確信犯について
確信犯という言葉があります。
政治的に道徳的に、宗教的な確信に基づいて罪を犯す者、です。
思うのですが、確信犯の、歴史的に最も有名な人物がナザレのイエスではないでしょうか?
彼は、当時のユダヤ教の多数派にとっては許されざる者でした。
ゴルゴダの丘で十字架にかけられた直接の罪状は、騒乱罪だったり反乱罪だったりとはっきりとはしません。
ですが、まあ、ローマ帝国的には無罪だったとしても、イエスが騒ぎを起こし、ユダヤ社会で煙たがれていたのは確かでしょう。
でも、イエスは確信犯です。
神の愛をはっきりと知っていたので、何があっても屈しなかった。
間違っている事は間違っていると断言した。
既存の常識に囚われる事無く、神の正義を訴えた。
これが当時のユダヤ社会では罪になる事だったとしても、イエスは躊躇わなかった。
なぜなら、確信していたからです。
そして十字架にかけられたのですが、それが今では救い主となっているのは、ご存知の通りです。
翻って、確信犯は犯罪者なのでしょうか?
既存の法律やルールを犯している事は間違いありません。
そういう意味では明らかな犯罪者です。
でもそれと、その思想が本当に間違いであるかは、判定出来ないのではないでしょうか。
確信犯を犯罪者と断ずるのは容易い。
でも、その思想が、後世によって正しいと判断される事もあるのではないでしょうか。
ガリレオ・ガリレイの地動説という例もあります。
確信犯を一律に、悪人だと否定は出来ないと思うのです。
イスラム国のテロリストがそれだ、とは言いません。
オウム真理教の麻原氏が確信犯だとは、言いたくもありませんが。




