通りそっけない声が返ってくる。そっけない声のわりに言ってことが優しいのは毎朝のことで、あまりべらべらしゃべる人ではないけれど仕事もてきぱきしているし相沢さんは俺のお気に入りだ。まあなにを40近くにもなってコンビニの夜勤なんかしてんだと言ってしまうとそれまでだが。

コンビニから自宅までは歩いても5分とかからない、呼び出されてもすぐにいけるし、雪とか降ってもそんなに行くの億劫にならないしなんて考えてる時点で相当な社畜魂だななんておもって自分で笑ってみる。

「ただいまー」

誰もいない部屋に入るときでもこれはかかさず声に出している。なんだか誰かいる気がするから。

そう。

気がするだけだった今日までは・・・

「おかえりなさい」

そんな声がきこえた。俺は耳を疑った。この習慣になった答えを求めないあいさつに返事が返ってきたら誰だって驚く。でも、それだけでは驚きは終わらなかった、玄関から見える六畳一間の俺のすみかに女性が座っていたのだから。





今から話すの俺が体験した不思議な物語。それを語るためにはすこし俺の自己紹介からはじめたい。

上田仁雅は上田家の長男として生まれる、父親は大手自動車メーカーの工場勤務、母親は高校の事務教員。両親からお察しの通りけして裕福な家で育たなかった俺だが、これくらいなら自分の人生を今ほどは嘆かない。父親のギャンブル癖と母親の金銭管理能力のなさがこの家庭の致命的な弱点であることを俺は中学生のころから感じ始めていた。小中と公立高校に通っていた俺はやれ給食費を払えだの、やれ遠足費を払えだのと書かれた封筒をどれだけ先生から渡されたことか。これでぐれなかっただけ親は俺に感謝してほしい。高校に入ってからはバイトをはじめなるべく自分で払えるものは自分で払った。決して親を助けようとかそんな親孝行からの気持ちではなく、なるべく借りを作らないようにして大学に入ったら後腐れなく親から自立して距離を置こうと思ったからだ。そしてなんとか国立大学に受かった俺は親から遠く離れた地方で念願の一人暮らしを始めることとなった。断っておくが、アニメやマンガじゃあるまいし、家庭は貧乏だけど頭がすごく良くて奨学金生だからへったちゃらさなんてことは全くない。今のご時世だいたいの子供が一度は塾やら予備校やらに通っているのだ、そんなところに通う余裕がなく、先生方と数少ない友達に教えてもらいながら幼いころから英才教育をうけてきたライバルどもを蹴散らしなんとか学費の安い国立大学にいけただけ御の字である。


大学に受かった日を二年たった今でも鮮明に覚えている。やっとこの両親から離れられる。そのうれしさのあまり一時間近く小躍りしたものだった。自己紹介が長くなったが俺の青春というものが十何行で語れるほど内容のないものだったのには自分でも笑ってしまう。が、大切なのはここからの話である。

大学に受かった俺だが、もちろん両親に頼らないために、高校時代部活にも入らず、彼女も作らず、働きに働いて、ためにためた貯金と多大な奨学金という借金を抱えて俺は大学に入学することになった。そんな俺が最初に気にしたのは下宿先である。どう考えても苦学生になる俺には社畜になることと節約は大切なことだった。そこで目を付けたのがいまの下宿先である。


「メゾンドアンラッキー」

初めて訪れたときはこれほど不憫な名前を付けられたマンションが存在するだろうかと目を疑った。いまどきラブホテルでももう少しまともな名前をつけるだろう。その名前のせいかは定かでないがなかなかの好立地のわりに入居希望者が少なすぎるため破格の家賃のお部屋が並んでいた。一人暮らしには十分な六畳の1Kなのに家賃が二万円台なのは衝撃であったが、そのなかに俺は一部屋だけ9000円という桁がおかしな部屋を見つけた。

「この部屋って九千円であってます?」

「ああ、その部屋ですか・・たしかに九千円ですけど・・」

「月九千ですよね?俺ここにします!」

意気揚々と声を上げた俺に納得の説明が言い渡された。

「10年前に首吊り自殺者が出まして、その後の入居者の方も心霊現象が多いということで退去される方が多 くて・・・」

なるほど、事故物件ということか。でも苦学生に魅力なこの値段は俺の心を変えなかった。

「いいです、ここにします。」

こうして俺の夢のキャンパスライフの拠点が決まったのが約二年前の春。それから勉強、バイト、家事と忙しかった俺はまったく心霊現象など気にならなかった。

そして話は冒頭に戻る。


六畳一間の俺の部屋に置かれた無機質なプラスチック製のテーブルの前に正座している女性はおかえりなさいの一言を発した後こちらをみつめて何も言わなかった。

「あの、部屋まちがえてません?」

俺の質問に彼女は答えない。服装は白装束というのだろうか、多くの人が日本の幽霊を想像するときに来ているであろうあの格好である。長くきれいな黒髪に対照的な白い肌、スレンダーな体がきちんとした姿勢で正座している姿は美しかった。自分を見つめる黒く澄んだ瞳は吸い込まれそうなまるで、生きた人の様にも感じられた。


「入っていいですか?」

自分の家なのにこんな質問変だなと思いながら靴を脱ごうとすると

「自分の家なのにそんな質問するなんて変わった人ですね」

彼女の透き通るような声が耳に入ってきた。自分と同じことを考えていたことが少しうれしいなんて思いながら、でも自分の目の前に間違いだか泥棒だかよくわからない女性がいることがおかしくなった。

「あの、あなたは?」

「神崎桃子」

「神崎さん、俺は上田です。あなたは、なにしてるんですか?」

「上田仁雅でしょ?知ってるわ、なにしてるといわれると困ってしまうけれど・・そうね、あなたをおどかしに来たというのが正しいですかね。」

神崎さんは真顔でそんなことをいうので俺はほんとに訳が分からなかった。そんな感情が顔に出ていたのか彼女は不敵に笑うと立ち上がってお辞儀をした。一つ一つ所作が美しい人だななんて思って見とれていると彼女はこういった。

「私、10年前にここで自殺した神崎です。」

人間あまりに驚くと声が出ないものである。

「あなたが私が床をきしませたり、壁をたたいたり、電気を消したりしてるのに怖がらないから、興味が出てきたの。」

そんな彼女の自己紹介を今でも俺は忘れられない。




「この部分が二重結合でつながっているので...」

「グローバル社会となった現代では情報伝達は物資の輸出入より重要であり...」

正直自分は真面目に授業に出席していたし、落第をもらうこともない程度には要領よく勉強してきたが今日の授業は全く集中できない。理由ははっきりしている、あの女性神崎桃子だ。頭の中は今朝のやり取りでいっぱいになっている。

「あなたが私が床をきしませたり、壁をたたいたり、電気を消したりしてるのに怖がらないから、興味が出てきたの。」

何言ってんだこいつと思ったのを感じ取ったのか彼女はつづけた。

「いままでの入居者にも気づいてもらうためにいろいろいたずらしたけれどみんな興味より恐怖が勝ったみたいでね、みんな私が姿を見せる前に引っ越したのよ。」

そりゃそうだ、ポルターガイストが事故物件でほんとに起こったらみんな引っ越すさ。

俺の口から一つの疑問が漏れた。

「でも俺ポルターガイストなんて感じたことないけど...」

「それはあなたが夜中家にいないから!たまに家にいても熟睡してるし!」

そう言って彼女は頬をふくらませてみせた。大人っぽい見かけのわりに幼いしぐさもするんだななんて思っていると肩をゆすられた。



「ねえ?きいてるの?」

俺は我に返ってきいてるよと返した後でふと気づいた。今、肩触られた?え?たぶんこの人幽霊だよね?触れるの?そ、それにさっきから胸が・・・

「あの、神崎さんは物理的干渉可能なんですか?」

「私も基準はよくわからないわ、でも私を認識できる人には触れるようね。」




「なんでもありかよ..」

「なに?私に触られて困ることでもあるの?」

そういいながらきれいな瞳でまっすぐ見つめられるとなんだか恥ずかしい

「いや、別に!全然そういうことはないですけど!」

慌てて否定すると彼女は大きなため息をついた

「あの、さっきから気になっていたんだけれど、敬語はやめてくれない?あなた大学生でしょ?私より年上なんだし」

「へ?年下?」

「まあ10年たってるからそれを考えると年上かもしれないけど、私が死んだのは高校生のときよ」

白装束なんて着てるもんだから全く正確な年齢がわからなかったがそんなに若かったのか

「それならまあ敬語はやめるように気を付けるよ」

「よろしい」

彼女はなぜか誇らしげだ。

「でも高校生で自殺なんてどうして..」

そこまで言うと俺はいままで自信満々だった彼女の顔に暗い影を感じて言葉に詰まってしまった。

「そうね、あなたは私が興味をもった相手だし、あなたが私の期待に応えるくらいこれから私を楽しませてくれたら教えてあげる。特別よ。」

<特別>特別なんて人から言われたことがなかったから少しこそばゆい。

俺はこれからどんな日々が待ってるのか期待しながら不安を感じながら精一杯かっこつけて言ってやった。

「わかった君を退屈させないよ。死んだことを後悔させてやる。」

彼女は俺が急にこんなくさいセリフを言ったからか少し驚いて、それから微笑んだ

「ええ期待しているわ。」


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